表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
2セーブ目
22/92

2セーブ目(9)

 新校舎の各階をほぼ全部見て回るという無駄に長いルートを、桐子の歩幅に合わせて歩くのは結構時間が掛かる。

 しかもここまでで一番驚かされたのは、保健室から「がぁぁぁぁ!」と凄い勢いで飛び出してきた男性教員らしきゾンビに、

「ああ、君が例の。済まないね一人で回らせて。よくよく考えれば部長に二回行かせれば良かったんだよな。せめて少しは楽しんできてくれ」

 と急に普通のテンションになって謝られた事だ。

 他のもなかなか凝った仮装はしているのだが元ネタが分からないので、わざわざ毎回脅かし役に確認したりしていた。

 音楽室にいたベートーベンのコスプレをしていた男子部員には、手前の廊下で見かけた生首やそこの天井から逆さにぶら下がってじっとこっちを見つめている白い着物の女性の由来を尋ねてみたが、悲鳴を上げて逃げられた。

(いい加減疲れてきたな……)

 ようやく一階に戻ってきたと気が緩んだ時、廊下の陰から猫っぽい何かの着ぐるみが飛び出した。

「がおー」

 可愛らしい女子の声でそれだけ言い残して、有無を言わさずフラフラ揺れる頭を抑えながら走り去って──行く途中で一回壁にぶつかってかぶり物を転がして止まったが、振り返らないでそれを拾って小脇に抱えて去って行った。

「…………」

 暗がりでそんな視界の悪い物を(かぶ)るから……。

 月照は後ろから声を掛けたい衝動を何とか(こら)えてやり過ごした。

「ねえ、さっきから時々ビクッてなるのなんで?」

 月照が固まっていると、桐子がぶら下がる様に手を強く引っ張りながら聞いた。

「あ、ああ。お前には見えないけど、ここには人がいて、ちょくちょく脅かしてくるんだ。それでビックリしてるんだよ」

 今のは別の意味で驚いただけだが、月照は一応正直に答えた。加美華と月照がイベント参加者と話をしていても、桐子は何をしているのか理解できずに(おび)えていたからだ。

 月照としては、男のくせに、しかも霊を見慣れているくせに、お化けに仮装している生きた人間に驚いているなんて恥ずかしくて言いたくなかった。

 しかしずっと怖がっている桐子に下手な()()()しをすると、いい加減泣き出しそうな気がしたのだ。

 どこにお化け役が隠れているかも分からない。もし泣いている桐子をあやす姿を見られたら、まさに肝が冷える恐ろしい事態になるだろう。

(人によっては、俺が肝試しの恐怖で(さく)(らん)して幼女の幻覚を見た、とか勘違いしかねん……)

 瑠璃達一部の先輩としかまともに会話をしていないのだ。お化け役の先輩達が月照の霊感を本気で頭から信じてくれているとは限らない。

(中学みたいな目はもうごめんだからな)

 中学の時の騒ぎは奇跡的に尾を引く事なく収束した。

 この高校には結構な数の同じ中学出身者がいるが、今のところ誰もその話題に触れようとしない。まるで「翌日話しかけたら誰も事件を覚えていなかった」という怪談話の(いち)パターンの様に、元々そんな騒ぎは無かったものとして扱われている。

 騒いでいた全員にとって記憶から消したい黒歴史だからなのだろうが、月照にはそれがありがたかった。

「ねえ、もしかして肝試し?」

「ん? ああ。よく知ってるな」

 桐子が目を輝かせた。

「さっき加美華ちゃんと怖い話してたのも、肝試しだから?」

「いや、ちょっと違うけど、まあそんな感じかな」

「もっと聞きたい! なにか怖い話して!」

「え?」

 別に断る理由もないのだが、月照は少し困惑した。

(肝試し中に本物の幽霊に怪談話を聞かせるって……一体どんな状況だよ)

 ここで聞いた話を、桐子はきっと後で加美華に話して聞かせるだろう。

(階段の怪談の幽霊が肝試し中に聞いた怪談を肝試しが終わってから幽霊に聞かされるかみかみ先輩……もうわけ分かんねえな)

 ちょっと楽しくなって、月照は周囲を確認した。

 移動しながらだと途中で誰に聞かれるか分からない。目撃者からすれば「肝試し中に一人で怪談話を呟いていた」という別の意味で怖い事になってしまうので、ここで立ち話をする事にしたのだ。

 周囲にはもう誰も居そうにないので、月照は話し始めた。

「うーん……そうだな。あれは俺が小学校高学年の頃、旅館のトイ――……」

 しかしすぐに止めた。

「どうしたの?」

「いや、別の話にする」

 どうしてこう、真っ先にトイレに関わる話が浮かんでくるのだろう。

 しかしこの旅館のトイレの話はかなり恐ろしかったのは間違い無い。

 夜、部屋ではなく廊下にあるトイレに入った時だ。

 他に誰も居ないそのトイレで大きい方をしていたら、突然洗面台の蛇口から一斉に水が流れ出す音が聞こえてきた。

 最初はさほど気にしていなかったが、用を終えた月照が個室から出ようとした時、なんと便器に水が全く流れなかったのだ。

 仕方がないので、(いっ)(たん)それはそのままにして個室から出た。

 色々探して見付けた清掃用のバケツで止まらない洗面台の水を()み上げ、何とか手動で流して事無きを得たが、途中で誰かが入って来たら一体どう思われていただろうか……。

 想像するだに恐ろしい。

「……ええと、どれにしようかな」

 さっき蛍にあまり怖くないと言われたのが心に引っ掛かっていて、いつもの様にスラスラと出てこない。

 桐子は期待に満ちた目で月照を待っている。

(ええと……どんな話が良い? どんな話が怖い? あの話は怖いのか? いやあの時の方が……てかそもそも怖いってなんだ!?)

 変なプレッシャーに潰されそうになりながらも、月照はやがてトイレが全く出てこない一つの体験を選び出した。

「去年――つまり中三の時の話だが……」

 嫌な思い出まで思い出してしまいそうな時期の出来事だが、仕方がない。

「一学期の中間テストが終わってしばらくした頃……ってまた生首飛んできたな。邪魔だから向こう行け!」

 語り始めにこっちにフラフラと向かってきた生首を、虫でも払うように「しっし」と手で追い払うと、驚いた生首が来た時の倍の速さで飛び去っていった。

「ったく……あ、足下に手生えてるじゃねえか。おい、踏まれたくなかったら向こう行ってろ!」

 今度は軽く掌に蹴りを入れて追い払う。

「はあ、夜の公共建造物ってのは、本当に色々入ってくるな。人間のが多いけど、(たま)にヌートリアとかアライグマもいるんだ」

「ぬーとりあらいぐまって何? それが怖い話?」

 桐子は首を傾げた。

「あ、いや悪いが違う。てかそんな熊は居ないからな。生態系にとっては怖いけど、ただの動物だ。今度機会があったら教えてやるよ。それより怖い話だったな」

 月照は何を話そうとしていたのか忘れてしまい、うーんと首を(ひね)って思い出そうとした。

「──って、また来た生首! つか、仲間連れてきやがった!?」

 廊下の向こう、避難誘導灯の薄明かりに照らされ、さっきの生首が三つほど別の首を従えて浮いているのが見えた。

 直後、結構な勢いで一直線に飛んで来る。

「めんどくせ──っておい、手! 離せ!」

 同時に、さっき追い払ったはずの手が月照の両足首を(つか)んだ。

 逃げる事が出来ない状況で、生首がどんどん迫ってくる。本当に人間の霊なのかというくらい、(どう)(もう)に歯を()き出しにして目を血走らせている。

(こりゃ、まずいな……)

 月照は覚悟を決めた。

 ボキィ!

 そして(ちゅう)(ちょ)無く、足を掴んでいた手の小指を()()る。

 手が(ひる)んで離れると、生首には見向きもせずにその手を力一杯踏みつけた。更に廊下を壁抜けならぬ床抜けして下に逃げようとした手の、折れた小指を捕まえて引きずり出す。

 (ひじ)から上が無い右手を引っ張り上げると、どういう原理か左腕も一緒に引きずり出された。

「おい、俺はお前等と関わらないよう気を(つか)ってやったんだぞ……?」

 かつてオカルト研究部員を恐怖に(おとしい)れた時と同じくらいどすの利いた声で言いながら、生首が迫っていた方に振り返った。

「それを無理矢理関わらせたんだ。お前等も、首の骨二、三本折られるくらいの覚悟はしてんだろうなぁ?」

 月照の凶暴性を目の当たりにした生首は、迫力に押され二メートルほど手前で止まっていた。

 全員、目を泳がせて冷や汗をかいている。

「なあ? ここは俺の通う学校だ。だから毎日来る。……で、だ。お前等、ここに住んでんなら毎日俺に殴られる覚悟、できてんだろうな? あぁっ?」

「「「「すんません、したぁ!」」」」

 生首は全員同時に土下座(?)した。額を廊下にこすりつけている。

「マジですんません! なんか俺等が見える奴がびびりもせずに生意気な事しやがったんで、ちょいと脅かそうと思ったんですが、まさか触れるお人だったとは! 反省しておりますんで、どうか、どうかご(よう)(しゃ)を!」

「あの勢いでぶつかってたらどうなったか……。分かってんな?」

「は、はい! 誠に申し訳ございません!」

「もう二度とちょっかい掛けんなよ」

「「「「ははあっ!」」」」

 妙に時代劇掛かった(ぎょう)(ぎょう)しい返事をして、生首達はフラフラと飛び去っていった。「ちびりそうだったよ」とか何とか会話の内容が聞こえてきたが、まあ陰口ではなさそうなので放っておいて良いだろう。

 しかし霊に、自分が「見える」以上の特別な存在だと知られると色々面倒なので、極力こういう展開は避けたかったのだが……やむを得ない。

 後にはボコボコにされて痛々しい両手が残っているだけだが、こいつは会話が成立するのだろうか?

 よく分からないが、「痛い目に遭いたくなかったらもう(いた)(ずら)すんなよ」と言って廊下に投げ捨てた。

 手はしばらくピクピクしていたが、やがて親指を立てながら床下へと消えていった。了解という意味だろう。

「ええと……怖い話だったな」

 ふう、と一息ついてから元の調子に戻って桐子に話し掛けると、

「…………うぅぅぅっ、うっく……」

 桐子は既に最大限怖がってむせび泣いていた。



 突然暴れながらあんな声を出されれば、子供どころか大人でも充分怖い。

 とはいえ周りを気にして対処が遅れても自分が痛い目を見る。

 それにあれくらいしないと人間に害を与えようとする霊の相手はできない。(わず)かでも情けをかけると付け込んでくる奴が居るし、なにより奴らは別に本当に骨が折れたりするわけでは無いのだ。

 まあだからといって桐子を泣くほど怖がらせた事には変わりが無いのだが……。

 仕方が無いので、月照は事情を説明してなんとか泣き止ませた。

 すると桐子は割とすぐに立ち直り普通の怖い話を要求してきたので、昔家で花火をしている時に猫の霊が飛び掛かってきた話をした。

 驚いて持っていた火の付いた花火を家の中に投げ込んでしまって怖かったと話したら、なにやら微妙な顔をされてしまった。

「それ、もしかして月くんの実体験?」

「へ? ああ、勿論そうだが?」

「普通、怪談話って作り話じゃないの?」

「え?」

「え?」

 青天の(へき)(れき)

 その目から(うろこ)の発想に、月照は(きょう)(たん)した。

「そ、そうか……そうだったのか……」

 自分の怪談がなぜ怖くないのか、他の人の怪談はなぜあんなに人がポンポン死ぬのか、少し分かった気がした。

「で、でも実体験でも怖いのはあるぞ!」

 しかし年長者──ではないが、月照にも意地がある。このまま桐子に負けた様な感じで終わるわけには行かない。

「どんなの?」

 桐子が興味深そうに聞いてきた。

「これは、今にも倒れそうなオンボロアパートで実際に起こった事だ」

「う、うん」

「そこの階段を、毎晩一段ずつ、段数を数えながら登る幽霊が――」

「もう! 月くん!」

 桐子はすぐに話の内容を悟ったらしい。

「え~、怖いだろ? だってこの悪霊、アパート二階の住人殆ど全員追い出したんだぜ」

「もー、もぉぉ!」

 ぽかぽかと腰の辺りを叩いてきた。例によって全く痛くない。

 だから月照は、いつぞやと違ってそのまま桐子の気が済むまで好きにさせておいた。

 今まで出会った霊は、さっきの生首みたいな奴が(ほとん)どだった。だから関わるのが嫌になった。

 そんな月照にとって、桐子は既に特別になったのかも知れない。今こうしてじゃれ合っていても、不思議と居心地が良いのだから。



「あ、出口みたい。もうお散歩終わり?」

 しばらくして歩き始めると、すぐに桐子が新校舎の非常口──旧校舎への渡り廊下に繋がっている出口を指差した。

「ん? ああ、こっちの建物は終わり。後は学校に入った時に見えたボロい建物に入って、お(ふだ)取ってきたら散歩も終わりだ」

「お札!?」

 桐子は月照の手を離して、壁に身体を半分めり込ませて(にら)んできた。

「こ、ここに連れてきたのって、私をお(はら)いする為……だったの?」

「違うっての。それならバラさずコッソリするし、地面にめり込んだ時とか色々チャンス有っても何もしなかったろ?」

 そこまでこの世に未練があるのかと思わず苦笑いしてしまう。だが考えてみれば、並大抵の未練なら百数十年なんて一人で過ごせるはずがない。

「安心しろ。俺と先輩はお前の相手をするって決めたんだ。お前が成仏したいって言うまではできるだけ付き合ってやるよ」

 右手を差し出すと桐子はすぐに手を繋ぎ直した。どうやら本気で月照がお祓いするなんて考えていなかったらしい。過剰反応はちょっとした悪戯なのだろう。

(全く、ガキはこれだから……)

 非常口を示す誘導灯以外は、月と町の明かりが少し窓から入ってくるだけの暗い廊下。

 冷たい足音と冷えた夜の空気が漂う中、月照は心で(あく)(たい)をつきながらも暖かな気持ちを感じとっていた。

 それが自分自身のものなのか、手に伝ってくる桐子のものなのかは分からない。

 ただ、「悪くない」と思った。

 月照は右手にほんの少しだけ力を込めて、空いている左手で渡り廊下のドアノブを握った。

(もしかしたら、高校生活はそんなに悪くならないのかもな)

 黒歴史を封印してくれた学友達、変だけど悪い人間ではなさそうなオカルト研究部の面々、今まで会った事のないタイプの霊の桐子と、その霊の存在を共有できる加美華。

 双子は今まで通り(うっ)(とう)しいが、加美華と桐子に出会わせてくれた事には感謝してもいい。

(ま、今度からもう少しだけ、まともに相手してやるか)

 最近行動が少しマシになった気もするし、少しくらいなら相手があの双子でも感謝を態度で示してやっても良いか。

 月照はそんな事を考えながらドアに力を掛けた。

「次、お外!」

 そのドアが開く前に、桐子が月照の手を握ったまま先にドアをすり抜けて外に出た。

 また突き指をしては(たま)らないと、月照は慌ててドアを開けて一歩外へと踏み出した。

 そのすぐ足下、押し開くドアをもう一度すり抜けながら、桐子は屈んで待っていた。

「うおっと!?」

 桐子のちょっとした悪戯だったのだろう、蹴っ飛ばしそうになってつんのめってしまい――


「──見ぃぃ付けたぁぁああ……」


 その時、耳元で女の(かす)れた不気味な声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ