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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
2セーブ目
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2セーブ目(8)

「ふむ、なるほど」

 話し終わると、丁度最初のお化けポイントに差し掛かり、加美華は少し驚かされた。

 瑠璃は加美華の反応に満足しながら、その七不思議の由来を説明した後、元の話題へと話を戻した。

 相変わらず肩に手を回したままベタベタとスキンシップしてくるが、加美華はそのままにさせておいた。瑠璃は男っぽく見えるのでちょっと抵抗があるが、だからといって振り解いたら失礼だろうと思ったのだ。

「それは典型的な吊り橋効果だな」

「……え?」

 瑠璃を()(づか)っていた加美華に、瑠璃は全く気遣い無くそんな事を言った。

 自分の恋心を噂に聞く勘違いとして扱われて、加美華は怒る事もできずにキョトンとなった。

「状況を思い出してみたまえ。最初に怖い話で恐怖心を(あお)られた時、それを安心させたのは彼の失敗談とも言えるオチだ。アパートの怖い体験の時も同じく彼が近くにいて、最後は安心させてくれた」

「は、はあ……」

 瑠璃は自信満々に話すが、加美華は今ひとつ(しゃく)(ぜん)としない。

「君は恐怖でドキドキしている時に彼を見ていた。その上彼がその恐怖心を見事に取り払ったのだから、彼を意識する様になって当然だ」

「で、でも!」

(もち)(ろん)吊り橋効果だけではない」

 やっと反論しようとした加美華を、瑠璃は即座に封じた。

「アパートでは彼を()(じょう)に意識している状態で、彼の布団なんてフェロモンが大量に染み込んでいる物にくるまれて眠ったんだ。当然(よく)(じょう)だってするさ」

「よっ──!?」

 一瞬で、加美華の顔が(ふっ)(とう)しそうなくらい熱くなった。

(にお)いは脳の原始的な部分に直接作用するらしいからな。それを(くさ)いと思わなかったのなら、動物としては相性が良いんだろう。君は恋に落ちたというより、彼の子を産みたいと思った訳だ」

「こ、ここここっっ、子ぉぉぉ!?」

「恥じるな。むしろ少子化(ばん)(こん)化の現在において、君は世間に誇っても良い。その年でもう子作りの相手を──」

「ち、違います! そんな、だって私達はまだ──……」

 そこまで言いかけて、加美華は声が出なくなった。この先の部分は恥ずかしすぎて、さっき説明した時にも秘密にしておいた部分だ。

「……まだ、キスしかしていない、と?」

 しかし瑠璃に簡単に秘密を暴かれて、加美華は少しふらついた。羞恥のあまり一瞬意識が飛びそうになったようだ。

「ふ、ははは。今時、小学生でもそこまで(うぶ)な反応はしないだろうに」

 首まで真っ赤になった加美華の様子を笑い、肩に回していた手を外した。

「しかし彼もそんなに慣れている様には思えないが、以外と余裕があったな。まるでそんな事実を感じさせなかったが……。ああ、あれだけべったりの可愛い幼馴染みが居るなら、幼少期にそれ位は――」

 そこまで言いかけて、瑠璃は笑顔のまま固まった。

 (うわ)()(づか)いに(にら)む加美華の表情が、薄明かりのせいでおどろおどろしく見えたからだ。

「ええと……河内山先輩……」

(はうあっ!?)

 更に、声に(よく)(よう)が無くなっている。

(ちょ、調子に乗って済みません!)

 声が出ず、心の中で謝罪する。(せっ)(かく)落ち着いていた心臓が、不整脈を起こしそうなくらい一気にうるさく鳴り出した。

 そういえば、彼女が霊である可能性は全く消えていなかった。

「つ、月照君は、その……そんな、軽薄な人ではない、です……」

 対する加美華は、必死で(しゅう)()(しん)を押さえながら抗議しているせいか、声が少し(かす)れてしまった。

「(いぅふっ!?)」

 突然掠れ声になった加美華に何も言い返せず、瑠璃は足が(すく)んでぷるぷるしながらもなんとか首だけ頷いて同意した。

 その瑠璃に、加美華はスッと手を差し出した。

 瑠璃は一瞬逃げようとしたが、足が思う様に動かず何もできなかった。

「……そ、それよりも、手。つ、繋ぐんでしょう……?」

 真っ赤な顔を隠す様に背けながら、加美華は(うわ)()った小さな声で言った。

「……――あ、ああ」

 可愛い……。

 瑠璃は加美華のその仕草にそう感じた。

 トクン、と自分の心臓が一際大きく鳴った気がした。

 すると不思議な事にもう恐怖はなく、ただ早鐘を打つ心臓の鼓動だけが残った。

 瑠璃は無意識に手を伸ばして加美華の肩を(つか)むと、自分の方に引っ張り寄せて、無言のまま真っ正面からその(きゃ)(しゃ)な身体を抱き締めた。

「きゃっ!? な、なん――っ!?」

 加美華が小さく悲鳴を漏らすと、瑠璃は我に返って彼女の身体から慌てて離れた。

「あ……いや、済まない……」

 瑠璃にとってもこんな事は初めてだった。

 普段からこれでもかと言わんばかりに人に抱き付いているが、無意識にしている訳ではない。

(お、落ち着け……。今はとにかく、普通に手を繋いでイベントをこなさなければ……)

 すぐに手を伸ばすが、その手が加美華に触れそうになると自ら引っ込めてしまった。

「――っ!?」

 自分の行動が理解できず、混乱する。

 おかしい。こんな感覚は生まれて初めてだ。

 ドキドキとうるさい心臓を静めようと、大きく深呼吸をする。

「あの……キ、キスの事……誰にも言わないで下さい……」

 そんな瑠璃の混乱を知ってか知らずか、加美華が目を泳がせながら頼んできた。

「へ? あ、ああ……え?」

 瑠璃はしばらく思考が(まと)まらなかったので、加美華の言葉は耳に入らず、頭の片隅に残っていた義務感をまず優先した。

「ええと……とにかく歩きながら話そう」

 言ってもう一度手を伸ばす。

「は、はい……」

 その手を加美華が握ると、瑠璃は顔が熱くなるのを感じた。

 恥ずかしくてすぐに手を離したくなったが、同時にずっと握っていたくなる。

(……恥ずかしい? 違う、照れ臭いんだ)

 瑠璃は少しだけ今の自分を理解できた気がした。

「――っと、行こうか」

「はい」

 いつの間にか加美華の手の感触に全神経を集中させていた瑠璃は、移動を再開した。



 しばらくは二人とも黙ったままだったが、やがて加美華が返事を急かす様に再び頼んだ。

「あの、絶対に秘密にしてください……」

 時間をおいたおかげで少し冷静さを取り戻していた瑠璃は、ここでふと違和感を感じた。

「どうにも、君と彼の反応が違い過ぎる気がするな……」

「え?」

「もしかして、彼の寝込みでも襲ったのか?」

 そんなはずはあるまい、と瑠璃は冗談のつもりで言ったのだが、

「──っ!!!???」

 図星を突かれた加美華は瑠璃を突き飛ばして壁に張り付き、身を震わせ失神しそうな程の羞恥に耐え始めた。いや耐えきれずに(もだ)え始めた。

 離れた手に(じゃっ)(かん)寂しさを覚えながら、瑠璃は事態を理解した。

「……まあ、彼には後で謝っておいた方がいいな。彼はそういった(てい)(そう)(かん)(ねん)がしっかりしていそうだし、程度によっては準強制(わい)(せつ)という立派な犯罪だからな」

 月照が泊まり込んで除霊をしたのはなんとなく想像していた。

 だから加美華はきっと、彼が眠った後についキスをしてしまったのだろう。さっき自分が思わず加美華を抱き締めた様に、(しょう)(どう)(てき)に。

 瑠璃は照れ屋で引っ込み思案な加美華が、衝動的にといえども本当に刑事事件になるほどの行為に出たとは思っていない。

 まあキスの段階でも準強制猥褻は成立するのだが、相手が月照ならその程度で訴える心配は無いだろう。

 だがこんな風に(おお)()()に反応されると、逆にキスどころではない何かまでしたんじゃないかと疑いたくなってくる。

「は、はい……」

 加美華は顔を背けながら、小声で返事を返した。

(は、犯罪……この軽い口調はきっとほっぺやおでこ辺りに軽くちょっとだけ、程度に思われてるんだろうけど……程度がばれたら私、犯罪者……)

 しかし加美華は瑠璃の言葉を大袈裟に(とら)えて、プルプル震え始めた。

「どうかしたのか?」

「い、いいえ……。ちょっと……肝が冷えただけです」

 再び瑠璃が伸ばした手を恐る恐る取りながら、加美華は声まで震わせている。

「……待っていろ、今警察に電話するから」

「駄目ぇぇぇ! 物凄く反省してやすから、本当に止めてくらさい! お願いっす!」

 加美華が繋いだ瑠璃の手に(すが)り付いた。

「一体どこに何をした!? それに彼の気持ちを考えてみろ!」

「うう……返す言葉もないですけど、私だって最初はもっと凄い事されたと思って……」

 何やら加美華がブツブツと言い訳を始めたので、瑠璃は大きく溜息を吐いた。どうやら何か、自分と加美華の間で大きな認識の違いがあったらしい事に気付いたのだ。

「分かった。だったら秘密にしておこう」

 ただし口止め料は貰うからな――。

 瑠璃はそう続けて加美華に抱き付くつもりだった。

 だがなぜか身体が強張って、できなかった。

(……あれ?)

 自分に何が起こっているのか分からないまま、瑠璃は誤魔化す様に加美華の手を引いて歩き出した。



「先輩は誰にでも……男の人にでも、平気で抱き付けるんですね」

 二つ目のお化けポイントを通過した所で、加美華は繋いだままの手を見ながら瑠璃に話しかけた。

 再び瑠璃の口数が減ったので、間が持たなくなったのだ。

「うん? ああ、言ってなかったかな?」

 平静を(よそお)っているが、瑠璃は加美華の事が妙に気になって仕方が無い。口数が減ったのも、なにやら最初の恐怖とは違う感覚の緊張をしているからだ。

(お、落ち着け……)

 いつまでもドキドキと鳴り止まない自分の胸に言い聞かせて、ほぼテンプレと化した答えを返す。

「私は女装趣味の男だ」

「ええええええええ!?」

 大抵の女子は同じ質問をしてきて、こんな感じの反応を返してくれる。

「冗談だ。私の両親は男に瑠璃と名付ける程(すい)(きょう)じゃないさ」

 肝試しのお化け相手よりもよっぽど驚いている加美華に、瑠璃は苦笑いした。

「そ、そうですか……」

「ああ。昔聞いた事があってな。私が生まれる時、男なら(です)()()、女なら()()()(しゃ)にしようと決めていたらしい」

「酔狂どころかとんでもないモンスターアニメオタクじゃないですか!? 新婚旅行先は大マゼラン星雲じゃないですよね!? というかどこから瑠璃って名前が出てきたんですか!?」

「うっ!? ああ、まあ……生まれてきたのが私だったから、な。慌てて考えたらしい」

 加美華がこんなにアグレッシブな突っ込みを入れるとは全く予想外だったので、ただでさえ妙に緊張している今は上手く返せなかった。

 加美華の方も、思ったより勢いが出過ぎたので自分が普段よりも少し浮かれていると気付き、一度深呼吸した。

 スキンシップのせいか、それとも自分の秘密を打ち明けたせいか、瑠璃に対して少し親近感が沸いている。

(あれ……?)

 ほんの少しの間を置いてから、加美華は瑠璃の言葉に不自然な部分があったことに気付いた。

「え、ええと……生まれたのが先輩だったから、とはどういう……」

 そこまで言いかけて、瑠璃があからさまに「しまった」という顔をしているのに気付いた。

 彼女にだって、人に言えない秘密の一つや二つは当然あるだろう。

「あ、いえ、なんでもないです」

 だから(とっ)()にそう言ってしまったが、自分だけ秘密を知られているのは不公平だと思わなくも無い。

 当然の疑問を持った加美華に失敗を痛感していた瑠璃は、それを話すべきかどうか少し迷った。

 本来ならばあまり言いふらすべきでは無い自分の身体の秘密だ。だが既に自分では吹っ切れているし、秘密と言っても今まで通った学校の教員達は知っている事だ。

 それになぜだか、加美華には知っておいて貰いたい気がした。

「ええとだな……率直に言えば、私は(げん)(みつ)には女では無い」

 だから告白することにした。

 言い終わって数秒後、加美華がバッと手を振り解いてじりじりと距離を開けようとした。

 これは瑠璃にとって思った以上にショックで、早速後悔しそうになった。

 だから言い繕うように急いで続けた。

「と言っても、男でも無い。メンタリティとしては女だし、()(せき)上も女だ」

「は? え?」

 加美華が混乱しながらもちゃんと話を聞いてくれているので、瑠璃はちょっと安心した。

「まあ要するに、(はん)(いん)(よう)という奴だ」

「はん? え?」

 言い方は色々あるが、要するに男性と女性の身体の特徴を併せ持つ者の事だ。

「だから相手が男でも女でもどっちでもいい」

 そこまで聞いて、加美華も意味を理解したらしい。少し頬を染めながら、何か言おうと小さく口を開けるが、何も言えずに俯いた。

「だが好みは当然ある。そう、年下で人見知り、髪型は短めで──……」

 そこで言葉を切って、瑠璃は加美華を見つめた。

「ど、どどどどっ、どういう!?」

「ぷ、あはははは。どうやらお化けよりもこちらの方が肝を冷やした様だな」

 取り乱してワタワタし始めた加美華の反応が可愛らしくて、瑠璃は吹き出してしまった。

 実は途中で瑠璃自身顔が熱くなってきて続きを言えなくなっただけなのだが、おかげで助かった。

 加美華は一瞬きょとんとしていたが、自分がからかわれていたのだと思って「うー……」と唸って歩き出した。

「もう! 信じるところだったじゃ無いですか。先輩がそんな大変な体質だって……」

「ん? ああ、半陰陽は本当だ。それに、どちらかというと年下の方が好みなのも本当だ」

「……へ?」

 瑠璃が横に並んで()(まど)いがちに手を握り直すと、加美華はぎこちなくその手を見た。

「い、いや……そこは安心してくれて良い。メンタリティは女だと言ったように、別に君と寝たいとか、そんな事は――」

 無い、と言い切れなかった自分に、瑠璃自身が一番驚いた。

「ね、ねねねえぇぇっ!?」

 いや、加美華の方が驚いていた。

(か、可愛い……)

 その加美華の仕草に逐一反応して、瑠璃の心臓が高鳴る。

 いちいち真っ赤になってテンパる加美華の反応には、瑠璃に対する嫌悪感は全く感じられない。

 それに気付いてしまったので、瑠璃は余計に彼女の感情を意識してしまう。

「いやまあ、私はだな、その……男性としての生殖能力が無いのは生まれてすぐでも(いち)(もく)(りょう)(ぜん)だったんだ」

 だから瑠璃もテンパっている。加美華に何か言わなくては、という(あせ)りから、聞かれてもいない事まで説明し始めた。

「だから(いち)()の望みをかけて、女として育てられたんだが……」

 だが考え無しに口を開いても、話が続くわけが無い。

「あ、いや……そっちじゃなくて名前の話だったな」

 話が止まって数秒、なんとか思い出した先の話題に、無理矢理だが()(どう)修正する。

「それも本当だ。実はこの身体のせいで親族会議になった時、両親が付けようとしていた名前が親族一同に発覚してな」

「は? え? は、はぁ……」

 加美華は話の脈絡を追い切れずに首を傾げている。赤い顔はそのままだが、手を振り解く気は無いらしい。

 だからその手を引いて、ゆっくりと歩き出した。

 自分の真っ赤な顔を見られたくなくて、半歩前を進む。

「親族全員からの強い反発を受けて、『瑠璃』になったそうだ。将来の事を考えて『マコト』みたいな男女どちらでも通る名前にする案もあったらしいが、そんな事をしたら余計に私が男か女か分からなくなるからと、女らしい名前にしたそうだ」

 少し寂しげな、しかしさばさばとした瑠璃の語り口調に、加美華は何も言わなかった。

「勿論私だって人間だから、ずっとこの身体はコンプレックスだった。幼い頃から他人に身体に()れられるのが、怖くて怖くて仕方がなかった」

「……え?」

 今の瑠璃からは想像出来ず、加美華は小さく声を漏らした。

「私の身体が異常だと気付かれないか、実は知っていて興味本位で触っているのでは無いか、などと考える様になったんだ。だから身体に触れた相手の事を観察する癖が付いてしまってね……」

 瑠璃はそこで言葉を切り、沈黙した。

 そのまま十数歩、いやもう少し歩き──

「がぁぁぁああ!」

「うきゃあぁぁぁ!?」

 瑠璃の話に全神経を向けていた加美華は、突然真横から飛び出して大声を上げたゾンビに不意を突かれ、驚いて腰を抜かした。幸いというか瑠璃の計算通り、手を引かれていたので怪我をする様な転び方はしなかった。

「あはははは。やっと引っかかってくれたね。私の秘密を話した甲斐があるってもんだ。ここは保健室だ。七不思議の一つ、腐った生徒の話がある」

 瑠璃は加美華が立ち上がるまでの間に、その七不思議の説明を始める。ここに来るまでの他のお化けポイントでもしていた事だ。

「原因不明の急病で倒れた生徒がここに運び込まれ、学校ではどうしようも無いから救急車を呼んだんだ。だがその到着の前に、その生徒は全身が腐り出して死んでしまったらしい。以来ここは、やる気を失った生徒達の溜まり場になっているそうだ」

「『腐った』違いの()(じや)()じゃらいでしゅか!」

「暴力的な不良も来るらしいから、君もここに来ないで済む様に気を付けておく様に」

「はあ……もういいです……」

 瑠璃に引っ張り起こされて、ようやく加美華は立ち上がった。ちょっとフラフラしながら歩き出すと、「気を付けてね」とゾンビが後ろから優しく声を掛けてくれたので、加美華は首だけで振り向いて小さく()(しゃく)した。



「で、先輩はどうして身体に触れられるのが嫌いだったのに、自分から相手に触れる様になったんですか?」

 しばらく歩いて、さっきのゾンビに聞こえない所まで来てから、加美華は少し不機嫌に瑠璃に話し掛けた。

「ん? ああ、その話か」

 勢い余って説明してしまった感もあるが、瑠璃はもう隠しても仕方ないと続ける。

「私は相手の事を詳細に観察する癖が付いたんだが、それがいつの間にか『特殊能力』と呼んでいい水準まで進化してな。触れていると直感的に相手の感情や思考が何となく読める様になってきたんだ。科学的にはきっと、脈拍や体温のごくわずかな変化に発汗具合、あるいは筋肉の硬直具合などから推測しているんだろうな」

「そ、そんな事が……」

「しかしすると逆に、いつの間にかその能力を使って相手の事を詳しく知らないと安心できなくなってしまった」

 瑠璃は()(ちょう)し、「要するにただの(おく)(びょう)()(きょう)(もの)なのさ」と付け加えた。

「そ、それで私の事──つ、月照君との事も……」

 加美華は自分の気持ちやキスの事をいとも簡単に見破った、瑠璃の能力を少し(うらや)ましく思った。そんな能力があれば、月照の気持ちがすぐに分かるというのに……。

「いや、それは見ただけで割とすぐに分かった」

「はう!?」

「まあ、キスの件は少し違うが……。秘密を(あば)いた事は悪いと思うが、しかし君だって私のデリケートな秘密を知ったんだ。おあいこという事でどうだろう?」

「あ……うぅ……」

 加美華は小さく声を漏らして(うつむ)いてしまった。いや、(うなず)いたのか。

(くそっ、やはり可愛い!)

 女として育てられ、メンタリティが女だと主張している身としては認めたくはなかったが、どうやら自分はこの女子を特別に意識している。

 瑠璃はついにその事実を認めた。

 そして身体の秘密を話してしまったからこそ、この気持ちは加美華に知られるわけにはいかない。彼女を油断させる様な発言を幾つもしているのだ。バレたらきっと(けい)(べつ)されてしまうだろう。

(恋という物はよく分からなかったから……。しかしそうか、女のつもりで男子ばかりを見ていたから気付かなかっただけなのかも知れないな……)

 きっと、自分は女子が好きだったのだ。

 瑠璃はそう結論付け、少しすっきりした気分になった。


 ――吊り橋効果。


 客観的に人の恋を観察している時はすぐに「これだ」と思い至る事でも、自分の身に突然起これば、なかなかどうして全く気付かないものである。

 こうして互いの秘密の共有というなんだかむず(がゆ)い感覚に浮かれて、加美華が霊かもしれない事なんてとっくに忘れた瑠璃は、()()(あい)(あい)と加美華と共にルートを回り、加美華以上に肝試しを楽しんだ。




「ただいま」

 瑠璃は先に戻っていた双子と優、幸に声を掛け、それから月照が来るはずの旧校舎入り口の方へと振り返った。加美華も一緒に振り返ったが、この位置からは新校舎の陰になって見えない。

 かなりゆっくりと回っていたので、月照がそろそろ旧校舎に入ってもおかしくない時間だ。

 もうじき帰ってくる月照を迎える為、加美華と瑠璃は場所を移動した。

 優と幸は加美華が「一人多い」霊なのだとまだ思い込んでいるので寄ってこなかったが、双子は全く気にした様子もなく横にやってきた。

「みっちゃんにしては、ちょっとゆっくりだね?」

「うん。道には迷わなくても順路には迷うかも?」

 蛍に答えた灯は、なぜかぴょんぴょん跳びはねながら旧校舎の方を見つめている。背が低いからなんとなくなのか、蛍も背伸びしている。

 旧校舎は別に地平線の向こうにあるわけではないのでそんな事をしても無駄なのだが、双子はしばらくそれを続けていた。止めるのも同時だったのは、さすが双子だ。

(これはちょっとやそっと可愛くなっただけじゃ、とても敵わないぞ)

 瑠璃は加美華と双子を見比べながら、そんな事を思う。

 自分も月照の事を少なからず気に入っている。しかし今心を占めているのは加美華だ。

 だから自分の気持ちを押し殺してでも加美華を応援したいと思ったが、正直相手が悪い。素直に自分が加美華を()(さら)ってしまおうかと思うくらい、全く手に負えそうもない。

 顔と胸、それに月照への想いの強さ、そのどれもが勝てそうにない。唯一勝っているのは身長くらいだが、そこは月照の好みの方が重要だ。小柄な方が良いと言われては、最後の希望も(つい)えてしまう。

(上級生は先に卒業してしまうから持久戦も不利だ。これはもう、小細工無しで猛攻に出るしかないだろうな)

 もう一度小さく溜息を吐いて、瑠璃は男性並みに平らな自分の胸に手を当てた。

(というか、私は本当に女性ホルモンが(ぶん)(ぴつ)されているんだろうな?)

 灯と蛍は小学生と間違われそうな顔立ちと身長なのに、胸に関してはこの学校でも上位に入りそうな大きさだ。牛乳を飲めば飲むほど身長が伸びた瑠璃には羨ましい事この上ない。まさに(あこが)れの体型そのものだった。比して自分はこの学校の女子の中で上位に入る身長に、小学生にも負ける()(ふく)だ。

(私もああだったなら、こんな──)

 ついつい無い物ねだりをしそうになって、いや、と自分を(たしな)めた。

(自分に一番合っているのは自分らしくする事だと、もうずっと前に結論が出たんだ。今更何を迷っているんだろうな……──ん?)

 取り留めの無くなったやっかみとも取れる思考を現実へと戻すと、旧校舎へと何かが凄い勢いで駆け込んでいくのが見えた。

「──今のは?」

「「みっちゃん……?」」

 双子にも見えていたらしい。どうやら月照で間違い無い様だが、やはり双子も様子がおかしいと思ったようだ。

「彼は、肝試しが苦手だったりは?」

 その双子に声を掛けると、双子は相変わらず声を揃えて答えた。

「「え? えっと、そんなのぜんぜん聞いた事無い……けど、生きた人間に驚かされるのは嫌いかも?」」

「ああ、なるほど……」

 霊感がいかに強かろうとも、不気味なお化けの格好で不意を突いて脅かされれば走り出すほど驚くという事か。新校舎出口付近には誰も配置していないのだが、一体どこから全力疾走していたのやら……。

「彼には案内役がいなくて正解だったのかもな」

 瑠璃はなんだか少し可笑しくなって、くすくすと笑ってしまった。

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