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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
2セーブ目
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2セーブ目(7)

 やっと出発した二組目の蛍と幸を見送った頃には、瑠璃の手には嫌な汗がべっとりと浮かんでいた。この手を握らされる加美華がちょっとかわいそうになる。

 スタートが近付くにつれてどんどん不安になるがやむを得ない。腹を決めて案内人に(てっ)するのみだ。

 瑠璃は手の汗をハンカチで()き取り、何度も深呼吸を繰り返した。

 いっそこのまま過呼吸で倒れられたなら、とも思ったが、そんな事に命を賭けるのも馬鹿馬鹿しい。同じ賭けるなら命より(きも)の方がいくらかマシだ。

 数回だけ続けてから、最後に大きく長く息を吐き出して「よし!」と小さく声を出して気合いを入れた。

 二組目がスタートしてからしばらくすると、一組目の灯と優がにこやかに帰ってきた。ぱっと見、ただの部活の休憩中にしか見えない(なご)やかな雰囲気だ。

 いやまあ事実部活中なのだが、とても肝試しのコースを回ってきたようには見えない。

 ネタバレ防止の為に二人には少し離れた所に待機して(もら)い、会話はなるべく小声で行うように、と出発前に(あらかじ)め注意してある。

 瑠璃はその離れた所までわざわざ出向いて、小声で優に話し掛けた。

「(どうだった? 中での様子は)」

「(あ、はい。驚いたり怖がったりは正直あんまりだったですけど、ご本人さんはなかなかかなり楽しそうに回ってたんで、まあまあ手応えは結構良かったです、はい)」

 中での会話は比較的自由なので、話が盛り上がったらしく優自身もご(まん)(えつ)の様子だ。

「(そうか……悲鳴は全く聞こえなかったな)」

「(あ~……まあ、何やら慣れているような感じでしたですはい。やっぱり本物の相手をしてる幼馴染みがいると、場数を踏むんですかね?)」

 ちょっとだけ顔を曇らせた優に、瑠璃は(いた)く残念そうに呟いた。

「(君も悲鳴は……)」

「(はい?)」

「(いや、何でも無い……)」

 そう言って、瑠璃は月照と加美華が待機している場所まで戻った。

 今も、校舎からは悲鳴らしき物音は全く聞こえてこない。

(……出来れば多丸姉妹のどちらかに、悲鳴を上げて逃げ帰って来て欲しかったのだが)

 肝試しがちょっと残念な感じになっている事よりも、加美華が「当たり」である可能性が一層高まった事の方が残念だった。

 この()(およ)んで、仲の良い友人が不幸に()ってでも自分が助かりたい気持ちが強くある。だが先に裏切られたのだから、それ位は許して(もら)わないとやってられない。

 腹を決めても怖いものは怖いのだ。

 無情にも時は過ぎ、やがて瑠璃達の出発時間になった。

 ルールなので、瑠璃は加美華と手を(つな)がなければならない。月照と手を繋ぎたいが為に自分で提案したルールなのだが、(あだ)となってしまった。

(まあ、これはこれで新人達の安全確保の意味もあるからな……)

 一応、下心以外にも、新人が肝試し中に驚いて転倒したりするのを防ぐ目的もある。

 勇気を出して加美華に手を伸ばし、注射よりも緊張しながら握られるのを待つ。

「(んぐっ!)」

 加美華の手が触れた瞬間、微かに声が漏れてしまった。

 冷たい。氷の様に……いや、話に聞く死体のように。

「あの……どうかしました?」

 加美華が首を傾げて見上げてきた。

 ぱっと()は可愛らしい仕草なのだが、それが何か不自然な、まるで自分の心を見透かした上で()えてそう演技している様な感じがして、瑠璃は声が出せなかった。

「よく分かりませんが、そろそろ行きましょうか」

 返事をしない瑠璃をじっと見つめていた加美華が、そう言って微笑んだ。

 その微笑みもまた、瑠璃の恐怖心を(あお)る。

(う、うぅ~~……)

 決めたはずの腹は(くだ)しそうなくらいキリキリと痛み、心臓がバクバクと危ない心拍数を刻んでいる。

 しかし、責任を(ほう)()する事もできない。

 本人はあまり自覚していないが、瑠璃は責任感が人一倍強いのだ。

 だから瑠璃は逃げ出したい気持ちを必死で抑え、青ざめた顔で少しふらつきつつも加美華に引っ張られて校舎へと入っていった。



 昼間は(ざっ)(とう)(まぎ)れ意識した事も無い、廊下を踏む(うわ)()きの音が校舎内に響く。

 お化け役の部員がいるのはもう少し先からで、今は完全に二人っきりだ。

 瑠璃は走って一気に誰かの所まで行きたい(しょう)(どう)()られるが、加美華が普通の人間である可能性もまだ少しは残っているのでそんな訳にもいかない。いやむしろそうであって欲しいのだが……。

(一度腹を決めたんだ。こうなったら私も試してやろうではないか! 肝って奴を!)

 男前な決断だが、ただの開き直りとも言う。

「ふおあ!?」

 一人で延々そんな事を考えていると、なぜか(とう)(とつ)に繋いだ手に力を入れられて変な声が出た。

「あ、あの……?」

(お、落ち着け。覚悟したんだ……まずは情報だ)

 空いている手でバクバクうるさい心臓を押さえながら、加美華を詳しく観察する為に、直前にその相手が話し掛けてきた事にも気付かないくらい集中する。

 初対面の時は霊が怖いと(ひど)い顔をしていたし、その翌日優が間違えて部室に(さら)ってきた時には小動物の様に(すみ)っこで震えていたのに、今の加美華は何か()()れた様に堂々としていて(くら)(やみ)を恐れる()()りすら無い。

 (いち)(もく)(りょう)(ぜん)な人見知りもどこへやら、まさに別人の様に肝っ玉が()わっていて生き生きとしている。まるで闇こそが自分の居場所と言わんばかりの(へん)(ぼう)ぶりだ。

(怖っ──……ん?)

 加美華の闇属性っぷりに新たな恐怖を覚えそうになったが、彼女の様子から受ける印象の変化に心当たりがあった。

 もう一度、加美華の全身をしっかりと観察する。

 顔は薄く化粧していて、リップが非常灯の光を反射してちょっと(なま)めかしい。服装は夜中に学校を歩く為のものにしては派手で、スカートなんて(すそ)が短くヒラヒラしていて、まるで休日に(はん)()(がい)に出かける様な格好だ。

 初対面の時と比べ、明らかに可愛くなっている。()き物が落ちたから、というだけではない。

(これは……もしかしなくてもあれ(、、)だな)

 加美華の事を観察するうちに、瑠璃は少しずつ余裕を取り戻し始めた。


 一方、肝試しそのものには動じていなかった加美華も、横で第一印象とは全く別人の様に緊張し(おび)えている瑠璃の様子に、徐々に不安になっていた。

 先程月照と双子が、先輩達が演技か本気かという話をしているのを横で聞いていたが、もしかして本当に何か霊障が始まっているのだろうか。

 月照が否定的だったので多分大丈夫だろうと加美華も楽観していたが、その月照本人が除霊なんてできないと言っていた事を思い出した。

 しかし霊障だとしても、どうして瑠璃はこんなに恐る恐るといった感じで自分と手を繋いでいるのだろう。普通はそういう時、誰かの手を強く握りたくなるものでは無いだろうか。少なくとも自分はそうだったし、できずとも月照が側にいてくれたのは心強かった。

 それなのにこの、警戒の様な感じはなんだろうか。月照相手になら()()として身体に触れようとするのに──いや、抱き付いていたのに。

(──……う、(うらや)ましくなんて……羨ましくなんて!)

 自分も月照に思いっきりしがみついた事があるのだが、自覚が無いのかたまたま思い浮かばなかったのか。

(……やっぱり羨ましい!)

 つい繋いだ手に力が入ってしまうと、瑠璃が「ふおあ!?」とよく分からない声を出した。

「あ、あの……?」

 ずっと(きょ)(どう)のおかしい瑠璃に、さすがに心配になって声を掛けるが、聞こえていないのか全く反応が返ってこない。

 二人っきりなのにこの様子では、話しかけるだけ無駄だろう。加美華はしばらくそのまま道なりに歩いていた。

(どうしよう……。順路もよく分からないし……)

 階段付近で立ち止まり、登るべきかどうか分からず瑠璃の様子をもう一度確認すると、いつの間にか彼女は優しい眼というか、(なま)(あたた)かい視線をこちらに向けていた。

「え?」

 急に雰囲気が変わった事に驚きの声を漏らすと、瑠璃は自分の表情に気付いたらしく、空いている手で顔を(こす)って少し表情を引き締めた。

「いや、なんでもない……とりあえず行こうか」

 瑠璃は不自然に真剣な声でそう言った。

 迫力に押された加美華が「はい」と答えて、二人は歩き始めた。

 お化け役がいるのがどの辺りか知らないが、それからまた一切の会話もなく、(いっ)(きょ)(しゅ)(いっ)(とう)(そく)(つぶさ)に観察するかの様な瑠璃の視線に(さら)されながら先に進む。

 なんだか(もの)(すご)()(ごこ)()が悪い。

(うう……なにこの空気……? それにこの人に見せる為にお(しゃ)()したんじゃないのに……)

 母親に教わって時々練習していた(うす)()(しょう)も、街に出掛ける時にしか着ないお気に入りの服も、たった一人に見せる為に用意したものだ。薄明かりを微かに反射している唇には、普段の乾燥防止用に使うただの医薬品とは違う、とっておきの薄い色付きの物を使っている。

 これでいつでも──……。

(──って、いつでも何する気なの、私!)

 加美華は自分の思考に対して全力で突っ込みを入れた。瑠璃と手を繋いでいなかったなら、きっと(しゅう)()のあまりこの場で転げ回っていただろう。

 そんな加美華の様子を観察していた瑠璃は、完全に普段の落ち着いた雰囲気を取り戻し、口を開いた。

「各務君。君は咤魔寺君に()れたのか?」

 ドダン、と派手な音を立てて加美華が転けた。

 しかし()かさず繋いだ手を引っ張られて立ち上がらされる。

「なるほど。恋をすると女は()(れい)になると言うが、ここまで変わるものなんだな」

「ちょっ、なっ!?」

 感心した風に言う瑠璃に、加美華は動揺を隠せない。

 瑠璃はさっきまでとは別人の様に、絶好調で加美華の肩に腕を回して密着した。

「ふふ、隠そうとしても無駄だ。というか君は隠すのが下手だな」

「そ……その……。はい……」

 加美華は観念して、真っ赤な顔で(うつむ)いた。油断していたところに(たた)()けられて、応戦しようにも思考が(まと)まらなかったのだ。

「ほう、それで彼のどの辺に惚れたんだ?」

 もうこうなると、完全に瑠璃のペースだ。

「そ、それはその……」

 加美華はそのまま歩き出した瑠璃に逆らう事ができず、月照との()()めを白状させられたのだった。

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