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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
1セーブ目
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1セーブ目(1)

 高校に入ったからには、授業の難易度を言い訳に成績を落とす訳にはいかない。

 部活大好きとはいえ授業中はきちんと集中して、きちんと内容に付いていかなければならない。

 そう心がけて集中していたので一日が早く過ぎ、気が付けば放課後になっていた。

 決して午後の授業からホームルーム終了まで爆睡していたせいではない。

「「あ、いたいた!」」

 心の中で自分に言い訳しながら入部届けに必要事項を書いていた月照は、教室の入り口で上がった女子のハモり声に顔を上げようとして、しかし止めた。

 見るまでもない。この聞き慣れた声はうんざりするくらいよく知っている。どうせ一緒に帰ろうと誘いに来たのだろう。

「(おい、あれって──)」「(また咤魔寺かよ)」「(やっぱいつ見ても可愛いな……くそ、リア充脱糞しろ!)」

 毎度の如くクラスのあちこちで囁きが起こる。双子の外面の良さは月照も認めているが、男子だけではなく女子も可愛いと噂しているらしく、まさに注目の的だ。

(ちっ、無駄に目立ちやがって──てか誰だ、毎度俺にお漏らし期待してる奴は!?)

 何にしても双子がここに来るという事は間違い無く自分に用事があるのだろうが、分かっていても月照は敢えて無視していた。

 今大切なのは、この野球部に出す入部届だ。中学の時は漫画の影響を受けてバスケットボール部に入っていたが、もうバスケは諦めたので何の未練もない。それに高校で部活をするならやはり野球だ。

 通学路で双子に言った、「小学校の頃から決めていた」というのもあながち嘘ではない。「目指せ甲子園」というキャッチフレーズが持つ独特の響きと、白球を追いかけ土に汚れたユニフォームの格好良さは、スポーツ好きの男子にしか分からないかも知れない。ベンチ入りできなくても野球部に身を置いて毎日練習に明け暮れるだけで、充分青春を(おう)()できるのだ。

「「おーい、みっちゃーん?」」

 自分の世界に浸っていた月照は、双子に呼ばれ現実に引き戻された。

「いい加減目立たない様にこっそり入って来い、あほ姉妹!」

 月照はこれ以上無視するのは無理そうだと、今度こそ顔を上げた。

「「あ~!? またあほって言った~!」」

 月照の都合をまるで考慮しない双子に、せめてもの反撃とばかりに昔双子が嫌がっていた(あだ)()を久しぶりに言ってみたが、予想以上に効果があったみたいだ。二人揃って頬を膨らましながらこっちに歩いて来る。

「「みっちゃんだって、私達と同じくらいの成績だから同じ高校にいるくせに!」」

「いちいちハモんな、聞き取り辛い」

 机に手を着きながら二人掛かりで睨んでくる双子を、月照は睨み返した。

 とはいえ周囲の視線が気になるので月照は小声だ。顔と名前が一致しないクラスメイト達に一斉に見つめられるのは、町中で見ず知らずの人々から視線を向けられるのと近いものがある。

「成績の話じゃ無くて、お前等があーちゃん、ほーちゃんだからだって前に教えただろ。(まと)めてたらあほ姉妹だろうが」

「「う~……じゃあしょうがない」」

(しょうがないのか)

 相変わらず妙な所だけ素直で諦めが良い。少し感心するが、今は双子の相手をしている場合ではない。聞いた話では、野球部は弱くても人気があり定員が決まっているので、入部届の提出は早い者勝ちらしい。

「「あ、こら! わざわざ幼馴染みが会いに来たのに、無視するな!」」

「うるさい。入部が早い者勝ちなんだから、早くしないと──」

「「もう遅いって。みんなフライングで昼休みまでに出してたし」」

 無視を決め込んだ矢先、その衝撃的発言で月照は再び双子へと視線を移した。

「──……なん……だと?」

「「いや~、むしろずっと決めてたのに、当日の放課後になってから記入してるって事実に私達は驚かされたけどね」」

「ぐぅ……」

 それについては返す言葉も無い。昨日用紙を貰っておきながら、後でいいかと放置する間に忘れていたのだ。朝の登校時に会話に出ていたにも関わらずこの失態、我ながら情けないと月照は手にしたシャーペンで頬を掻いた。

「「だからどうせ野球部は無理だし、諦めてここに入れ」」

「なんで急に命令形……」

 偉そうに言いながら灯が差し出した紙を見ると、案の定オカルト研究部の勧誘ビラだった。

「「みっちゃんは昔から霊感凄いんだし、だから是非ともここに入るべきだよ。そして都合良く私達に利用されなさい」」

「勧誘する気ないだろ!?」

 そもそも月照は運動部にしか興味が無い。野球部が駄目だったとしてもサッカー部──いや、これも定員があるからもう駄目か。だがバスケを続けるなり卓球やバドミントンに挑戦するなり、とにかく体を動かす部活に入ろうと決めているのだ。そこだけは絶対に譲れない。

 それ以前に、多分駄目だというだけで諦めて野球部に入部届けを出さないのも性に合わない。

 月照は双子を無視して、希望部活の欄に『野球部』と書き込んだ。

「「あーー!? なにしてんの!?」」

「あっ!?」

 灯と一緒に叫びながら、蛍が用紙を取り上げた。

「書き直す!」

 言いながら、蛍は月照の筆箱から消しゴムと予備のシャーペンを素早く取り出して、隣の机で折角書いた野球部の文字を消し始めた。

 ちなみに入部届けは全部活共通で、希望部活の欄を書き直したら別の部にも流用できる。

「ちょっ、返せ!」

 取り返そうと手を延ばすと、灯がその手を(つか)んで妨害に入った。

「大丈夫、ちゃんとみっちゃんの字を真似て書くから」

「そういや俺でも見分けつかないんだった! マジで止めろ!」

 あの精度で偽造されては、付き合いの浅い教師など簡単に騙せてしまうだろう。

「こらみっちゃん、真面目に書類書いてる人の邪魔するな!」

「お前等だぁぁ!」

 真面目に書いた書類の(かい)(ざん)に荷担する灯の額にチョップを入れて立ち上がると、月照は蛍の手を掴んだ。

「お前等、冗談にしてもちょっと度が過ぎるぞ!」

 幾ら何でも無茶苦茶すぎる双子に、月照は怒りを隠さず声を荒げて掴んだ手を引っ張り上げ、蛍を立ち上がらせた。教室が少しどよめいたが、月照は気付かない。

「いっ、た──ちょ、みっちゃん、痛い痛い!」

「うるさい、とっととそれ返せ!」

 此の期に及んで、蛍は用紙を反対の手に持って遠くに伸ばし、取られない様にと往生際悪く抵抗する。だが月照の方が体が大きい分手も長い。そんな抵抗は無駄とばかりに空いている手を伸ばし、入部届けを──

「ま、待って!」

 奪い返そうとする直前、聞いた事の無い女子の声が聞こえ蛍の手から入部届けを持って行ってしまった。

「…………誰?」

 事態を飲み込めなかった月照は、蛍とダンスの様な密着姿勢のままその女子を見た。

 双子よりも少し背が高く、顔立ちとスタイルは標準程度。度のきつそうな分厚いレンズの眼鏡と、それに不釣り合いな運動部並みに短く切ったショートカットが印象的だ。

 よく見ると、制服のリボンと上履きのラインの色が青色だ。黄色の月照達とは学年が違う──つまり先輩だ。

(……確か、青は一個上だっけ?)

 三年なのか二年なのか、入学間もない月照には定かでは無いが、どうやら双子の暴走にはこの先輩も関係している様だ。

「あ、ええと……私は二年の(かが)()()()()っていいます」

 そう小さな声で自己紹介しながら、その先輩は頭を下げた。

「か……かみかみ?」

 事態がよく分からない月照は、よく聞こえなかった先輩の名前を聞き返した。

「各務加美華です! (かつ)(ぜつ)には自信がありやす!」

「ありやす……?」

「あ、ありみゃす!」

 月照と双子の中で、彼女の名前がかみかみ先輩になった瞬間だった。

「と、とりあえずみっちゃん……この格好、恥ずかしいから……」

 呟く様に言いながら、蛍は月照の手を振り解いた。

「あ、ああ……」

 急にしおらしくなった蛍の声で冷静になり、周囲の視線に気付いた月照は、彼女から離れて加美華に向き直った。

「ええっと……その各務先輩が、どうして俺の入部届けを奪い取ったんですか?」

「そ、それは……」

 加美華は言い淀んで蛍を見た。

 自分で上手く説明する自信がないのだろう、助けを求めたようだ。

 双子は自信満々にその視線に頷いた。

「「みっちゃんの霊感が強いから」」

「うん、とにかく第三者が聞いても分かる様に、順を追って説明して貰おうか」

 実に悔しいが、月照は野球部を完全に諦めて双子達の話に付き合うしかなかった。

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