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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
2セーブ目
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2セーブ目(4)

「ど、どうしたそんなに慌てて? まだ後十五分以上あるぞ?」

 オカルト研究部側の責任者として門前で待っていた瑠璃は、必死の(ぎょう)(そう)でやってきた月照と双子に驚き、(ひそ)かに予定していた月照へのハグのタイミングを逃してしまった。

 月照だけでなく双子の反応も(うい)(うい)しくて気に入っているので、タイミングを逃したのは悔しい。しかも驚かす側として開催したつもりのイベントでいきなり逆に驚かされたのだから、ただ悔しいだけでなくちょっとした(くつ)(じょく)だ。

 それはさておき、この三人の慌て様は一体どうしたものか。

「もしかして不審者でもいたのか!?」

 イベントを実行する側の(せき)()として、現役部員と顧問や助っ人の教師は既に準備を終えて、全員学校の(しき)()内にいる。

 しかし教師も男子部員も校舎内にいるし、部長の優はその()()と最終確認の為にそっちに出掛けている。優の姉、幸はさっきまでここで一緒に新人達の到着を待っていたのだが、丁度今さっきトイレに行きたいと校舎へ入っていったところだ。

 もし不審者がいたのなら、瑠璃が判断して全員の安全を確保しなくてはならない。

(どうする!? まずはこの三人と一緒に校舎内に()(なん)し、先生に連絡だな! ああ、それから急いでもう一人の新入部員……各務加美華君か、彼女にもすぐに連絡を入れて家から出ないように指示しなければ!)

 瑠璃は大人顔負けの判断力で瞬時にそう結論付け、急いで校門の横にある通用口を開いた。

 息を切らして説明どころかまともに呼吸すらできていない三人に手を貸して、学校の敷地内へと押し込むと、自分も中に入って通用口を閉め、(かんぬき)を通す。

 それから周囲を見回すが、今のところ特に変わった様子はない。

「ち、がいます! れ、れい、霊だから!」

 瑠璃がスマートフォンを取り出して校舎内の優達に連絡しようとした時、月照が何とかそれだけを(しぼ)り出した。

 月照にとって後半のペースはかなり余裕があったはずだが、変に緊張状態で走っていたからかいつもよりバテるのが早かったらしい。(ある)いは中学の部活引退からのブランクが原因か。

 いずれにしても、本気の持久走直後の様に息が上がっている。

「……霊?」

 瑠璃は手を止め、首を傾げて聞き返した。どうやら事を大きくするとまずそうだと、(ひと)()ず月照の話を聞くことにした。

「は、はい……ふぅ……」

 さすが、体育会系男子の月照はブランクがあっても心肺機能が高い。もう呼吸を整え、背筋を伸ばして会話出来るまでに回復した。

 瑠璃はぜーぜー死にそうに肩で息をしている双子を尻目に、月照から事情を聞く事にした。

「各務君の部屋の悪霊を除霊したと聞いたが、そんな君が逃げる程危ない奴なのか?」

「いえ……あ、いや、危ないのは確かです。それと俺、除霊なんてできませんから」

 言いながら、月照は校門の外だけでなく学校敷地内をしっかりと見回し、自ら安全確認した。

 ふう、と大きく(あん)()の溜息を吐いたので、どうやらその危ない霊は付いて来ていないのだと瑠璃にも分かった。

「ふむ……。一応、部の皆にも伝えておこう。それと、各務君は近所らしいのでおそらくまだ家を出ていないと思うが、もし彼女の身に危険が(せま)る可能性があるなら、家を出るなと伝えるが?」

「あ、いや、多分普通の人には何の問題も無いはずです」

 問題があるなら、あの霊に斬りかかられていた男性達が無事では済まないはずだ。

 しかし彼等は誰一人、気付きもしないで平気な顔をして歩いていた。だからあの霊が害をもたらすのは、月照や月照の父親の様な特別な人間のみだろう。

 ただ、普通の人でも長期に渡って斬りつけられていると、(おん)(ねん)の影響を受け健康被害や不幸に見舞われる可能性もある。

「なるほど。君の能力にも欠点があるという事か」

 瑠璃がさりげなく月照の肩に手を伸ばすが、月照もさりげなくそれを(かわ)した。

「……まあ、イベント実行上問題無ければこのまま続ける事になる。しばらくここに待機しても大丈夫か?」

 ()()しい顔立ちの頬を幼く(ふく)らませながら言う瑠璃に、月照も大分余裕を取り戻してきた。

「いや、まあ……追ってきてたらやばいんで、見付からない所に隠れていいなら……」

「校舎内という事か? しかしそれではイベントが台無しになりかねないし、後から来る各務君も我々を見付けられなくて困るな。それにいくら私でも、危ない霊が出ると分かっていて一人でここで待っているのは怖い──あ……」

 そこまで言ってから瑠璃は何かを思い出したらしく、小さく声を上げた。

 その声で一瞬動きの止まった月照に、(すき)有りとばかりに再び手を伸ばす。

 さっと()けた月照を追尾して服の(そで)(つか)むと、「勝った」とつぶやいて嬉しそうに笑みを浮かべた。

「安心したまえ。そういえばこの学校は元々寺子屋で、本家の寺が無くなる際にご(ほん)(ぞん)だかご神体だかを旧校舎に移し替えていて、そののろ──御利益で、悪い霊は入って来られないらしいからな」

「……今『呪い』って言おうとしませんでしたか?」

「ははは、気にしたら負けだ。どうせ現物はどれだけ探しても見付からなかった(まゆ)(つば)だしな」

 (つか)んだ(そで)を引き寄せて、毎度の(ごと)くガシッと肩を組みながら瑠璃は明るく笑った。

 じゃあ気休めにもならないじゃないか、とその腕を振り(ほど)くこともできたが、月照も疲れている。汗が染みついた服に密着される事を少し気にしたが、瑠璃は全く気にしていないようなので、疲労感に負けて動くのを止めた。

「ああ、しかし……取り壊し工事の関係者が、『髪の長い若い女の霊を見た』とか(さわ)いでいたらしいから、そんな霊はいるかもしれないな」

「か、髪の長い女!?」

 本当に気休めにならなかった。

「あ、ああ。噂では、黒髪ストレートロングの小柄な女子高生らしいが、それがどうかしたのか?」

「そ……そうですか」

 よかった、別の霊だ。あの霊はそこそこ身長が高いし、年波のせいで横幅も増え始めていたし、髪はいつも振り乱しているのでボサボサだ。小柄な女子高生どころか『若い女』に見間違えようがない。

「というかその噂……霊、めっちゃ中に入ってるじゃないですか……」

 月照はただ溜息を()らして、なんだか馬鹿馬鹿しくなってそのまましばらくは瑠璃の好きにさせておいた。

「ん? ああ、だから「悪い霊が入れない」という噂なんだろう。きっとその女子高生は良い霊なんだろうな」

 月照が御都合主義な噂話に呆れていると、

「「うぅぅ~……」」

 突然背後から、恨みと苦しみを込めたような(うな)り声が聞こえてきた。

「──っ!?」

 月照が慌てて振り返るよりも早く──。

 死にそうな顔の双子が、息も()()えに二人を引き()がしたのは言うまでもない。



「ほら、ここが私の学校。月照君達はまだみたいだけど……あ、この門の前で待ち合わせだから、勝手に中に入っちゃ駄目だよ」

 月照と瑠璃の()(きょう)(あん)で、門の(そば)の物陰で霊から身を隠しつつ、加美華が来たらすぐに出て行って合流する事で話は(まと)まっていた。

 さっきまでの四人に、トイレから帰ってきた幸と準備が終わった優の多丸姉妹が加わって、六人で門のコンクリート部分の裏側に張り付いて待つ事しばし、九時少し前に加美華はやって来た。

「一緒にみんなを待ちましょう。でも、先輩達は早めに来て待ってると思ったんだけど、誰もいないのは変ね? え? ううん、正門じゃなくて西門って念を押されたし、時間だって合ってるはず……え? そんな事を言われたら私も自信が無くなってくるから止めて……」

 瑠璃は当然、月照達に失敗した「いきなりハグ作戦」を実行するつもりだった。

 しかし──

「うーん……それはそうだけど、でも私だって年頃の女の子なんだから、少しでも可愛く見て貰いたいって思うし……。あ、そう言えばそうか。桐子ちゃんはお(しゃ)()したくてもそれ一着だけだもんね。今度一緒に月照君に相談してみようか?」

 加美華がなにやらひたすら独り言を言い続けていたので、怖くて飛び出せなかった。

 瑠璃にとって(くつ)(じょく)の二敗目だ。

「(今年の新人は(つわ)(もの)(ぞろ)いでおじゃるな……)」

 完全に出て行くタイミングを失った瑠璃に、幸が相変わらずキャラ付け丸出しの口調で耳打ちした。

「(ああ……しかし彼女、確か()()(でら)君と同様、部長の暴走でうちに入部届けを出したんじゃなかったか?)」

 事故で入部したにしては、加美華はちょっとオカルト過ぎではなかろうか。

 キャラ付け命の幸でも家では普通に(しゃべ)るらしいのに、誰も居ない(と本人は思っているはずの)夜の学校で、まるで誰かが横にいるかの様に一人で話しているのだ。もはやどこからどう見ても、彼女は本物の「アレな人」にしか見えない。

 いや、登場のインパクトで言えば本物のオカルト能力者である月照を大きく上回っていたから、ある意味本物以上と言えるかもしれない。

(……彼女もちょっと興味深いな。思い込みが激しいタイプとは思っていたが、咤魔寺君の影響で何かに目覚めたか?)

 その「何か」が霊感なのか口にしにくい一人の世界なのかは分からないが、オカルト好きとしては興味が引かれる。

 瑠璃は加美華の独り言が収まるのを待ってから立ち上がった。

 優や幸もそれに(なら)って立ち上がったが、なんとなく気まずい月照はそのまま隠れていた。双子も同じく、月照の横で待機する。

「はうあっ!? せせ、先輩!? いい、いたたいいつからそこに!?」

 通用口を開けると、加美華は飛び上がるほど驚いて顔を真っ赤にした。短めでヒラヒラのスカートの中が見えそうになったので、本当に少し飛び上がったのかもしれない。

 独り言を聞かれていた事に気付いて恥じたからだが、しかし瑠璃はこの反応でも感心した。

 もし幸の様にキャラ付けだったのなら人に聞かせてなんぼだ。人に聞かれて困るなら、それは「何か」に目覚めた本物の可能性が高い。

 ……まあその「何か」次第によっては中二病と言うのだが。

 しかしこのオカルト研究部においては結構な割合でそれを発症しているので、全く気にする必要は無い。

「ちなみに君が最後だ。咜魔寺君達も事情があってその壁の向こうで待っている」

 瑠璃がそう伝えると、加美華は「ひあっ!?」と裏声を出し、それから瑠璃の両肩を掴んで激しく揺さぶりだした。

「な、なんでそんな意地悪するんですか! え、え? 私変な事言ってませんでしたよね? ねっ!?」

「い、いやちょ、ちょっとま、待て!? 言ってない、言ってなかったから落ち着いてくれ!」

 相手をハグするどころか相手から先にボディータッチされ、(あまつさ)え反撃する事もできずに自ら加美華の手を払い()ける事になった。

 瑠璃、本日三敗目である。

「あ~……とりあえず、さっき言ったように事情があるから移動しようか……」

 すっかり(しょう)(ちん)した瑠璃は、トボトボ歩きながらそう提案したのだった。

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