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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
2セーブ目
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 約束通り、午後八時三十分(ちょう)()に、月照は夜野家のインターホンを鳴らした。

 バゴン! とドアが破られたかの様な派手な音を鳴らして開けられた。

「「みっちゃん、お待たせ!」」

 一瞬しか待つ間を与えず、双子が中から飛び出してきた。

「家の中で待っとけって言ったのは俺だけどな……」

 そのまま門柱ごと倒しそうな勢いで、双子は門を開けて月照の両隣に陣取った。

「靴履いて玄関で待ってたのか……」

 双子の後始末とばかりに、月照が門を閉めた。

「「えへへ~。待ちきれなくて――はっ!?」」

「なんだ、どうした?」

 にやけていた双子が、急に真面目な顔になった。

「あ、ううん」

「なんでもないよ」

 そして一転、控え目なテンションで顔を伏せた。

 灯も蛍も、そのまま黙ってしまう。

 訳が分からなくなって、月照はちょっと混乱しそうになったが、しかし双子のする事を一々いちいち気にして止まっていたら人生が立ち()かなくなる。

「おばさんにはちゃんと出掛けるって言ったのか?」

 話しかけると、双子はうわづかいで月照を見つめて、少し間を置いてから答えた。

「「うん、大丈夫」」

 急にどうしたのか気になるが、しかし月照はそれでも気にしない事にした。

「なら、ちょっと早いけど行くか」

 私服で手ぶらという気楽なイベントなので、忘れ物のしようも無いからここでじっとしていても何もする事がない。

 双子の様子を()(ただ)して下手に話し込み、さっきの近所迷惑なテンションに戻られたらそっちの方が大変だ。

「「うん」」

 だから月照は、双子の返事を聞くとすぐに歩き出した。

 朝の登校時とは比べものにならないくらい大人しく、双子は黙って月照に付いていった。



 ようやく慣れてきた通学路の見慣れぬ夜の姿は、まるで知らない町に来た様な違和感がある。

 (もち)(ろん)夜の町を歩くのは初めてではないし、この道も先日加美華の家に行った時に通っている。

 しかし夜遊びなんてしない月照にとって、駅や祭りの会場と方向が違うこの道は、まだまだ夜に歩くには違和感が(まと)わり付く。

 それにいつもなら纏わり付く双子が、纏わり付いてこないのも全然(しゃべ)らないのも違和感だ。

 治安が良い町なので変な事件に巻き込まれる心配は要らないだろうが、しかしそれでもよく知らない地域だ。朝夕と全く異なる雰囲気と初めて見る霊達が、違和感を増幅させどこか不気味に不安を()き立てている。

「そういや、お前等結構静かだな。晩飯にゴーヤでも喰わされたのか?」

 気を(まぎ)らわせる為、月照は双子に話しかけた。

 双子は(にが)()が大の苦手なので、ゴーヤやピーマンは食べはするが、食べた後は不機嫌になって口数が減る事がある。

「ち、違うよ」

 ゴーヤの苦味を思い出したのか、灯が顔を(しか)めた。

「今夜はハンバーグだったし」

 しかし蛍がそう言うと、今度はその味を思い出したのか二人してにやけ面になった。

(よだれ垂らしそうだな……屋台のたこ焼き見てた時みたいだ)

 そういえば、祭り以外で双子と一緒に夜に外出するのは初めてだ。

 しかし祭りの時は、もっと普通にテンションが高かった記憶がある。

 だが今は、美味しい食べ物の話をしても(ほとん)どテンションが上がらず、すぐに元のどこか(もの)()げな表情に戻ってしまった。

 まさかこの二人に限って、霊が怖いとか近所迷惑だからとか、そんな事は考えてないと思うが……。

「腹が痛いとか、そんなこと無いよな?」

 いつの間にか少し後ろを歩いていた双子に、月照は心配になって問いかけた。

「ち、違うよ! 美味しかったし大丈夫」

「べ、別に心配なんてしてないし」

 灯と蛍が会話にならない回答をした。なぜ美味しければ大丈夫で何を心配していたのかは分からないが、珍しく何かを考えていた様だ。

「そ、そうか……」

 すぐに周りが見えなくなる双子の事だ。今はこれ以上あれこれ聞いても仕方が無いだろう。

 諦めた月照まで黙ったせいで会話が途切れ、再び不気味な(やみ)()の世界に戻された。

 街灯の間隔が広く、夜になれば極端に人通りが減るこの町は、やはり治安が良くても夜出歩くには向いていない。様子がおかしい今の双子だけで行かせなくて正解だった。

(しかし最近色々おかしかった割に、今日の下校時はいつも通りだと思ったんだけどな……。家に着いてからなんかあったのか?)

 気にしないつもりでも、一緒に歩いていれば双子の様子がどうしても気になってしまう。

 上機嫌ではあったが、ここ数日の妙なテンションは(ひと)()ず落ち着いていた。

 桐子や昔の心霊体験の話をしながらだったが、いつもの調子で騒がしく茶々を入れながら聞いていた。別れ際になぜか加美華の話を急に振ってきたが、その時は茶々も入れずにかなり真剣な顔でしっかり耳を傾けていたはずだ。

(うーん。思えばあいつらが静かに聞いてたあの時から……ん?)

 悩む月照が後ろを気にすると、双子は何やらお互い顔を近づけて内緒話をしているようだ。

「(うーん……やっぱり何か違うよね?)」

「(うん……やっぱり噛まないと駄目かな?)」

「(でもでも、それだとただの物真似じゃないかな?)」

「(うーん……じゃあやっぱりか弱さだ。そこを()すべきだよ)」

 何を言っているのか耳には届かないが、多分この後のイベントの事ではないだろう。

 相変わらず、双子は何を考えているのか分からない。

 結局月照の思考はそこに落ち着き、考えるのを放棄させた。

 月照は黙って視線を前に戻し――

「──あ……」

 そしてそれが視界に入り、つい声が漏れた。

「「ふえ? …………あ、そかっ!」」

 すると何を考えているのか、しばしの間を置いてから双子が(はじ)けた様に左右の腕に抱きついてきた。足を止めた月照に合わせて、双子も立ち止まる。

「「な、何? 何かいたの?」」

 二人して上目遣いで弱々しく聞いてきた。どこか台詞っぽい感情の足りなさを感じたが、どうやら(おび)えているらしい。

 双子の思考はよく分からないが、とりあえず今この二人を怖がらせて冷静さを失わせるのは(とく)(さく)では無い。

「あ~……いや、別にそんなんじゃなくて、今日の映画何だったか確認してなかったなぁって思ってさ。録画してないから、面白そうなのなら(もっ)(たい)ないし……」

「そ、そんなの面白い奴ならまた放送するから!」

「変な声出してびっくりさせないでよ!」

 灯と蛍は身体を離しながらそう言うと、さっきまでよりもペースを上げて歩き出した。

「あ、いや違う! やっぱちょっと待て!」

 月照はその背中に向かって慌てて声を掛けた。

 思わず大きくなったその声に驚いて振り返り、双子は少しポカンとしてから駆け足気味に戻ってきた。

「「な、何!? 今度は一体!」」

 さっきと異なり、今度は声に真剣味がある。

「あ~……えっとだな……」

 月照は双子の向こう、次の交差点を見つめながら言葉を(にご)した。今のはちょっと失敗した。

「え? まさか本当に何か居るの?」

 その視線に気付いてそちらを見た蛍が月照にしがみつき、

「からかってるんだったら、明日の朝、耳元で()()って起こすから!」

 灯はその蛍の服を()まんで月照を睨んだ。

 二人とも一瞬前の「らしくない」弱々しさが無くなって、いつも通りの雰囲気にいつもらしくない(あせ)りがある。

「……いや明日は日曜だし、耳元で怒鳴るのはもうやったよな?」

 別に日頃の()(しゅ)(がえ)しでからかっている訳ではないので、月照はちょっとむっとなった。しかしだからといって、珍しくしおらしく怯えている双子には素直に事実を伝え辛い。

 この先の交差点にいるあれには、絶対に関わってはいけない。

 最近通学路でよく見かける、包丁を持った下着姿の中年女性の霊だ。

 いつ見ても通りすがりの、特に男性に向かって、髪を振り乱し奇声を上げながら包丁を振り下ろしている。

 霊障を持たないなら双子には全く無害かもしれないが、月照は霊に触れたく無くても触れてしまうので、近付かない様に注意しないといつ刺されるか分かったもんじゃない。

 それにあれは、桐子の様に話して分かるタイプではない。完全にイッてしまっているのは(いち)(もく)(りょう)(ぜん)だ。

 通常、霊は刃物など凶器になる様な物は持っていないので、今まで(そう)(ぐう)したイッてしまっている霊にはここまで身の危険を感じる事はなかった。

 仮に不意打ちを食らっても、素手なら(そく)行動不能になる事はまず有り得ない。一撃必殺な達人が理性を失って悪霊化した前例は、月照の父親だって聞いた事がないとはっきり言っていた。

 だから大抵は殴り合って撃退するなり、部活で鍛えた自慢の脚で逃げてしまえば「ちょっとした()()」で済まされる。

 しかし相手が凶器を持っているとなると、目を付けられれば死に直結する。

 どれだけ霊を見慣れて心霊現象に恐怖しなくなっていても、包丁を振り回して襲い掛かってくる相手は普通に怖い。誰だってそうだろう。

「……まあなんだ。お前等は気にしなくてもいいけど、とりあえず回り道しようか」

 一瞬女性と目が合った気がして背筋に()(かん)が走る。だが取り乱すと双子に恐怖が(でん)(せん)しパニックを起こしかねないと思い、無理矢理平静を(よそお)う。

「「……う、うん」」

 そんな月照の様子をじっと見ていた双子は、何も聞かず真剣な表情で素直に頷いた。

 月照は双子の手を引いて、足早に来た道を引き返した。少し戻った所にあるその(わき)(みち)に入れば、遠回りでも学校には行けたはずだ。

 今にも駆け出しそうになるのを()(まん)しながら、月照は脇道に辿(たど)り着き双子と共に角を曲がる。

 ()(ぎわ)に、女性の様子をちらりと盗み見ると──


 ──こちらをじっと見つめていた。


「──ひっ!?」

 月照が小さく悲鳴を上げると、双子は何かを察したのかはたまた恐怖に()られたからか、(つな)いだ手を引っ張って走り出した。

 恐怖で身体が硬直してしまった月照はつんのめったが、しかし日々の運動で鍛えた足腰は反射的に転倒を回避して、すぐにバランスを取り直して駆けだした。

 (つか)んでいた両手を放し、三人並んで走る。

 が、すぐに月照が一人前に出る格好になった。

 月照はそれで少しだけ冷静になって双子の速度に合わせるが、それでもかなりのハイペースだ。月照でも学校まで持つか分からないペースなのだから、双子は間違い無く途中でバテるだろう。

 しかしそれでも、しばらくそのまま双子の全力疾走に合わせて走り続けた。

 途中で大幅にペースを落としたものの一度も立ち止まらず、振り返る事も無く、なんとか無事学校西門へと辿り着いたのだった。

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