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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
2セーブ目
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2セーブ目(2)

「えへへ~。みっちゃん、朝だよ~。起きて~」

 ()()びした眠気を誘う灯の声で起こされ、月照は覚めきらない目を無理矢理開けた。

 (のぞ)き込んでいる顔は、今までにないくらいだらしない表情だ。

 何か自分の寝顔が、そんなににやけるほど面白かったのかと心配になってくる。

「……なんで土曜も授業あるんだろうな?」

 いつもと異なる穏やかな目覚めに、月照は横になったまま灯に問いかけた。

 月照の通う高校は、公立のくせになぜか昭和さながらの土曜日半ドン授業などという迷惑行為……いや、熱心な教育を行っている。

 噂によれば、同じ県内にある入学(へん)()()が同じくらいの別の公立高校と、卒業時の偏差値がどれくらい異なるのかデータ収集しているとか、いないとか……。

 真偽の程は確かでは無いが、別にどうせ部活をすれば土曜日登校なんて当たり前なのでそこはあまり気にしない。ただ、眠いのだけはどうしようもない。

(……てか、なんでこいつこんな普通に起こしてんだ?)

 ようやく頭が回り出して、そこに気付いた。

 どうやら上機嫌がまだ続いているらしい。

 昨日の帰り、約束通り校門で待っていた双子と合流して帰ったのだが、その時も何やら二人(そろ)って「えへへ~」とにやけていた。

 帰り道のテンションが高すぎてひたすら(うっ)(とう)しかったが、月照が回り道を提案すると喜々として付いてきたり、都合は良かった。

 だが丸一日経ってもこの状態なのは、何か幸せな気分になるヤバい薬でも使ってるんじゃないかとちょっと心配になってくる。

「どうせ部活始まったら土日も結構登校する事になるし、勉強か部活かの違いしか無いと思うよ?」

 自分もそう思っていたのでそこは同意するが、それよりもあの灯と普通に会話が成立している事が心配だ。

「なあ……お前、本当に何かあったのか?」

「へ? 何かって?」

 灯は一瞬ポカンとして月照を見たが、目が合うとまただらしない顔になった。

「みっちゃんこそ、何か変なもの食べたりしてないよね?」

「はあ?」

 月照はちょっとイラッとしたが、あまりのんびりしていては朝食を食べる時間が無くなる。

「まあいい、とにかく着替えるから向こう行ってろ」

「は~い」

 素直に灯が出ていくのを待ってから、月照は起き上がって準備を始めた。



 灯と同じにやけ面の蛍と合流し、とっとと朝食を済ませて家を出た。

 ずっと(ほお)(ゆる)みっぱなしの二人に挟まれながら歩くのは恥ずかしい。

 いや、気持ち悪い。道中見かけた奇声を上げる下着姿の中年女性の霊や生首とそれを追いかける首無し男の霊よりも、よっぽど気持ち悪い。

 ちなみにその中年女性は、下腹回りに少し(ぜい)(にく)がついているが結構美人のようだった。残念ながら包丁を振り回しているので、遠目にしか見られないが……。

(いやそうじゃなくて!)

 月照は双子の様子がおかしいのが気になって仕方が無い。いつも単純で分かり易い分、分からないともやもやして落ち着かない。

 しかしストレートに何があったのか聞こうとしても、また「えへへ~」とにやけるだけで答えは得られないだろう。

 となると、こちらである程度推測しなければならないが、それには情報が不足している。

 仕方が無いので、月照は探りを入れてみることにした。

「そういえば、今日のイベントのこと、なんか聞いたか?」

 いつもと異なり(ほとん)ど話し掛けてこない双子に話し掛けると、双子は少し驚いた様子で立ち止まった。

「どうした?」

 少し歩いてから振り返ると、双子は何やら二人でひそひそと相談している。

「おい?」

「「あ、ごめんね」」

 声をかけ直すと、双子は慌てて横に並び直した。

「昨日のお昼ご飯の後、副部長さんが来て教えてくれたよ」

「えと、その……夜、だよ、ね……」

 そして、珍しく連携トークが乱れて蛍が言い淀んだ。

 何か言いにくい事でもあるのか、と勘ぐったが、この双子が月照に対して何かを遠慮するなんて考えにくい。

 となると、夜の外出に何か都合が悪い事でもあるのだろうか。

(ああ、まあこいつらも一応女子だもんな)

 夜九時頃に外出となると、やはり両親が心配するのだろう。

 一人で行くつもりだったが、そういう事情なら一緒に行ってあげた方がいいだろう。

 月照と違い、この双子は結構イベントを楽しみにしていた節がある。それにサボる気満々とはいえ入部するつもりなのだから、親の反対でいきなり(しょ)(ぱな)のイベントから不参加はちょっとかわいそうだ。

 それに双子だけではなく、準備するだけして参加者が殆どいないオカルト研究部の先輩達も結構かわいそうだ。

 木曜放課後の時点で参加者が自分達だけだったらしいし、その段階で参加していない生徒が昨日今日いきなり参加を決めるというのも考えにくい。

 もし双子が抜けたら参加者半減、学校貸し切りという大掛かりな準備に対してちょっと悲しすぎる。

「何時頃出る?」

「「ほえ?」」

 双子が()(とん)(きょう)な声を出した。

「いや、夜。行くんだろ?」

「「え? う、うん……ん?」」

 そこまで言っても不思議そうな顔で首を傾げている。

(ったく、いつもは『一緒に行こう!』ってうるさくてしつこい(くせ)に、なんだ今日は?)

 いつもと全く違う双子に、月照はちょっとイライラしてきた。

「だから、夜! 一緒に行くんだろ! (なん)()に集まんだよ!」

「「――っ!?」」

 何やら目を見開いて驚いている。

 なんだろう、この反応は。

 まるでネス湖でモスマンに(そう)(ぐう)した様な、予想外なものを予想外な場所とタイミングで()の当たりにした顔をして固まってしまった。

 もう一々(いちいち)面倒臭い。放置して先に行ってしまおう。

 どうせ休み時間の度にやってくるし、帰りも一緒に帰るんだから、その時に待ち合わせ時間を決めればいいだろう。

 そう思って月照が歩き出すと、双子が後ろから凄い勢いで追いかけてきて、左右の腕に抱き付いた。

「うお!?」

 完全同時攻撃での不意打ちだったので転びそうになった。しかも一歩踏み出して()()った瞬間に、時間差で三人分の鞄が慣性で()れたのでもう一歩踏み出すと、今度は双子がバランスを崩して寄りかかってきた。

 更に一歩踏み出して(かた)(ひざ)をつきそうになりながら、両腕の腕力だけでなんとか双子を支え力ずくで踏ん張る。

「…………」

「「…………ごめんなさい」」

 月照が無言でその姿勢のまま止まっていると、双子が離れながら謝った。

 月照が割と本気で怒っている事に気付いたようだ。

「……で、なんだ?」

 いつぞやのオカルト研究部の部室の時と同じくらい、低い声になっていた。

 双子がほんの数秒答えに詰まっていると、月照はそのまま双子に見向きもせずに歩き出した。

「あー……えと……」

「なんか、思いがけなかったから……」

 双子は横には並ばず後ろから付いて行く。

「だってみっちゃん、急になんか優しいし」

「絶対一人で行くって言うと思ってたから」

「「すごくびっくりしたんだよ」」

 いつもの様に見事なコンビネーションだが、いつもと違ってテンションが低い。月照を怒らせた事を本気で反省している様だ。

 こうなると、月照は甘い所があるので怒りきれない。

 遅ればせながら毎朝(こう)(れい)となった(ため)(いき)()いて、声の調子を元に戻した。

「どんだけびっくりしたら二人掛かりで背後から飛びかかってくんだよ……」

「「ヒマラヤの奥地でツチノコ見つけたくらい」」

 うん、まあ、そんな顔をしてはいたが……。

「もういい。八時半に迎えに行くから準備しとけ」

 月照は一方的に言って、振り返らずに歩みを速めた。

「「あ、うん!」」

 双子は返事をしている間に置いて行かれそうになり、慌ててペースを上げた。

 しかし月照の横には並ばず、少し離れた所から付いていく。

「(ねえ、ほーちゃん。やっぱりそうだよね?)」

「(うん、やっぱりあーちゃんが言ってた通りみたいだね)」

 そして月照に聞こえない様に、二人でぼそぼそと相談し始めた。

「(昨日の朝から様子がおかしかったけど、一昨日の霊に変な霊障に()わされた訳じゃないみたいだったし……)」

 灯は月照の背中を見つめ、聞こえていないか様子を(うかが)っている。

「(かみかみ先輩との事、何か隠してたし……)」

 その分、蛍は考える事に集中できる。

「(じゃあ、やっぱり?)」

「(うん、きっとあーちゃんの推測通り、かみかみ先輩にふられたんだと思う)」

 月照に聞かれたら跳び蹴りでもされそうな事を言っていた。

「(それで、傷心を(いや)す為に誰かに(そば)にいて欲しいから)」

「(私達と一緒に登校しよう、なんて言い出したんだね)」

「(帰り、校門で待ち合わせしてまで一緒に帰りたかったんだね)」

「(身代わり扱いなのに、ちょっと私達も浮かれすぎてたけど……)」

 蛍がそこで言葉を切り、灯と同じ様に月照の背中を見つめた。

「「(でもやっぱり、お迎えに来てくれるとか、夜私達の事心配してくれるとか~……あ~~~、うぅぅ~~……)」」

 そして二人して、真っ赤になった(ほお)を手で押さえて(うな)りながら()(もだ)え始めた。

 月照は背後に()(おん)な気配を感じてはいたが、これ以上構っていたら遅刻しそうだったので無視を決め込んだ。

 いつの間にか月照に置いて行かれていた双子が息を切らせながら学校に着いたのは、予鈴が鳴り始めた頃だった。




 二時間目の授業が終わり、月照はジュースを買おうと食堂の自動販売機に向かっていた。

 双子が来る前に教室を出たので後で文句を言われるかも知れないが、昨日は蹴られて今日は飛び掛かられて、散々(さんざん)な目に遭わされたのだからそこまで気をつかってやる理由はどこにもない。

 文句を言われたらチョップで問答無用に黙らせよう。

 そんな事を考えながら廊下を歩いていると、目的地の食堂の方から加美華が歩いてきた。

「あ、先輩。おはようございます」

「はわ!? あ、ああ、月照君。おはようございます」

 加美華は一瞬驚いたというか(おび)えた様子を見せたが、声を掛けたのが月照だと分かるとにこりと微笑みながら(あい)(さつ)を返した。

「(『月照君』だとぉ!?)」

「(ふられたどころか、なんか凄く親密になってるよ!?)」

「ん?」

 月照は双子の声が聞こえた気がして周囲を見回すが、見当たらなかった。

「どうかしましたか?」

「え? あ、いえ。別になんでもないです……って、そうだ。それより、先輩も今夜参加するんですよね? ちゃんと時間とか聞きました?」

「あ、はい。多丸さん――の妹の方の優さんは、同じクラスですから」

「じゃあ、今夜ですけど、そっち迎えに寄りましょうか?」

「「(なにぃっ!?)」」

 やはりどこかから双子の声がした気がするが、きっと気のせいだ。最近双子の様子を気にしていたので、ちょっと精神的に疲れているのだろう。

「いえ、私は近所ですから気にしないで下さい。ああ、それよりも……」

「はい?」

 加美華が少し周りを気にしたので、月照も声を小さくして顔を近付けた。

 すると加美華は一瞬固まった様に見えたが、しかし目を泳がせながらも続きを話してくれた。

「き、桐子ちゃん……を、その……連れて行っても大丈夫でしょうか? 昨日から月照君に会いたがってて……」

「ああ……」

 なるほど、周りに誰も居ないがあまり大きな声でする話題では無い。

 しかしどうしたものか……

 桐子の気持ちも分かるが、霊の都合に合わせて自分の都合を無視するわけにはいかない。だから普段はあくまで自分優先だが、しかし故意に()けて会わないのはかわいそうだ。たまには遊ぶと伝えてしまったのだから、イベントの時ぐらいは相手してあげないと駄目な気がする。

「まあ、いいと思いますよ。でも他の人には桐子は見えないって事、絶対に忘れないで下さい。相手がオカルト好きだからある程度理解はあると思いますけど、俺はともかく先輩は霊感を売りにしているわけでは無いんですし」

「売りにしてたんですか?」

「いや、俺も霊感で売ってるわけじゃ無いですけど!」

 小首を傾げて聞いてきた加美華に、つい小声のまま突っ込みを入れてしまった。

「ぷっ、あははは」

 加美華が吹き出した。

「ちょっ……。はあ、先輩……」

 息を吐いて呆れる月照に、加美華は口元を隠して笑い声を押し殺した。

「ふふ、ごめんなさい。なんだか嬉しくなって」

「嬉しい?」

「あ、いえ、こっちの話です。それでは、そろそろ教室に戻らないといけないので」

「あ、はい。俺もとっとと飲み物買わないと、飲む時間無くなりますんで」

「はい、ではまた今夜」

 お互いに軽く()(しゃく)をしてその場で分かれると、月照は少し小走りで自動販売機へと向かった。


 それを見送り、二人がいなくなるのを待ってから。

「……どうしよう、物凄く仲よさそうだったね」

「……むしろ、どこから見ても恋人同士だったよ」

 双子は空き教室から出てきた。

 月照がいそいそと教室から出て行くのを目撃し、後を付けたのだ。

 追いつこうとしたところで前から加美華がやってくるのが見えて、(とっ)()に横にあった空き教室の中に隠れていた。

 すると二人がその教室の反対側のドアの前で話し始めたので、素早く移動してドアの窓から二人の様子を覗き見つつ会話を盗み聞きしていたのだ。

「むー……顔を近付けて内緒話とか……」

「何言ってたのかは聞こえなかったけど……」

「「むぅぅぅぅっ……」」

 周囲を気にしてから顔を近付け、小声で何かを話し合って……。

 はたから見ていると、そのままキスでもしそうな雰囲気だった。月照が照れて拒否し、加美華がその様子に吹き出したように見えた。

 その辺りから、二人の会話はもう耳に入っていない。

「みっちゃん、私達を誘ってくれてたけど……」

「先輩だけ誘うと怪しまれるから、とか?」

 朝誘われた事が凄く嬉しかっただけに、加美華まで誘ったのは特にショックだった。

 ──ただ。

「よし、こうなったら」

「かみかみ先輩を参考にしよう!」

 それでへこたれないのがこの双子の強さであり、月照を困らせる厄介さだ。

「この短期間でみっちゃんとあんなに仲良くなれるんだから」

「私達も、きっと距離を近付けられるはず!」

「「今夜(さっ)(そく)試すぞー!」」

「何(さけ)んでんだ、こんな所で……?」

「「うひゃあっ!?」」

 二人で拳を上げて気合いを入れているところに、背後からお茶のペットボトルを持った月照に冷めた声を掛けられて飛び上がった。

「「な、なんでもない!」」

 慌てて取り(つくろ)うが、普段から落ち着きの無い双子を見慣れている月照には無意味だった。

「まあ、何でも良いけど俺は教室戻るぞ。お前等は飲み物買いに来たのか?」

 まるで気にせず、いつも通りに対応された。

「あ、ううん」

「みっちゃん探してただけ」

 ほっとしたような残念なような、もやもやした気持ちで答える。

「そうか。じゃあ戻るぞ」

「「うん!」」

 しかしそれも、月照と一緒にいるというだけですぐに吹っ飛んだ。

 いつものように月照の左右に分かれて、肩が触れそうなくらい近くを歩く。

 その距離の近さを三人の誰も意識する事無く、当たり前のように受け入れていた。

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