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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
2セーブ目
14/92

2セーブ目(1)

 なんだか久しぶりな我が家での睡眠は、寝不足気味だったからかそれとも加美華がシーツを洗ってくれたからか、横になるとすぐにぐっすり安眠できた。

 むしろいつも以上に熟睡できたらしく、月照はいつもよりも三十分も早く目覚めた。

 当然枕元には誰もいない。

(……チャンス!)

 双子を出し抜き一人で登校しようと準備を始めた。

 一緒に登校なんてすれば間違いなく、昨日一人で帰った事を痛烈に非難される。

 まあ逃げれば逃げただけ非難の声が大きくなるのは分かっているが、それでも今を平穏(へいおんに過ごしたいのだ。

 時間に余裕があるにも関わらず慌てて準備をした月照は、朝食を食べる為に食堂へと移動した。

「あらビックリした!? 時間間違えてるわよ」

 台所で朝食の支度をしていた母親――()(つき)が、月照の姿を見るなり驚いた。

「……間違えてない」

 ()(ぜん)として言い返す。

 だが時間は間違えていなくても、作戦は間違えていた。

 朝食がまだ全くできていない。

「え? じゃあ私が間違えてるの!?」

「違う! 分かってたけど早起きしただけだから。いいから早く朝飯!」

 慌てて食堂にある時計をのぞきに来た美月を台所に押し戻しながら、月照は結局今朝も(ため)(いき)()いた。

「今日はお向かいさん迎えに来ないの? 二日も友達の家に泊まってたから、(あい)()尽かされたの?」

「違う! てか元々そんなんじゃない!」

 当然ながらこの二日間女子の家に泊まっていた事は秘密で、美月には単に「友人が霊障で困ってるみたいだから泊まって調べてみる」としか伝えていない。だから初日に双子が一緒だった事も、二日目には加美華と二人っきりだった事も知られてない。

「えー? でもお母さん、お向かいさんならよく知ってるから(よめ)(しゅうとめ)で揉めなくていいし、気が楽なんだけどな~?」

「うっせぇ。余計な事言ってないで早く朝飯!」

「はいはい」

 そう答えて、美月はやっと口を閉ざした。

(――ったく、親ってのはなんでこうなのやら……)

 一々(いちいち)色恋に結びつけたり将来の話をしたがったり、本当に面倒臭くて(うっ)(とう)しい。

 しかし、だからといって無視しようとか(じゃ)(けん)にしようとは思わない。

 月照の母親が彼女でなければ、きっと今頃月照は引き()もりか(うつ)になっていただろうから。


 美月は昔から、霊と会話する月照を不気味がる事無く(でき)(あい)していた。

 彼女は全く霊感が無いので、月照の言動はかなりの奇行に映っていたはずだが、それでも全く気にする事無く愛情一杯に今も育ててくれている。

 昔近所の人の中に、月照の奇行を目撃して直接家まで「将来の為に早めに(きょう)(せい)すべきだ」と言いに来た人もいたようだが、美月は「それは月照の才能だから」と、相手を(さと)してずっと守ってくれていた。

 諭しても、向かいの()()家以外は霊の存在に否定的で才能とは認めてくれなかったが……。

 だからずっと美月も変人扱いされていたのだが、おかげで理解ある夜野家とは特に仲が良くなった。双子の母親は美月よりも結構年上なのだが、お互いの子供が同い年で話題も噛み合うので全く気にならなかった様だ。

 そんな親同士の近所付き合いがあったので、月照が学校でどうしているのかは、全て夜野家経由で事情が伝わっていたらしい。

 月照は人に相談するタイプではないので様々な事を一人でどんどん抱え込んでいったが、それが爆発する前に、美月は必ず声を掛け応援してくれた。理解できないはずの霊感に関する悩み事でも、文字通り(しん)()に解決策を考えてくれた。

 だから一番追い込まれた中学の時も、(じん)(そく)()つ的確に月照の心を強く支えてくれた。

 おかげで今では何の問題も感じず、普通に高校生活を送る事ができている。


 そんな美月だから、月照の嫁候補筆頭(ひっとう)に双子をあげるのも理解できる。

 しかし理解はできるが、絶対に納得はできない。

(そんな事より、残り時間がやべえ……)

 いつも灯に起こされている時間が、双子のやってくる時間とは限らない。何分か美月と挨拶がてら会話しているのなら、残り時間はそう長くない。

「お待たせ」

 月照が焦る気持ちを押し殺して待ちに待ち、やっと美月が持ってきた朝食は、よりにもよって小骨に手こずる焼き魚だった。

「今日は時間があるみたいだから、栄養のある物をね」

 骨ごといってやるか、などと()(ぼう)な事も考えたが、それでは母親を無駄に心配させるだけだと思いとどまった。

(仕方ない、やってやる!)

 丁寧とは言えないがきちんと骨を取って、他のおかずも全部残さず食べた。

 途中時計を見る余裕もなかったが、食べ終わってから確認すると、いつも起きる時間にはまだ五分近くある。

 双子は来ていない。

「じゃあ行ってきます!」

 月照は(はし)を置くなり立ち上がって、椅子の後ろに置いていた鞄を持って玄関へと向かう。

「えっ、もう!? 本当にお向かいさん来ないの?」

 ピンポーン。

 美月が疑問を口にするのと、その答えがインターホンを鳴らすのは同時だった。

「…………」

 月照は、受け止めがたい現実に言葉を失った。

(いや、まだだ! まだどこかに隠れてやり過ごせば――)

「あら、丁度来たみたいだし、たまには自分でちゃんと出迎えて上げなさい」

 母親直々のご指名で、月照の今朝の運命が決定してしまった。

 まあ双子は月照を迎えに来ているのだから、月照が出迎えるのは当たり前なのだが。

「……行ってきます」

「え、ええ。行ってらっしゃい」

 ついさっきまで一秒でも早く登校しようとしていた息子の牛歩のごとき足取りに、美月は不安げに見送った。

(ち、しゃーない。俺も男だ、腹を(くく)るか)

 昨日の下校時からかなり男らしくない往生際の悪さを見せていた気もするが、月照は覚悟を決めて玄関の戸を開けた。

「……おう」

 そこにあった見慣れた二つの顔に、ぶっきらぼうに挨拶(?)した。

「「……ほえ?」」

 双子は月照の顔を見るや、ポカンとなり、

「「――うわあっ!? みっちゃん!?」」

 まるでお化けでも見たかの様に驚いた。

「朝からやかましい」

 月照は(だる)そうに言って、双子の間をすり抜け歩き出した。

「え? でも、え?」

「だって、まだ朝だよ?」

 ……入学以来、昼から登校なんて一度もした事が無い。

 灯と蛍は何やら混乱しているらしく、訳の分からない事を言いながら月照の背中をしばらく見つめて立ち止まっていた。

 月照はその視線に気付いて足を止めた。

「なんだ? 一緒に行かないのか?」

 既に諦めの(きょう)()へと辿り着いていた月照が何気なくそう言うと、双子は一瞬きょうがくの表情を浮かべ、

「「おのれ偽者めー!」」

 もっと訳の分からない事を言いながら、助走を付けて背中を蹴ってきた。

「ぐおっ!?」

 蹴られた月照は転びこそしなかったが数歩よろけ、怒りを(あら)わにして双子を睨んだ。

「てめえら、何の真似だ!」

「「うわっ、本物だった!?」」

 今ので何をどう確認したのかは分からないが、双子は激怒する月照とは対照的に、これ以上ない位ご機嫌な笑顔で月照の両隣に陣取った。

「よし、じゃあ行こう!」

「いつもよりゆっくり行こう!」

「『行こう!』じゃねえ! なにしやがんだ!」

「「行かないと遅刻するから、とにかく行こう!」」

 その後、学校まで月照は怒りの抗議をし続けたが、双子はどこ吹く風とご機嫌そうに始終笑っていた。

 だから昨日の下校時の文句は最後まで言われなかったが、()われのない暴力の謝罪も最後まで無かった。




 朝の登校時に話さなかった桐子の霊障の結末を、午前の休み時間を使って双子に説明した。

 双子は「いつか私達も霊障して貰って、その子と会いたい」と言っていたので、月照は適当に(あい)(づち)を打っておいた。

 桐子にとっては自分の世界に人が増えた方が嬉しいだろうが、それが彼女にどう影響するか分からないので、今は賛成とも反対とも言えなかったのだ。

(特にあほ姉妹だしなぁ……)

 これがオカルト研究部の瑠璃だったなら、()()にと月照から頼みたいくらいだ。

 彼女なら、月照が相手をするよりきっと桐子の心に良い影響を与えるだろう。

 瑠璃もおそらく桐子の身体に()れられないだろうから、彼女の最大の欠点は桐子に(ほとん)ど影響しないはずだ。

(マジで頼んでみるかな……?)

 昼休み、月照は机の上に弁当を広げ、双子を待つ時間に色々と桐子の事を考えていた。

 瑠璃はオカルト研究部の副部長だし、頼めば喜んで心霊体験をやってくれそうだ。

 しかし果たして、入部しない自分がそんな事を図々しく頼んでいいものなのか、そこが問題だ。

 桐子が見える様になるという事は、桐子が近くにいる時だけとはいえ、自分と同じ(きょう)(ぐう)に巻き込むという事だ。

 当事者だった加美華はともかく、第三者を巻き込むのはちょっと無責任過ぎる気がする。

(だったらやっぱあいつらを……でもあいつらだしなあ……)

 桐子の(じょう)(そう)教育に絶対悪い。

「「みっちゃん、ご飯食べよ」」

 その「あいつら」が、いつものようにズカズカとクラスの注目を集めながら教室に入ってきた。

 しかしそろそろクラスの連中も慣れてきたのか、教室のざわめきは小さく、視線もすぐに離れていった。

「(なんで二人とも咜魔寺なんだよ。どっちか寄こせ)」「(くそ、オムツ野郎が……(だっ)(こう)しろ!)」

 一部はまだまだ慣れていない様だが。

(マジで誰だ!? 今度ぶちのめす!)

 月照は教室内を睨む様に見回すが、残念ながら特定には至らない。

 双子はいつもの様に両サイドに陣取り、上機嫌に弁当を準備している。

「……なんかお前等、朝からずっと機嫌いいな? 何があった?」

「「え?」」

 双子はキョトンとし、お互いに顔を見合わせた。

 そしてにやけ面で「べーつにー」と声を(そろ)えて返事した。

(よく分からんが、朝の蹴り以外被害少ないしまあいいか)

「「おおー。タコさんウインナー!」」

 弁当箱を開けた双子がニコニコ顔で食べ始めた。

 月照もそれを見て、自分の分を食べ始める。今日は奪われる心配もなさそうだ。

(さて……折角こいつらが静かなんだし、今日中に行くか)

 瑠璃への頼み事──ではなく、入部届の件だ。

 双子に引っき回されたせいで野球部は入部不可能だろうが、だからこそ意地でも一度は野球部に入部届を提出しておきたい。

 大体フライングは良くて、事故で提出遅れになるのは駄目だなんて、公平性に欠けているではないか。教育機関としてそれは(いか)()なものか。

 というわけで、一か八かの(じき)()に訴えてみる事にしたのだ。

 問題は双子の更なる妨害だったが、何があったのか今日はいつもほど絡んでこない。この調子なら、下校時に「校門で待ってろ」と言っておけば素直に待ってそうだ。

(………………)

 一瞬、そのまま置いて帰れば……という考えに至ったが、それをするとまた今後うるさくなりそうなので止めておく事にした。

「それにしても、みっちゃんこそ何か良い事あったの?」

「早起きとか、心霊体験かと思ったよ」

 灯と蛍が(はし)を止めて聞いてきた。

 月照は丸ごと口に放り込んでいたミニハンバーグをしばらく()(しゃく)しながら、灯の問いについて考えてみた。

 きっと、加美華が言おうとしてくれた言葉が一番良い事なのだろうが……。

「……久しぶりに熟睡した」

 しかし蛍の言った早起きの理由は、どう考えてもそれが一番だった。

「そういえば、ずっと深夜に起きてたんだっけ」

「ああ、お前等と違ってな」

 蛍にジト目を向けながら言うが、視線が合うと「えへへ~」と照れ臭そうに笑われた。全く反省していないらしい。

「あ、でもでも! 私達もいつか本当に、その霊の女の子に会わせてよ? 約束だよ!」

 反対側から灯が、何か慌て気味に言ってきた。

「ん? あ~……。でも相手にも選ぶ権利があるわけで、そればっかりはマジでどうしようもないぞ。それにどっちにしても、ほんの数日前までは悪霊だった奴だから、もう少し様子を見てからじゃないとな」

「う~……じゃあ仕方ない」

 本当に妙なところで聞き分けがいい。

 特に今日はまるで別人の様に、色々と月照の言う事を聞いてくれる。

(こいつらこそ、実は偽物なんじゃねえのか?)

 少し心配になったが、別に偽物でもいい。折角だから聞き分けのいい内に、下校時の下準備をしてしまおう。

「まあそんな事より、今日一緒に帰るつもりなら――……」

 月照は理由を伏せたまま、双子に校門で待つ様に伝えたのだった。



 放課後、予定通り入部届を持ってとっとと職員室に向かい、担任に聞いて野球部顧問の教師を見つけた。

 強面で小太りでやたらと太い腕をした、ぱっと()教師というよりお近付きになってはいけない職業の方のような空気をまとっている、五十過ぎの男性だ。ただでさえ無駄な迫力があるのに角刈りサングラスなのは、生徒にめられたくないからだろうか。

 必要以上に緊張しながら月照が一通り事情を説明すると、野球部顧問は(くわ)えていた電子タバコを一吹きした。

「ふぅぅー……。なるほど、事情は分かった。しかし知っての通り、うちの部はもう定員オーバーだ。それでもどうしてもやりたいってんなら、根性を見せてみろ」

「こ、根性?」

 小指でも要求されそうな雰囲気に、つい(あと)退(ずさ)りそうになる。

「うちで今不足しているとしたら、抑え投手(クローザー)だ。一年間、部外で自主トレをしてそこに割り込んで見せろ。そうすりゃ、欠員分か来年の一年の席を回してやる」

 しかし見た目はともかく教師だ。そんな無茶な要求は……。

「こ、高校野球で(おさ)え専門!?」

 いや、無茶な要求というか、無茶苦茶な事を言い出した。

 部外で自主トレと言うが、先日聞いた説明と合わせれば「どこの部にも属さないで一人特訓していろ」と言っているようなものだ。

 しかも、高校野球で抑え専門投手なんてなかなかいない。高校野球は一回負けたらそこで終わってしまうトーナメント方式だからだ。

 そんな安定感のある投手を、しかも万年初戦敗退のこの高校で、ベンチに温存しておくなんて愚かにもほどがある。序盤にリードされたらただのベンチウォーマーだ。

「馬鹿野郎、ただのクローザーじゃねえ。うちの先発がバテて動けなくなるだろう三回から五回までのロングリリーフが要求されるんだよ。要求されるスタミナは半端ねーぞ。野球の投手ってのは、一球一球が全力の全身運動だ。十球も投げれば、うちのエースですら肩で息をするくらいきつい」

 まずそのエースにスタミナ要求しろ。

 真っ先にそう突っ込みたくなった月照だが、ぐっとこらえて順に尋ねる。 

「な、なんか色々ツッコミどころがありますが……まずイニング数が色々おかしくないですか? なぜ三回から?」

「うちの二枚看板が二人とも打ち込まれて倒れるのが、伝統的に大抵三回のワンアウト取れるかどうかまでだからだ」

(二人で三回ワンアウトも取れないって、一人一回しか投げられないんじゃねーか……)

「じゃ、じゃあ五回までってのは……? 野球は──」

「馬鹿野郎、五回まで続けられりゃ、コールドで試合成立するじゃねえか。連続試合放棄記録を止められるんだぞ!」

(なんでこんな部が人気あるんだよ! てか五回まで続けずに試合放棄して、連盟から指導も入らないって、毎度どんだけ派手な点差で負けてるんだ!?)

「だからお前の役目は、クローザーとしてきっちり試合を閉めることだ」

(それは俺が閉めるんじゃ無くて、ルールで閉められてるんだろうが! そもそも俺じゃ無くエースとやらに締めた試合をさせやがれ!)

 月照はなんとか顔に苦笑を浮かべたまま、心の中でぶち切れていた。

 そもそも五回コールドということは十点差で負けているという事だが、抑えに関わらずそれが確定すると言うことは、二回で十点以上取られる事が前提だ。

 噂には聞いていたが、弱すぎる。

 もう悪霊に取り()かれているんじゃないかってくらい、弱すぎる。

「あの……どうして入部人数制限を? しかも先着順なんて……」

 人数制限は分からなくもないが、先着順では部活動勧誘期間を設ける意味がない。

 根本的なところを聞くと、顧問は電子たばこをケースに仕舞って月照の顔をじっと見た。

「昔、うちはラグビーが強かったらしい」

「はい?」

 唐突に出てきたラグビーの話に、月照は眉を寄せた。

 そもそも部活勧誘の時、ラグビー部なんてなかったはずだ。

「相当前の話らしいが、全国まで行った事もあるらしい。教頭はその頃新米教師で、ラグビー部の顧問をしていたんだ。当時はいろんな部活がボランティアの指導者呼んだり、結構その辺緩かったらしくてな」

「はあ……」

「そして生徒数も多かった」

 なにか、長くなりそうな予感がしてきた。野球部顧問が遠くを見る目をしている。

「だが、生徒の減少と併せて、人気のない部活はどんどん潰れていった。ラグビー部もその一つだ」

 なるほど、既に潰れていただけだったらしい。

「で、それを嘆いた教頭が『野球とかサッカーばっか人気あってずるい。どうせレギュラーは人数決まってるんだから、余った人間他に回せ!』ってな……」

(子供か!)

「早い者勝ちなのも、いい選手が人気部活に集まらないようにする為って言われている。まあ(しん)()は分からんが、仮入部中に選手の()(ごの)みをしていいのなら、やっぱり運動神経のいいやつなんかは人気部活に先に取られちまうからな」

 生徒の事をもう少し考えてもいいのではなかろうか……。

 こんなだから、オカルト研究部なんて()(さん)(くさ)い部活が新人歓迎イベントなんてものを大々的にできるのだろう。メジャーどころの部活の方が、どんどん活力を失っていく仕組みだ。

「まあ、だから事情を知ってる運動部顧問はみんな、最初から自分のところに来てくれた生徒が可愛くて(ひい)()しちまうんだろうな」

「……え、ええと」

 感慨深そうにそう言った野球部顧問に、月照は何か言おうと思っても何も言えない。

 理由があまりにもショボすぎて、逆にどうしようもない。教頭に直談判じかだんぱんしても、こういった()(まま)を人に押しつける奴は、人の我が儘を聞こうとはしない。

 身近にそんな人間が約二名いるからよく分かっている。

「しかし、だからこそお前がここに来たのは嬉しかった」

 野球部顧問が、月照の肩をバン、と叩いた。

「――っと、え?」

 痛いが、体育会系ではこういうコミュニケーションはよくあるので、月照も気にしない。

「最近は、駄目と言ったらすぐに諦めちまう奴ばっかりだからな。お前のような骨のある奴なら、俺は大歓迎だ」

「せ、先生……」

 月照の胸に、何か込み上げるものがあった。

「だがいくら俺でも勝手にルールを変えるわけにはいかねえ。本当にどこにも入らず年度末にもう一度これを持ってきたら、入部テストしてやる。男見せてみろ」

 入部届を突き返しながら、野球部顧問はそう言った。

 部としてはなんだか色々滅茶苦茶ではあるが、しかし状況だけ見れば「全く駄目な野球部に突然現れる救世主」的ポジションだ。

 野球漫画の主人公っぽくて、月照的には非常に燃える展開だった。

「はい!」

 だから月照は、迷うこと無く二つ返事でそう返したのだった。

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