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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
1セーブ目
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 終わりのホームルーム前、月照は机に()()して担任を待っていた。

 予想通り昨夜の詳細を双子から猛烈に追及され、まだ少し寝不足気味だったので疲れが出てきたのだろう。

 登校時から二時間目が終わるまでは双子に会わず、予想外に静かに過ごす事ができた。

 だがそれで油断をした三時間目の休み時間からは、(きょう)(はく)を交えながらトイレにも付いてくる勢いで()()()()り聞かれて、それ以外に思考を使う余裕が全く無かった。

 そのせいかまるで殴られたように頭痛が(ひど)く、昼に何を食べたのかすら思い出せない。

 加美華の部屋から直行したので弁当は持ってきていないから、学食に行った事だけは確かだ。

 いや、ひょっとしたら食べていない可能性もある。なぜか昼休みの記憶が特に(あい)(まい)だ。

 そんな風に体調に危機感を持ち始めた月照は、ガタガタというクラスメイトが一斉に椅子を鳴らす音で我に返った。

 どうやら終業のホームルームが、担任の先生の個人的な急用で挨拶だけしてすぐに終わったらしい。

 これはチャンスだ。さすがにこれだけ早く終われば双子が来る前に帰れるだろう。帰宅時まで絡まれては(たま)ったものではない。

「──あ……」

 慌てて鞄に教科書を詰め込み始めた月照は、しかし重大な事を思い出した。

 布団と寝袋が、加美華の部屋に置いたままになっている。

 このまま大急ぎで家に帰って夕方にでも取りに行けばいいかとも思ったが、かなり疲れているので、きっと一度家に帰ると取りに行くのが酷く(おっ)(くう)になるだろう。

 しかし加美華と一緒に帰るのも、加美華のアパートで待っているのも、確実に双子と(そう)(ぐう)するだけだ。

 なぜなら月照がいないと分かれば、双子は加美華から話を聞き出そうとするに違いないからだ。

 既に月照は布団の件以外は洗いざらい話したので、加美華から内容の裏を取ろうと考えるはずだ。

(一か八か、あいつらより先輩の方が先にホームルームが終わる事に賭けるか──って、先輩の教室知らねえや……)

 これはもうどうしようもない。

 月照は適当に校内で時間を潰して、加美華が帰宅し双子と別れた頃合いを見計らって彼女の部屋を訪ねる事に決めた。

 後はいかにして双子に見付からず校内で暇を潰すかだ。

「……部活の件、先生に相談でもするか」

 深く考えるまでも無くその事が頭に浮かんだ。職員室なら双子が来る事もないだろう。

 月照は鞄を持って席を立った。



 職員室で野球部やサッカー部が既に定員に達していて受け付けを終了している事、この学校は部活の掛け持ちを認めていないのできちんとオカルト研究部を退部しなければならない事などを説明され、月照はトボトボとオカルト研究部の部室に向かっていた。

 先ほど職員室で相談した教師に、文化部ならともかく運動部は早めに入部した方がいいとアドバイスを貰ったからだ。

 入部に期限は無いが、「部活動勧誘期間というものが設けられている以上、その期間中に入部すべき」という考え方の顧問が、運動部に(かたよ)っているらしい。

 元々部の方が新入生を勧誘する期間なので、本来なら別に新入生側が気にする必要なんて無い。

 なので文化部は、チームワークが重要な吹奏楽部や演劇部でも入部時期なんて気にしない風土ができあがっている。

 だが運動部は逆に、例え個人競技であっても部としてのチームワークが重要だからと、遅れて入部したり部活を変更した生徒に対して、先輩や顧問の心証が悪くなって結構(しん)(らつ)な指導をされる事があるらしい。

 まあ、中学の運動部にも同じような空気があったので、ずっとそこにいた月照は特に違和感や不信感も無く、そんなものだと納得できた。

 だから月照は来週頭に締め切られるその部活動勧誘期間に余裕を持って間に合わせる為、時間潰しを兼ねて入部届けを返して貰いに行く事にした。

 オカルト研究部は新人歓迎イベントが終わるまでは新入部員立ち入り禁止になっているので、双子に見付かる事はないだろう。

 月照の入部届けの原紙を持っている顧問の先生は、そのイベント準備の為に部室に顔を出しているそうだ。

「おや? 咜魔寺君、どうしてここに?」

 部室の前に着くと、丁度中から()()が出てきた。

 話し掛けてくるや否や、月照の回答よりも早く肩に手を回して馴れ馴れしく密着してくる。

「あ、いえ……ええと……」

 その不意打ちに混乱し、月照は一瞬答えに詰まった。

「あっ! 明後日のイベントについて、集合場所とか時間とか用意する物とか、そろそろ聞いておこうと思いまして!」

 (とっ)()に出たのはそれだった。

 月照は他人に甘い所がある。

 困っていた加美華を見捨てられなかった様に、今も瑠璃が月照の入部を心待ちにしている事を気にしてしまい、入部届けを回収しに来たとは言えなくなったのだ。

 なんせ瑠璃は、昨日わざわざ教室まで顔を見に来たくらい月照に期待しているのだ。きっとがっかりするだろう。

 まあその甘さが双子を付け上がらせたり色々損をする結果を招いているのだが、性分なのだから分かっていてもそう簡単には改められない。

「そうか、わざわざ出向かせてしまって申し訳ない。明日の昼休みにでもこちらから伝えに行くつもりだったのだが、折角だから今伝えよう」

 瑠璃は頬が触れそうなくらい顔を近付けてきた。近すぎて表情が見えない。

「土曜――明後日の夜九時、西門前に集合だ。正門じゃないから気を付けてくれ。私服に手ぶらで構わない。必要な物は全てこちらで用意するし、学校の許可を正式に得ている行事だから校則違反などは気にしなくて構わない。何か質問はあるかな?」

「ありません! ありませんから、少し離れて下さい!」

 実際に少し頬が触れ、月照は慌てて瑠璃を押し退けた。

 瑠璃は少しだけ抵抗しようとしたが、すぐに(いさぎよ)く肩から手を離した──のだが、そのまま月照の手を握り締めてきた。

「ちょ、先輩!」

 反射的にその手を強く引っ張って振り解こうとしたが、今度は瑠璃も強く抵抗して離してくれない。

「今のところ今年の参加者は君達だけで、新入部員以外は誰も参加予定にない。だがこちらも本気で用意しているから期待してくれ」

「わ、分かりましたから手を離して下さい! てか先輩は何で、毎度毎度身体に触れたがるんですか!?」

 周囲に人目はないが、気恥ずかしくて直接訴えた。

 ここまですると、さすがの瑠璃も手を離してくれた。

「ふむ……そうだな、何も言わずに触れるのは失礼だったな。理由くらいは教えておこう」

「え? 何か理由があるんですか?」

 意外な言葉に月照が聞き返すと、瑠璃は不敵に笑った。

「実は、君に霊が見えるという特殊能力がある様に、私にも他人とは少し違う、特別な力があるんだよ」

 瑠璃は笑みを真顔に変えて、そんな少年漫画の様な事を言い出した。

 月照には当たり前すぎて特に意識した事が無かったが、普通の人から見れば確かに霊感は特殊能力だ。

 そしてここはオカルト研究部。

 そういった特殊能力を持つ人間が学校内にいるなら、勧誘され、集められていてもおかしくない。

(なるほど、この先輩は自分に何か異能があったからオカルト研究部に入ったのか)

 瑠璃が勧誘されて入ったのか自発的に入ったのかは分からないが、いずれにしても彼女は入るべくしてオカルト研究部に入ったのだろう。

 月照が一人そう納得していると、瑠璃が再び手を伸ばしてきた。避けようかどうか少し迷ったが、瑠璃の真剣な表情を見てそのまま触らせる事にした。

「実は私はな……」

「ちょっ!?」

 瑠璃は一旦言葉を切ると、月照の腰に左手を回して鼻と鼻が当たりそうなくらい顔を近付けてきた。

 さすがに近過ぎるので、月照は(ひる)んで()()った。

 すると瑠璃はまるでドラマのイケメン男優の様に、空いている右手で月照の前髪をさらりと()き上げ、顔を見下ろしてきた。

 身長差が(ほとん)ど無いので、見下ろす顔はやはり至近距離にある。

 これはまずい。色々まずい。色々まずいが、どうして良いのか分からない。

 月照は顔を真っ赤にしてそのまま硬直した。

 瑠璃はその耳元に顔を寄せ、中性的なハスキーボイスで甘く(ささや)く。

「私は相手の──特に男性の身体に触れていると、こう、なんとなく(こう)(よう)というか(こう)(ふん)というか、胸が高鳴ってきてな。それで気持ちがこう、色々と……まあ色々あるわけだ。いつしかそれが癖になって、今では触っていないと安心できなくなった」

「それ絶対特殊能力じゃないです!」

 特殊な(せい)(へき)だ、と付け加えたかったのだが、さすがにそれは踏み留まった。

(もはやただの変態じゃねえか、この先輩!)

 月照は身の危険を感じて、男子並みに力の強い瑠璃の手から強引に逃れ、きっちり三メートルの距離を取って身構えた。

「おいおい、酷い事を言うなよ。確かに君や部長ほどオカルト向きではないが、私の能力だって有用なんだぞ」

 言いながら、瑠璃が一歩近付いてきた。

「へ、へえ……例えば?」

 一歩下がりながら、月照が問う。

「そうだな……例えば昨年の一学期、数学の期末テストが返ってきた時だ。私は赤点を取り補習が必要なはずだった」

 瑠璃は獲物を狙う(たか)のような目を向けたまま、不敵な笑顔を見せている。

「だがどうだ、補習が私一人だと分かると、数学の男性教師は夏休みの宿題増量だけで済ませてくれたのだ。理由を本人に聞いたら、なんとこの能力のおかげだった、という訳だ」

「教師に気を使われてるじゃないですか!」

 数十歳年上の教師相手でもスキンシップしている様だ。ここまで行くと、確かにある意味特殊能力の域に達しているのかも知れない。

 常識的な男性教師にとっては、きっと瑠璃ほど恐ろしい生徒はいないだろう。学校内には何ヶ所か不審者が校内に侵入した時の為に監視カメラがあるので、下手にその場所で瑠璃と出会ってしまったら職を失いかねない。

「……──今、部長ほどじゃないって言いました?」

 月照は随分と遅れてからそこに気付いた。

「部長って確か多丸って先輩の細い方ですよね? 下の名前忘れましたけど……その先輩も何か似た様なせぃ──能力を?」

「今、性癖と言おうとしなかったか?」

「い、いえ、とんでもない!」

 瑠璃はなかなかに鋭いらしい。

「そうか? まあそれはともかく、部長の名前は優、多丸姉妹の妹の方だ。姉は幸さんで、彼女には何の能力もない」

「(……いや初対面の相手にあれだけ酷い挨拶をできるってのも、あんたの能力と似た様なもんだろ……)」

「何か言ったか?」

「い、いいえ……」

 なかなかに耳も良い。油断ならない先輩だ。

 ……まあ油断したら抱き付いてきて、しかもそれが興奮すると言うのだから、(はな)から油断できないか。

「で、ええと、部長の能力ってなんですか?」

 そういえば、二年生の優が三年生の部員を差し置いて部長をしているのは少し不自然だ。

 もしかしたら本当に、月照の霊感と同等の特殊能力があるのかもしれない。

「それはまあ、入部すればいずれ分かる事だ。しかし入部するかどうか分からない今の君には、少なくとも私から教える訳にはいかないな」

「そ、そうですか……」

 そんな風に言われると物凄く気になってしまうが、しかし確かに第三者が人の能力を言いふらすのは感心しない。

 それがどれだけ迷惑な事なのか、誰よりも分かっているつもりだ。

「じゃあずっと謎なままですね」

 月照はついそう()らしてしまった。

「ん? やはりウチに入る気は無いのか?」

 それを(みみ)(ざと)く聞き意味を理解した瑠璃は、()(こつ)に残念そうな表情を見せた。こんな表情を見せられると、月照も心苦しい。

「……はい。実は今日来たのは、ここにいるはずの顧問の先生から、俺の入部届けを返して貰う為でもあったんです」

 だがこれは月照にとってはチャンスでもある。

 相手が瑠璃でなくてもなんとなく言い出しにくい話なので、最初に()()ってしまった時に今日は無理かと思ったが、向こうから切り出してくれたのなら折角なので便乗させて貰おう。

「そうか……残念だが仕方ないな。しかし歓迎イベントは予定通り参加するんだろう?」

 しかし瑠璃は、すぐにいつもの凛々しい顔に戻った。

「え? ええ、まあ」

「ならば私が先生から貰ってこよう。参加するなら一応部室内は立ち入り禁止にさせて貰わねばならないし、それに本人からはなかなか言い出しにくいだろう?」

 そう言って、月照の表情を見て返事を待たずに部室の中に入った。

(なんか、変だけど良い先輩なんだよな……)

 初めて会った時からその性癖──もとい特殊能力(ゆえ)にどん引きして壁を作ってしまっていたが、彼女の言動をよくよく思い返してみれば、色々と気を(つか)ってくれていた事が分かる。

 部員としての(つな)がりは無くなるが、できれば先輩後輩として今後も付き合いを続けたい気持ちが()いてくる。

「ほら、君の入部届けの原紙だ。先生には既に事情を話してあるし、もうこれを君がどうしようが君の自由だ」

 程無く部室から出てきた瑠璃が、入部届けを差し出した。

 確かに月照の名前が書かれている、蛍が(ねつ)(ぞう)した鉛筆書きのあの入部届けだ。

「あ、ありがとうございます……」

 月照は俯きがちにそれを受け取った。

 瑠璃の(はつ)(らつ)とした口調と未練を感じさせない堂々とした態度に、何か絶縁状を叩き付けられた様な気がして、お礼の言葉も消え入りそうな小声になった。

 だが相手の期待を裏切っておきながら何を自分勝手な事を、とすぐに自分に腹を立て、せめて礼ぐらいはしっかりはっきり言わなければ、と顔を上げ息を吸い込んだ。

「隙あり!」

 しかしその息を言葉として吐き出す前に、瑠璃が月照に真っ正面から抱き付いてきた。

「──んがっ!?」

 驚いて更に息を吸い込んだ拍子に(ぶた)(ばな)を鳴らしてしまった。

「ふふふ、やはり肩よりもこちらの方が良いな。特に君は、なんというかこう……ああ、まあ表現はどうでもいい。とにかくこれは凄く気に入った」

 瑠璃は気分良さげにくすくすと笑いながら、腕に込める力を更に強くした。お互いの身体がこれ以上ない位に密着し、その手が月照の背中を()でる。

 月照は地蔵の様にかちこちに固まったまま、呼吸を止めてされるがままだ。

「どうだろう、このまま私の抱き枕になるというのは?」

「な、なりません!」

 ようやくそこで息を()けた。

 だがそれしかできない。今まで以上にがっちりと抱き締められているので、振り解こうにも身じろぎ一つできなかった。

「ちょ、先輩! ギブ、ギブですから離して!」

 その態勢のまま十数秒固められていた月照は、ついに自力脱出を諦めて降参した。

「……うん。離したくはないが、嫌われたくもないからな。やむを得まい……」

 瑠璃は()(ごり)()しそうにゆっくりと月照から離れると、いつもの中性的な凛々しいものとは違う、はにかんだ様な表情を見せた。

「君は私の身近にいなかったタイプだな。できれば今度またゆっくりと触らせてくれ」

「き、機会があれば…………」

 月照の何がそんなに気に入ったのかは分からないが、その答えを聞いた瑠璃は眼を細め口元を緩めて嬉しそうに微笑んだ。

 男子にしか見えない背格好でも、そんな表情を見せればやはり顔立ちの整った美少女なのだと実感する。

 こんな風に少し距離を置いて見るだけで、高貴で(せい)()な女騎士を前にしている様な、不思議な魅力を彼女から感じた。

「では早速今から!」

「今はその機会じゃないですから!」

 だがこんな風に必死に抱き付いて来られては全て台無しだ。

 月照は瑠璃の頭を両手で押し返しながら、やっぱり縁を切った方が良さそうだと酷く残念な気持ちになった。

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