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れいしょういっぱい  作者: 叢雲ひつじ
1セーブ目
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1セーブ目(9)

(また、胸がざわついてる……)

 朝一番、目覚めと同時に妙な(しよう)(そう)(かん)に襲われた蛍は、ベッドから起き出しながら目覚まし時計を見た。

 今日は月照を迎えに行かないのでいつもより十分遅くセットしていたのだが、いつも通りの時間に目が覚めてしまった。

 いや、月照に会える日は常に目覚し時計より早く目が覚める。

(いつからかな? みっちゃんと一緒にいないと胸騒ぎがする様になったのは……)

 月照と一緒にいても特に安心感があるわけではない。ただ、一緒にいないと不安で(たま)らなくなってくるのだ。

 学校が休みの時は、例え夏休みでもこんな事にはならない。

 なのに平日、毎日学校で会えるはずの日に限って、なぜか月照に会いたくて会いたくて仕方が無くなってしまう。

(なんなんだろ……?)

 鳴らないままの目覚まし時計のアラームを切り、蛍はさっさと着替えを始めた。最近は髪の手入れにも結構時間を掛ける様にしているので、予定より早く起きてもあんまりのんびりしていられない。

 小学生の頃は()(ぐせ)(す為に全部の髪を左右に(まと)めて(くく)っていたが、今はお(しや)()の為にしているから、同じ髪型でもきちんとブラシを入れている。

(……みっちゃん、かみかみ先輩と変な事になってないよね?)

 月照に限ってそんな事はないと思うが、しかし加美華は蛍から見るとかなり可愛い女の子だ。

 ルックスなら、ぶっちゃけ自分の方が可愛いと思っている。

 しかし彼女は、気が強いのにどこか頼りなくて守ってあげたくなる、不思議な空気を(まと)っている。

 そして月照はきっと、顔が良いだけの女性よりもそんなタイプに()かれるに違いない。

 彼は面倒臭がりで(ひね)くれている様に振る舞っているが、実際は自分の居場所が分からないだけで、面倒見の良い男気のある優しい人間だ。もし相手が月照を必要だと強く訴えれば、彼はそこが自分の居場所だと思い込み、好意を持ってその相手に力を貸す。

(私以外が相手なら、だけど……)

 今までの長い付き合いで、月照の事は大体分かっている。

 だからそんな月照好みの女子を演じてみた事もあったが、(とき)(すで)(おそ)し──いや自業自得か、それまでの自分の態度のせいで、既に月照に見えない壁を作られてしまっていた。

 押して駄目なら引いてみようとか、色々とあの手この手を使って壁を壊しに掛かったが、全く効果が上がらなかった。

 高校に入ってからは開き直って、真っ向から押し出し寄り切りの勝負に出てみたが、なにやら月照を(たつ)(かん)させただけの気がする。

 月照が居ないとこんな風に胸を締め付けられるのに、それを訴えても月照は聞き流して相手をしてくれない。

 押しても引いても反応が同じ、(ほとん)ど詰んでしまった。

 蛍は月照の中で、きっと悪い方に特別な人間なのだろう。

 他の人──例えば加美華になら、あんなに親身になって、あんなに酷い寝不足になりながら、それでも泊まり込んで解決しようとするのだから。

 しかしそれも、自分が()()けたのだから自業自得だ。

(はあ……なんか会いたくないな……)

 自己嫌悪から真反対の感情が()いてくるが、しかしやはりどうしても月照に会いたい。

 まるで頭の中にもう一人の自分がいて、会うか会わないかで(けん)()しているみたいだ。

(う~……もやもやするのは全部みっちゃんが悪い! どっかで仕返ししてやるから!)

 髪を()い終わった蛍はグッと拳を握り締め、学校や加美華のアパートのある方角を睨みながら、逆恨みも(はなは)だしくそう決心したのだった。



 こういう日に限ってなかなか思う様にいかないもので、蛍は加美華のアパートの前で十分くらい時間を(つぶ)して月照を待っていたが、月照も加美華も既に登校していたらしい。

 しびれを切らして加美華の部屋の戸を叩き留守に気付いた時には、既に朝のホームルーム前に月照を問い詰める時間は無くなっていた。

 もやもやとしたまま一時間目の授業を終え、やっと休み時間になったと思えば、次の授業の宿題を忘れていた事に気付いた。

 仕方なく友達のノートを写させて貰い、もう一時間我慢して次の休み時間に押しかけてみると、今度は月照が教室移動で早々にどこかに行ってしまった後だった。

 やっとの事で教室にいた月照を捕まえた、三時間目終了後の休み時間。

「みっちゃん、昨日は結局どうなったの!?」

 姿を見付けた月照に思わず蛍は両手を広げて飛びつきそうになり、(すんで)の所でその手で月照の肩を(つか)んでブレーキを掛けた。

 席に座ったままだった月照が椅子ごとひっくり返りそうになって、思いっきり睨んできた。

 同時に教室の中が少しざわめき、視線がいつものように三人に集中する。

「(また来た──)」「(やっぱ可愛い)」「(()()(でら)め……()らしすぎておむつ生活してやがれ!)」

 毎度のように聞こえてくるささやき声も()えて気にしない。

「──ほんと誰だ、毎度俺の下半身(ゆる)めようとしてる奴は……」

 月照は物凄く気にしているが……。

「それより大声出すな。色々ややこしい話なんだから」

「や……ややこしい事になったんだ……」

 月照が少し小声で言うと、蛍の肩越しに灯が顔を覗かせた。

「な、なってない! 人によっちゃ誤解するからややこしくなるって言ってんだ」

 蛍も月照の反論は至極もっともだと思う。

 女子と男子が二人っきりで、狭い部屋で一晩過ごしたなんて聞いたら、普通の人はややこしい勘ぐりを入れる。学校で噂になれば、職員室に呼び出しを喰らう可能性もある。

「大丈夫、私達は分かっててもややこしくするから」

 なのになぜか、蛍はいつもこんな風に月照が困る事を言ってしまう。

(こんな事してたら嫌われるの、当然なのに……)

 頭で分かっていても、どうしても止められない。

「よし、まずは放送室の機材の使い方を教えて貰ってこよう」

 自分以上に過激なことを言っているが、きっと──いや、絶対に灯も同じだ。楽しそうなのに、どこか不安な気持ちが伝わってくる。

 月照と一緒にいると、ずっとこうだ。

「ふざけんな!」

 そしてやっぱり怒られて、灯と蛍は一緒にチョップを喰らった。

 それでも一緒にいないと、もっとずっと不安になる。

 今朝の様にひたすら胸がもやもやして、ゆっくり寝てもいられない。

 教室に飛び込んだ時、そのままの勢いで抱きついていれば何か変わったのだろうか。

 蛍は自分の気持ちを上手く整理してくれない頭にも、上手く振る舞ってくれない身体にも、色々文句を言いたい気分になった。

(う~……でもやっぱり、みっちゃんが一番悪い!)

 そしてやはり、最終的には月照に全責任をなすりつけるのだった。



 昼休みになって、双子はいつも通りに月照の教室を訪ねるが、そこに彼の姿はなかった。

 よくよく考えれば、加美華の部屋から直行している月照が、教室で弁当を食べるはずがなかった。

 しかしだからといって、弁当を持って食堂に押しかけるのは迷惑だ。食堂は利用者で常に席が足りず、人によっては立ち食いする混雑具合なのだ。

 そんなところに食べ物を持った人間が押しかけて席を奪うなんて、全校生徒に対する挑戦と取られても仕方ないくらい非常識な行動だろう。

「「むぅ……」」

 双子は口を(そろ)えて(うな)った。

 月照が帰って来るまで待って机に無理矢理陣取るか、諦めて大人しく自分のクラスで食べるか。

「よし」

「うん」

 ()(しん)(でん)(しん)で灯と蛍は月照の教室を後にする。

「「食堂だね」」

 一番非常識な選択をして、双子は月照を探して走り出した。

 途中すれ違った教師に「廊下を走るな!」とドップラー効果付きで怒られたがそのまま走り去る。

 スタートダッシュに出遅れ諦めてゆっくり食堂へと向かう生徒達を追い抜いて、すぐに食堂に辿り着いた。

 人がごった返す食堂の食券売り場の行列後方に、疲れた様子で並んでいる月照を発見する。

「みっちゃん」

「ご飯食べよ」

 近付いて、二人して手に持っていた弁当箱を月照に見せながら言った。

「……いや、食べるけども」

 それほど大きな声ではなかったので、双子の声は周囲の(けん)(そう)に紛れて月照とその前後数人しか気にしていない。

 だがもしここで双子のこの行動が知られれば、いつもの教室乱入とは比べものにならない圧倒的な注目──いや敵意の視線が集まるのは目に見えている。

 月照は瞬時に状況を()(あく)し、最善の手を導き出す。

「……戻るぞ」

 つまり、昼食を諦めた。

「「え? みっちゃん、食べなくていいの?」」

 食べられなくした張本人達は全く悪気無くそんな事を言うが、半端な対応が傷口を広げることをよく知っている月照は、返事をせず自ら列を離れ歩き始めた。

「あ、あれ……?」

「みっちゃん、怒ってる……?」

 灯と蛍は、いつもと異なる静かな反応に不安になった。

「ね、ねえ? (せつ)(かく)食堂に来たんだし……」

「こ、購買のパンだけでも買っていこうよ?」

 この学校では昼の食堂混雑(かん)()の為に、昼休み限定で購買部が食堂の(かた)(すみ)に出店してパンを売っている。

 混雑解消の為に混雑する購買部を混雑中の食堂に置く理由は、本家である文房具の購買部が職員室のすぐ近くにある為、そこに(ひと)(だか)りが出来ると色々問題があるからだそうだ。

 どうせ出張販売するなら他にも色々候補地はありそうだが、まあ一応このままでも人が行き来できているので、今のところ問題視されていない。

「……いや、あっちも行列凄いし」

 列と言うより群れになっている。

「「えっと……」」

 双子としては気を利かせたつもりだったのだが、(かえ)って月照の機嫌が悪くなったような気がする。

 そのまま食堂を後にして歩き出した月照の後に付いていくが、ものすごく声を掛けづらい。

「ねえ、みっちゃん。昨日の夜、本当にかみかみ先輩と何も無かったの?」

「出てきたお化けも女の子だったんだよね? 変な事してないよね?」

 それでも声を掛けるのがこの二人の凄いところだ。

 月照は毎度の(ごと)(ため)(いき)()いてから、歩くペースを落とした。

「あのなあ……さっきの休み時間にも散々言ったけど、かみかみ先輩とは全く全然何も無い。強いて言えば、寝てる先輩に枕ぶつけた事と、朝に手料理(?)をごちそうになったくらいだ」

 もうお互い「かみかみ先輩」で完全に通じてしまっていた。

「「女の子の方は?」」

「桐子は十歳の幽霊だし、見た目発育不良でもっとちっこいんだぞ。変な事もくそもあるか」

 不機嫌に答えた月照の言葉に、双子は引っかかりを覚えた。

「「桐子……って、呼び捨て? 会ってすぐなのに?」」

「え? ああ、まあ。ちっこい子だし」

「「普通はそういう子ほど『ちゃん』って付けると思う」」

「知らん」

 吐き捨てる様に言った月照の方がきっと正しくて、自分達が無理矢理言い掛かりを付けようとしているのは分かっている。

「「私達は『あほ姉妹』って呼ぶくせに!」」

「いや、お前等もバラバラなら『灯』『蛍』って呼び捨てだろ」

 呆れながら言い返した月照の言葉に、双子は意表を突かれて「ふぐっ」と変な声を出し少し(ひる)むも、すぐに(きゅう)(だん)を続ける。

「「じゃ、じゃあうちのお母さんのことはなんて呼んでるの!?」」

「え? 『おばさん』だろ?」

「「私達はみっちゃんのお母さんのこと、ちゃんと『()(つき)さん』って呼んでるよ!」」

「だから知らんて……いや、本人いない時いつも『おばさん』って言ってなかったか?」

「「……本人にどう呼びかけるかの話だから!」」

 心当たりが有り過ぎるので否定できず、論点を変えて誤魔化した。

「いや、それなら桐子を今どう呼んでも関係無いだろうが!」

「「でもどうせ本人にも呼び捨てで話してるんでしょ!」」

「……いやまあ、そうだけど」

 図星だったらしく、月照を言い負かせた様だ。

 月照は不満そうな顔で、「何で、親とか霊の呼び方なんてどうでもいい事で……」とブツブツ文句を呟いている。

 双子にとっても、確かに親の呼び方なんて今はどうでもいい。それは双子達自身も理解しているが、今は理屈より感情が先に立っている。

 しかしその感情がなんなのか、自分達もよく分かっていない。

 分かってはいないが、これから聞こうとしている事こそが重要な気がする。

「あ、あのね、みっちゃん……」

「それじゃあ……かみかみ先輩の事は?」

 階段の前に差し掛かった所で、双子は迷った末にそれを聞いた。

「「かみかみ先輩、とは呼んでないよね?」」

 なぜか自然と足が止まり、弁当を胸に抱き締めていた。

 と、その時丁度誰かが、その階段を下りてきた。

「あ、こんにち──」

 その誰かが、三人を見付け右手を小さく挙げて(あい)(さつ)をしようとしたその瞬間。

「そりゃ、かみかみ先ぱ……い……」

 ――なんて言えないだろ。()(がみ)先輩って呼んでるよ。

 そう言おうとした月照は、横手から掛かった声で振り返り、固まった。

「――か、かみかみ先輩……ちわっす……」

 振り下ろされた加美華の手刀は、かなり鈍い音を立てながら月照の脳天にめり込んだ。

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