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祖父

作者: 文月 雪花

 久しぶりに祖父に会った気がする。最後に顔を見たのがいつの頃だったか、思い出せない。

「出航にはまだ時間がかかるから、ここの喫茶店で少し休んでいこうか」

 そう言ってそばにある喫茶店へと歩き、店の木製のドアを開けようとする祖父のあとを僕は仕方なくついていった。


 店の中では、ゆったりとした曲調のピアノジャズが小さな音量で流れていて、少し薄暗い照明が祖父の顔を照らしているが、なぜか祖父の顔がぼんやりと霞んで細かい表情がよく見えなかった。

「最近調子はどうだ?受験はどうだったんだ?」

 祖父は運ばれてきたコーヒーを少し口に含みながら聞いた。

「元気だよ。受験はなんとか乗り越えたけど、この先うまくやっていけるか少し心配」

「そうか、大学には入れたか。まぁ入ってしまえばあとは馴れるだけよ。何にも心配はいらん」

 未だに顔が霞んで表情はよく見えなかったが、祖父の声は嬉しそうな、ほっとしたようなそんな声だった。

「けど、この先のイメージが湧かないんだ。4年後、自分がどんな人間になっているのか。いや、一ヶ月後の自分の姿すら分からない。少し先が真っ暗闇で分からないから不安なんだ」

「そうか…けどもそんなもんみんな誰でもそうだよ。大人ですら自分がどんなものかを分からんやつだっている。大丈夫さ」

「でも......」

「いけない、もうこんな時間か。出航に間に合わなくなる」

 僕が言葉を濁してると、祖父は腕時計を見てそう呟き、ぬるくなったであろうコーヒーを一気に飲み干し、スッと立ち上がり、伝票を手に取るとレジへ向かい、サッと会計を済ませ、もうドアを掴み、店を出ようとしていた。


 慌てて立ち上がり、祖父のあとをついて店を出てたどり着いた場所は、大きな港で、そこの桟橋には大きな客船が停まっていた。

「わしはこれから長い旅にでることにする。この客船に乗ればこの先のことなんぞ何も心配のいらない所へ行ける。お前も一緒に来るか?」

 振り返りそう訪ねた祖父の顔は霞んでよく見えないが、その霞の奥から、祖父の強い視線が感じられた。

 僕は、この客船がどこへ向かうのか興味があった。元々船旅も好きだ。しかし、その次に思い浮かんだのは母や弟の顔だった。このまま旅に出てしまえばおそらく会えなくなるだろう。

 僕は静かに頭を横に振った。

「僕は残るよ。母さんや弟が心配するだろうし。それに、まだやらなきゃいけないこともたくさんある」

 それを聞いた祖父の顔はやはりよく見えないが、寂しそうな、ほっとしたような感じだったように思える。

「そうか......お前と話せてよかったよ。元気でな」

 祖父はそう言うと港の方へ振り返り、僕を残して桟橋へと歩いて行った。


 目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋で、いつも通り悪い寝相で布団からはみ出た足が冷えていて、寒かった。

 そして僕はこれまで見てきたものが全て夢だったことに気づいた。

 最後に祖父を見たのは一昨年の夏、病院のベッドで眠るようにして目を閉じている姿だった。

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