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皇子の初恋  作者: 雷炎
Chapter One
5/14

Four episode

「それで?ムーガ氏のお嬢さんとは順調か?」


皇帝に呼ばれ、アヴァンは再び城の応接間に来ていた。

前と同じように皇帝は椅子にふんぞり返り、皇子はその前に傅いていた。


「はい、学友という形で会う口実を取り付けました。これでしばらくは会ってくれるでしょう。」


皇帝は面白いものを見つけたというように目を光らせる。


「ほう、学友という形で会う口実にとりつけ、しばらくは…」


今まで完璧にものをこなしていた息子が初めて曖昧なことを言うのが余程嬉しかっただろう、皇帝はワザと不安な要素を強調して言ってのける。


「お前のような女に対して絶対的自信が有るものでもムーガ氏のお嬢さんのご学友までしかこぎつけなかったか、これは愉快。」


終いには本人を前に愉快とまで言う始末、アヴァンはムッとしながらそのような用件で。と問う。


「ああ、それだけだ。しかし、そのムーガ氏のお嬢さんに少し興味がわいたぞ?よし、今度母さんと一緒にどんな子か見に行ってみるとするか!!」


「やめろください!!親父、ましてやお袋まで絡むなんて面倒この上ないことになりそうだからな!!」


「そうか?では、引き続きお前に任せるとするよ。もう下がっていいぞ。」


「ハッ。」


そういうとアヴァンは立ち上がり、踵を返して応接間を後にした。

むかっ腹が収まらないアヴァンは女に癒してもらおうと後宮の前を通ると何やら中庭が騒がしい。

どうやら大勢で茶会を開いているらしかった。

何のためらいもなく茶会場へ行くと突然の皇子の登場にムムを除いた全女たちが沸く。


「やあ、君たち。お茶会かい?」


アヴァンの問いかけに公爵令嬢のアレーネ・ル・シェンドが答える。

ル・シェンド家は建国から国に仕える貴族の一つで、昔は優秀な頭首が事業を成功させて華々しい道をたどっていたが、代を追うごとに功績をあげられなくなり、近代では王族に媚びを売るだけになっている。

その上貴族特有の高飛車な態度で自分より身分の低いものを嘲ているので媚びを売ったりイエスマン的考えが好きではない皇帝に現ル・シェンド家の頭首は爵位を落とされないかと気にし、娘を後宮へ送ったのだった。

アヴァンにそういった事情は関係なく、抱きたいものを抱くのだが、彼女はこの後宮の中でも指折りの美人なのでアヴァンはよく部屋に通っていた。

アヴァンが名前を憶えている数少ない令嬢の一人でもある。


「アヴァン様もご一緒にお茶会いたしませんか?この私が持ってきたお紅茶、とても美味しいのですよ。」


周りの女たちも一斉に頷く。


「ムムさん、このお紅茶最高においしい形で淹れてくださる?」


「はい。」


ムムが紅茶をいれている間、アヴァンはアレーネを含む女たちの取るに足らない話を甘い言葉を交えながら聞いていた。

会話内容など対して覚えていないが、このドレスのメーカーがどこだのアクセサリーの宝石は何だの幾らしただの、ウチの親はどうだのと話していた気がする。

そんな会話の中、肩を優しく叩かれ、小声で紅茶です。と後ろからムムに紅茶を渡された。

飲んだ紅茶は茶葉がいいのか、淹れ手が良いのかアヴァンには分からなかったが、今までで一番おいしい紅茶だった。

ムムは他の令嬢のようにお茶会の席には着かず、侍女たちと共に後ろに立たされていた。

ムム自身がそれがいいと懇願したのか、アレーネが男爵令嬢だからと差別し立たせているのか、アヴァンには判断できなかった。


「アヴァン様?どうかしましたの?」


「いや、ムムは何故席についていないんだ?」

そうアレーネに問いかけた瞬間周りが一瞬シンと静まり返り、アヴァンはその反応でムムは軽いいじめを受けているのだと確信した。

アレーネはまあ、気が付きませんでしたわ。とわざとらしく手を打ち、ムムをアヴァンから一番遠い席につかせた。


「ところでアヴァン様、甘いものは?お紅茶には甘いモノでしょう?」


その言葉を聞いたムムは顔を前に向け、アヴァンに目を向ける。


「いや、私は甘いものは…。」


「遠慮なさらないで?さ、メイドお持ちして。」


出されたのは見るからに甘そうなショートケーキ、見ただけでアヴァンは胸やけしそうだった。


「ささ、どうぞ。」


アレーネとその他大勢はアヴァンがケーキを食べる姿を心待ちにしている。


アヴァンがしかたなしとケーキを食べる直前、ケーキが取り上げられ、代わりに真黒なチョコが目の前に置かれた。


「アレーネさん、紅茶に合うのはケーキだけではありませんよ。特にアレーネさんの持ってきたアッサムはチョコにも合いますので差し出がましいとは思いましたが、お菓子を変えさせていただきました。」


「そ、そう。」


アレーネの笑みは引きつっていたが、甘いモノを食べさせまいとしていただけのムムには関係のないことであった。

アヴァンはケーキよりもいいとムムに内心感謝しながら一つチョコを口に運ぶ。

そのチョコは、苦かった。

カカオ本来の風味、苦み、微かな砂糖の甘み、それが一層ストレートティーにあっていた。


「うまいよムム、またこれは君が?」


「ええ、少しショコラティエの真似事をしてみました。父母に送ろうと作っていたのです。」


アヴァンはまた気に入ったようで、チョコと紅茶を交互に口に運ぶ。


「うん、うまいよ。」


「恐縮です。」


ムムは憎々しげに女たちから見られたが、ムムはなんとも思わなかった。

アヴァンはその後も女たちとくだらない話しを散々してから仕事ということで退席した。

ムムはアヴァンが退席するまでずっと一人黙ってケーキをモニュモニュと食べ、紅茶をちびちびと飲んでいた。

アヴァンが退席した後もクッキーをサクサク食べているとアレーネとその他大勢に囲まれる。


「ねえ、ムムさん。貴方調子に乗っているんじゃなくて?」


皆腕を組み、座っているムムを見下す様に立っている中アレーネがそういう。


「そうよ、アレーネの出したケーキをチョコに代えるなんて!!男爵令嬢風情が出しゃばってんじゃないよ!!」


アレーネの取り巻きの一人であるテレサ・ヌザがあわせてくる。


「まさか、寵愛を得られるなんて思っていないでしょうね?ブスのくせに、今寵愛されているのはアレーネよ!!」


取り巻きの一人、ヨウ・ルゥキがテレサの後を続くとみな思い思いのことを口にする。

いい子ぶりっこだのデブだのブスだの聞いていて呆れるような幼稚な暴言ばかり言ってくる。

そこをアヴァンに覗かれているともしらずに令嬢たちはムムをせめている。

アヴァンは茶会のテーブルの上に時間を確認しようと置いておいた懐中時計を忘れて取りに来たのだが、思わぬものを見てしまった。

女たちに表裏があることは分かっているが、多勢に無勢でムム一人を攻めているそんな女たちの汚い部分を見ると嫌になる。

冷笑を浮かべながら次にムムは泣きじゃくるのか謝るのか「私は悪くない。」と激情するのか何にせよ知らない彼女の本音が聞けると木陰に隠れながら見ていると、ムムは意外な一言を薄い笑みを浮かべながら放った。


「言いたいことは…それだけでしょうか?」


その言葉に女たちは唖然とする。


「アレーネさん、貴方がお出ししたケーキは甘すぎです。父や兄弟、その他の男性に聞けばわかりますが男の人に甘いモノが大好きな人はそれほどおりません。でしたのでほんのりと甘いチョコに差し替えたのです。」


口を出そうとしたアレーネより先に口を開く。


「あのままお出ししていたら皇子は嫌で帰っていたかもしれませんよ?お分かりいただけましたかアレーネさん、テレサさん。」


二人は扇子で口元を隠しながら黙る。


「私があなた方美人で可愛らしい令嬢と違ってブスでデブなことなど、あなた方に言われなくともわかっております。そんな当たり前なこと自分が一番よく分かっていることが分かりませんか?それに、私などあなた方有力で名のある貴族と違い私の家は貴族として成り上がったばかりで皇子と釣り合いません。寵愛なんてとんでもありません。あなた方は皇子と共に一夜を過ごしたりあれやこれやしているでしょうが、私は皇子とキスしたり、勿論寝たことはおろか手をつないだこともありません。こんな中で愛されているなんて妄想なんてするはずもありません。それに、皇子も私に興味が無いでしょうし、私自身も皇子に興味がありませんから。」


ムムは真っ向からぶつかり、本音で話したのでアレーネや取り巻きの女たちはムムの言っていたことが本音だと分かっていた。

その本音の上で自分らを「美人で可愛らしい令嬢」「有力で名のある貴族」「皇子から寵愛されている」と褒めそやしたムムをアレーネたちは好きになっていた。


「やだわ、ムムさんったら本当のことしか言わないんですから!!あ、調子に乗っているなんて言ったの、あれ嘘ですからね?これからも仲良くお茶会いたしましょう?」


アレーネは手のひらを返したように優しくなった。


「私も、男爵令嬢風情だなんて思ってなかったのよ?わかってたわよね?みんなこの後宮では平等ですもの。あ、また今度あの茶葉下さる?とっても美味しかったわあの茶葉。」


アレーネの取り巻きの一人であるテレサ・ヌザも家のことを褒められてニコニコと弁解してくる。


「寵愛を得られてないなんて、そんなわけないわ~ムムさんったら私たちが嫉妬しちゃうほどとっっても可愛いんだから、今にきっと皇子も貴方のところへ夜這いに来るわよ。」


取り巻きの一人、ヨウ・ルゥキも容姿を褒められ、さっきとは真逆なことを言ってくる。

他の女たちもいい子で可愛いだのお肌がスベスベで羨ましいだの聞いていて吐き気がするほど清々しく先ほどとは真逆のことを言ってくる。

アヴァンも木陰から聞いていて吐きそうになっていた。

理由は二つ、一つはムムと同じように自分の害にならない取るに足らない存在だと思うとすぐに手のひらを返したように優しくなる女たち、もう一つはムムにだった。ムムのあの言葉の最後、「私自身も皇子に興味がありませんから。」だった。

あの言葉を聞いたアヴァンは気分が悪くなり、心臓がドクリと鳴り、眩暈がした。

ムムのその言葉は決して初めてではなかった。

しかし、あの時は自身の気を引こうとついた嘘だったのではないかと思っていた。

だが、今回の嘘のないまっすぐな告白にアヴァンは愕然とした。


アヴァンはこれまでの人生で一度も落とせなかった女などいなかった。

容姿端麗、文武両道、皇子というステータス、どんな女も甘い嘘をつけば惚けた顔をし、話しを聞けば笑った。

考えてみればムムのちゃんとした笑った顔など見たことがなかった。

そんなムムを、アヴァンは意地でも落としたいと思った。


その日の晩、アヴァンは後宮が出来て以来初めて酒も女もしなかった。

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