Three episode
静かな食事会から早くも一週間経ったが、事態は何も進展してはいなかった。
あれからアヴァンはムムとは一度も会わず、毎晩違う後宮の女のところへ行き来し、その女の部屋で酒を飲んだり女を抱いたりと変わらぬ日々を過ごしていた。
それはムムも同じで、ただいつもと変わらぬ普通の一週間を送っていたのだが、今晩は違っていた。
いつもは決められている二十一時には寝るはずなのだが、今晩は寝付けなかったのだ。
ムムは決まって満月になると寝つきが悪くなると自分で分かっていたのでベッドから起き上がり、中庭の薔薇の樹の下にあるベンチで月でも眺めようとネグリジェのまま部屋を出た。
ベンチでボーッと美しく白い満月を眺めながら足をバタつかせていると丁度中庭際にある女の部屋から上機嫌のアヴァンが出てくるのが見えた。
別に話しかけることもないのでただ月を眺めているとアヴァンがこちらへ気づいたようでムムのいるベンチへ向かってくる。
「ムム、君か?」
「はい、皇子。…ウッお酒臭い…」
ムムは咄嗟に鼻をつまむ。
「何をしているんだ?」
「…月を見ています。」
見ればわかることを言うので何故だ。と付け足す。
「…満月になると決まって眠れないんです。だから今日は月を眺めていました。」
「満月の日だけというからには何か理由があるのではないか?」
ムムは少し黙り、口を開いたときにアヴァンから目をそらしながら告げる。
「家が、恋しいのだと思います。満月の日は決まって家族三人で宴会をしていました。丁度、今の皇子くらい父はお酒臭くて私と母はそれを嫌煙して、くだらないことで笑って…」
ムムの話が途切れてもアヴァンは何も言わなかった。
「けれど今は、寝ても覚めても一人で、家族の笑い声などなくて…」
月明りに照らされた不思議な色の瞳をまっすぐアヴァンに向け帰してくれませんか。という。
アヴァンはとぼけながら何を。と返す。
「勿論、家にです。私は家が恋しいです。この後宮の自室よりも綺麗でも大きくもない家の自室へ帰りたいのです。」
アヴァンは黙って立ち上がり、散歩をしよう。という。
どうしてですか。とムムは明らかに嫌そうな顔をする。
「私は酔いを醒ますために、君は眠気を誘うために一緒に歩こう。」
合理的な誘いにムムは断る理由が思い浮かばず、はい。と答えた。
この中庭は本城以外ならどこへでも通じてる。
今滞在している後宮のほかに夜会場、侍女・執事の寮、馬場に繋がっており、行こうと思えばどこへだって行ける。
しかし、夜会場が開いているのは勿論夜会を開いている時のみ、侍女や執事の寮に後宮の女は興味がなくいかない、馬場で乗馬をする趣味を持つ女も居ないので皆そんなことを知っていても行くものは居ず、女たちは中庭にある屋根付きのテラスでお茶会を開く程度にしか中庭を活用していなかった。
今の時期薔薇が咲き乱れる中庭を2人でゆったりと歩いていると、そういえば皇子。とムムが突然止まる。
初めて向こうから話しかけられた驚きと何のことだという不安から眉を顰める皇子だったが、ネグリジェのポケットから取り出される小さな紙を見て目を開いた。
「これはもしかして、前に言ったレシピか?」
「はい、いつ皇子と会えるかわかりませんでしたので常に持っていました。やはり、備えあれば患いなしといいますね。こんな時でも持っていてよかった。では、これを執事のターキー様へお渡しください。」
アヴァンは嬉しい反面次はどういう口実でムムに近づこうと困った顔で笑いながら礼を言った。
「そういえば、さっきの話の続きですが私だけでも家へ帰していただけませんか?私は、他の女性とは違い妃の座を狙ってはいません。また、皇子自身に興味もありません。皇子もそれは同じはずです。」
「それは、…すまないができない。」
「何故ですか?私が居なくなれば後宮の予算もほんの少しですが浮くはずです。互いに幸せになれるのに、…何がダメなのですか?」
アヴァンは言葉に詰まった。
もうすべてを吐露してしまいたかった。
アヴァンは相手を喜ばせる甘い嘘や相手の話しの相手ならばピカイチだが相手へ他愛ない会話を振ることや人を貶めたり陥れたりする嘘をつくのはとても苦手だということにムムとほんの少しだが関わって気づいたのだ。
その上、アヴァンはムムへは嘘を付きたくないそんな気になっていた。
アヴァンはカラカラに乾いた唇を少し舌で湿らせて口を開いた。
「実は…君、のおと、君のお…、君と、君と友達になりたいと思ってね。」
「…はい?」
途中までは言うつもりだった。
しかし、ふと皇帝である親父の顔がよぎり自分のするべきことを思い出したのだ。
アヴァンのすることはムムの親父を説得して金鉱山を開かせること、そのためにはムムと仲良くなることが必須条件だ。
ムムに今真実を告げたところで尚更帰らせろと言われるだけだろう。
状況を少しでも良くするためにはこれが一番の方法だと瞬時に思ったのだった。
「私と…友達…?何故ですか皇子。ここには沢山の令嬢が居る中で何故?」
「あの…君は、色々な私の知らない知識を持っている。そんな博識な君と友達というか学友になったらとても楽しいかな…と…。」
「なるほど、確かに私は皇子が知らない知識を沢山持っていますけれど…しかし…まあ、思うところはありますがいいです。今しばらくは皇子様に免じてとどまりましょう。」
アヴァンは嘘をついたことに胸を痛めながらも二つの意味で、良かった。と声を漏らす。
「じゃあ、今日からは友ということでいいのですか?皇子。」
「あ、ああ。勿論だ。ま、毎日会うっていうことはできないが数日に一度、午後に君の部屋を訪ねさせてもらうよ。」
「そうですか。では、午後の予定は開けておきますが、お茶会の時はどうしてもいないと思いますのでご容赦ください。」
「そ、そうか。」
ムムは、ふぁあ。と口を大きく開けて欠伸をする。
「もう、そろそろ眠たくなってまいりました…では、また。おやすみなさい。」
「お、おやすみ。」
スタスタと小走りで去るムムを見、アヴァンは心臓をバクバクと鳴らした。一つ深呼吸をして、アヴァンは先ほどとは別の女の部屋へ向かった。