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皇子の初恋  作者: 雷炎
Chapter One
3/14

Two episode

後宮には一応だがルールがある。

起床時間は8時で朝食は9時、外出には護衛と申請が必要で昼食は12時、一ヶ月に一度くらい後宮の複数の女と共に皇子との会食がある。

夕食は5時からで就寝は21時。

もっとも、このルールを守らなければ厳しい罰則があるわけでも皇子から疎まられるわけでもないので殆どの者は外出と皇子との会食以外のルールである起床時間や就寝時間は守らないし食事だって専用の侍女や給仕に任せて城から支給されるモノには殆ど手を付けない。


そんな中ただ一人、ムム・スティニーという令嬢は侍女を一人もつけず食事を自分で自室まで運び、天津さえ後宮のルールに則りながら過ごしている。

今日も彼女は四時半になったので読書をやめてキッチンへと足を運ぶ。

いつもと同じ廊下、いつもと同じ道、いつもと同じ風景、いつもと同じように夕食を受け取り部屋へ戻ろうとしたとき、目の前に皇子が現れた。

私を見た皇子はたいそう驚いた顔をしていた。

私はボーッとしながらも挨拶をしなきゃ。と思い出し、あ、皇子。こんにちは。と夕食の御盆を持ちながら言う。

「お前は…自家製ハーブの…」

名前を忘れているのだろうと思いムムです。とだけ教える。


「ああ、そうだった。ムム、…スティニーだった…よな?」


「ええ。」

私はコクリと頷いて、もう話すことも特にないのでそれでは。と立ち去る。

すると、歩く私に待て。と皇子は何故か私に声をかけてくる。

温かい夕食が冷めてしまうのと私には皇子と話すことなんてないのとでいぶかしげな顔で皇子を見る。


「一緒に夕食でもとらないか。色々と話そう。」

私は黙ってただ考える。この後宮の意味、それは皇子の婚約者探しだ。

私のような美人でも可愛くもない容姿の女が普通に考えて皇子に惚れられるわけがない。

第一に私もそれを望んでいない。

としたらこれは、一回は後宮内の女とコンタクトを取らなければならないという義務だと思った。

皇子もおかわいそうに、私なんかより美人で気立ての良い女の人なんてこの後宮にはたくさんいるだろうにと考えをまとめ、はい。謹んでお受けいたします。と告げた。

その言葉を聞いて皇子は不安そうだった顔を明らかに明るく輝かせながら「じゃあ、夕食取ってくる。」と後宮のキッチンから私と同じメニューをとってきた。


皇子と私は無言で廊下を歩き、無言で私の部屋に入った。

入ったとたんに皇子はうわ…という声を小声で上げたので全く気に入らなかったか狭いという意味なのだろう。

シンプルな白を基調とした壁に持参した木の温かみを感じられる食器棚、中には同じく木の食器があり、銀のシルクと台所は使いやすいように細工をしてある。

ベッドは元々あった天蓋をはずしてクローゼットは持ってきたドレスが入る程度のこじんまりとしたもの、ソファーは青、テーブルは二人用の小さなものを一つ置いただけのシンプルかつ使いやすい部屋、それが私の部屋だ。

意外と気に入っているだけにうわ…という声は少し腹が立った。


「とりあえず食べよう。私は腹が減ったよ。」


「そうですね。」

二人で食器をカチャカチャと鳴らしながら夕食を食べる。

何を話せば気まずくならないだろうかと考えていると皇子がなあ。と語り掛けてくる。

「ここでの暮らしはどうだ?慣れたか?」


「慣れました。」


「そうか。」

また沈黙。


別に皇子の気を引こうなんて思っていないし、また皇子も何も思っていないだろうからこの食事会で二人のつながりは途切れるんだろうな。と、ムムは思っているが、アヴァンは全く違うことを思っていた。

勿論ムムに興味があるわけではないが、金山関連の為にもムムとはぜひとも仲良くならなければならない。が、ムムの余りの反応のなさに内心動揺していた。

いつもなら女の方から喋ってくれるので会話には苦労しないのだが、ムムは全く違っておりアヴァンは何を話せばいいのか分からなかった。


話さなければムムとの関係が終わり、金山の話は未来永劫できなくなる。

しかし、今現在会話が全く続いていない。

これで関係を続けるのも不自然だしとアヴァンは頭をひねっていた。

重い沈黙ののち、皇子はムムに疑問を告げようとまた皇子は口を開いた。


「何故…君は私に質問をしない?世間話をしない?」

フォークとナイフを盆に置きムムの食べる手が止まる。

この質問はアヴァンの本心から出たものだ。

ムムの一挙一動に緊張して冷汗が額からにじみ出る。

「何故、と言われましても無い質問をしろという方が酷ではありませんか?」


「君は、私に、皇子に興味が無いのか?」


「興味が無いわけではありません。私だって皇子という役職については知りたいことが多々あります。しかし、貴方の言う質問というのは貴方様自身の事でございましょう?ならばありません。今のところ、貴方という人に興味がありませんから。」

アヴァンはありえないという風に首を横に振って言葉に詰まっている。


「皇子だって会ったばかりの私に興味なんてないでしょう?それと同じことです。ごちそうさまでした。」

ムムは綺麗に夕食を食べ終えると自らハーブティーを給仕している。

「皇子も飲みますか?ハーブティー。」


「ああ、もらおう。」

それだけ言うと夕食を食べ終えたのか口の周りを丁寧に拭くアヴァン。


「食後の甘いものは?」


「イヤ、私は甘いものが好きでは無くてな。遠慮しておく。」


「そうですか。」

ムムは数枚のビスケットを小さな白い愛らしい皿に、二枚の特製クッキーが乗った小皿をアヴァンの前に置いた。

アヴァンはケーキを見るなり怪訝な顔をするが、ムムは知らんふりをしてハーブティーを冷ましながら飲んでいる。


「君、私は甘いものが苦手だと先程言ったばかりなのだが…?」


「いいから食べてみてください、一口だけ。」

アヴァンは渋々そのクッキーに手を伸ばし、一口食べてみる。

サクッと小気味の良い音がする。

口いっぱいにほんのりとしょっぱい味が広がる。


「甘く…ない。」


ほんのりとしょっぱいが後味は少し甘いクッキーだ。


「とてもうまいクッキーだ。どこの店で買ったんだ?このクッキーなら次も食べたい。」


「良かった…それ、私の手作りなんです。私の父も甘いものが苦手で、ハーブティーに合うのは焼き菓子ですからどうしても焼き菓子と一緒に食べてほしくて…それで作るようになったんです。あ、手作りとか御嫌でしたか?」


「いや、全く。うん、とてもこのハーブティーと合う。このハーブティーも実にうまい。」

もう少しクッキーをもらえるか。と、アヴァンはムムに訪ねムムは少し微笑みながら奥の台所からクッキーの入った大皿を持ってきた。

アヴァンは笑顔で大皿から一枚クッキーを頬張り、スッキリとしたムムの自家製ハーブティーで流した。


「うまい。このクッキーの作り方、是非ともうちの執事のターキーにも教えてほしいな。」


「はい、今度紙に書いてそのターキー様という方へお渡しいたしますね。」

その返答にアヴァンはえっ。と、真顔になる。


「はい?」


「いや、ターキーは何かと忙しいからな。次の機会に私へ渡して貰えばターキーに届けておくが。」


「そうなのですか?しかし、皇子も同じくらい忙しいのでは?」


「ああ、いや、だが、面識のないターキーに会うよりも会いやすいだろう?」


「…まあ、そうですね。では、またいつか会う時にお渡しいたします。」


「あ、ああ。」

そんな歯切れの悪い会話をしていると振り子時計が7時を指す鐘を鳴らす。


「皇子、そろそろ退室した方が良いのでは?」


「あ、もうこんな時間か…長居しすぎたな、そろそろお暇しよう。今日は楽しい時間と美味しいクッキー、お茶をありがとう。では、また。」


「ええ、私の方こそ有意義な時間をありがとうございます。では。」


ムムはアヴァンをドアまで見送り、静かな食事会は幕を閉じた。

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