One episode
そんな無精な皇子が仕事を片付けいつものように己の後宮へと女を漁りに出向くといつもは部屋で着飾ってお茶会だのを開いているだけの女たちが珍しくテラスに集まっているではないか。
今日一緒にいる女が決めやすい、好都合だと思いながら彼はカツカツとオートクチュールのブーツを鳴らしながら女の群れへ話しかける。
「やあ、君たち。ここで何をしているんだい、やけに楽しそうだけど。」
彼に気づいた女たちは一瞬キャアッと黄色い歓声を上げると一斉にここにいる理由を説明し始める。
アヴァンは一斉に言われ困惑したが、要約するといつもお茶会で美味しいハーブティーを振る舞ってくれている令嬢が今日はその自家製の乾燥ハーブを分けてくれるというのでテラスに集まったということだ。
本当に女というのは自分が得をすることがなければ動かないものだなと思いながらアヴァンは微笑み「その美味しいハーブを作った子は誰だい。」と問う。
すると、その令嬢は女の群れから「わ、私です…。」とおずおずと出てくる。
周りの女より少し背が低く、くるんと巻いた黒髪に不思議な色のとろんとした瞳が印象的な腕に抱いたらむにっとしそうな体系の令嬢であった。
アヴァンはむにっとした触り心地の体系よりもスラッとした美人が好きだったのでさっさと名前を聞き「そうなんだ。今度、俺も飲んでみたいな。」と軽く流してその令嬢に背を向けて今日を共にする女を探し始めた。
次の日、珍しく皇帝に呼ばれたアヴァンはイライラしながら応接間の扉を開けた。
中には皇帝とその執事のほかに人は無く、ただ黙って皇帝がだだっ広い応接間の玉座に座っていた。
「ッチ…なんだよ親父、何の用だよ。さっさと済ませて返してくれよ。」
「フン、どうせ女を待たせているとかそういう理由で急いでいるんだろうが。まあ、今女関係で説教するのは止めておこう。何せ本件とは全く関係ないからな。ここにお前を呼んだのはとある極秘の任務の為なのだ。」
「極秘…仕事か。」
皇帝の細い目がさらに少し細められ肯定の意だとアヴァンは受け取った。
「丁度8ヶ月前に平民が異例の男爵入りをしたことは覚えているな。覚えているよな、何せその承諾の印にサインをしたのはお前なのだから。」
そんなこともあったなと思い出しながら「ええ。」と返事をする。
「確かその男爵の名はムーガ・スティニーでしたよね。」
「ああそうだ。」
「しかし、なぜその男爵の名が今出てくるのですか。」
皇帝は今から順に話すと手で制し一つずつ説明をしてくれた。
旧ムーガ・オール、三年前まではただの農業を生業とする平民だったが自宅前の森で馬車が転倒しているのを発見し、その馬車に乗っていた子のないスティニー公爵老夫婦の命を助けた事で気に入られ、一年前に夫婦が亡くなった際の遺書に『ムーガ・オールを養子に迎え、遺産・屋敷・所有する山々や領土の全てを息子のムーガ・スティニーに授与する』と書いてあり今に至るというモノだった。
「…皇帝、それだけ聞くと何の変哲もない素敵な話しに聞こえますが…。何が問題なのでしょうか。」
わからなかったアヴァンは素直に皇帝へ質問をする。
「確かにアヴァンの言う通り、遺産や屋敷を誰に与えようと勝手なことだ。しかし、遺書に書いてあった山々や領土というのが問題なのだ。これがスティニー公爵夫婦でなければこんな問題にはなっていないのだが、スティニー公爵夫婦だから問題なのだ。スティニー公爵は持っていた山から莫大な金が出てきて一代で成り上がった貴族だ。しかし、スティニー夫妻は成金にありがちな豪遊や無駄な金遣いをせず、全て他の山々を買うことに投資して金と土地を増やしていった。今やこの帝国の金山の三分の一、鉱山の五分の二はスティニー家のモノなのだ。」
まだ真意がつかめず、アヴァンは「そして。」と続きを求める。
皇帝は水を口に含み、口を湿らすと「そして。」と続ける。
「そして、それも大した問題ではないのだ。その金銀、鉱石を他国や店へ売ってくれさえすれば。」
「つまり、ムーガ・スティニーになった途端に他国や店へ金銀、鉱石を売らなくなったのですか。」
「勘のいい息子で幸いだ。」
「では、ムーガ氏は私利私欲のために使っているのですか?」
「いや、それならばどんなに良かったか…ムーガ氏は前の夫婦のよに豪遊はしない。それどころか屋敷に移り住んでまで前のように農業をして暮らしている。そして、なにより問題なのは金山や鉱山を閉じたことだ。」
アヴァンはビックリしすぎて細い釣り目を見開き「なんだって。」と叫んでしまう。
「それでは今までその山々で働いていた鉱員たちに職が無くなってしまうではないですか。」
皇帝も玉座のひじ掛けに手を置きため息をつく。
「その鉱員たちが一年前に知らせてくれてこの事態に気づいたのだ。このままだと不味いと思い、スティニー家を適当な理由を付けて公爵から男爵に爵位を下げてからムーガ氏を頭首にして、こちらも適当な理由をつけて財産である金鉱山の所有量を減らしていくつかの山々を国の金鉱山にした。鉱員たちも今はそこで働いている。」
「とても面倒なことになっていますね…ムーガ氏が現れなければ…。」
苦々しい顔をするアヴァンに皇帝も乾いた笑いをするばかり。
「確かに、ムーガ氏が現れなければ夫婦から授与されるものが居ないと判断し、国へ金鉱山が返還されたのだが…まあ、言っても仕方のないことだ。」
「ムーガ氏の元へ行って直接山を開けとは言ったのですか?」
「それが門前払いでな…」
「しかし、まだスティニー家はかなりの金鉱山を所持しています。なんとかしなければ…。」
「そこでお前を呼んだのだよ。」
アヴァンは突然のことでポカンを口を開け辺りをキョロキョロとしてしまう。
相変わらずいるのは父の執事と自分の執事、2人とも顔を少し伏せてジッとしている。
日は高かく窓から入る日の光は白かったはずなのに少し赤みがかっていた。
「私、ですか。」
「そうだ、あの後宮が出来たのにはお前の婚約者探しともう一つあってな、それがスティニー家の金鉱山の問題解決だ。」
「でも、どうやって…。」
「後宮にムム・スティニーというムーガの娘を入れた。その娘を使ってムーガ氏にコンタクトをとるか娘に金鉱山を開くようムーガ氏に説得させるよう言うんだ。」
中々のオーダーに戸惑いを隠せないアヴァンは「しかし、後宮にはかなりの数の女が居ます。」などと弱音を吐く。
「心配するな。ムーガ氏は男爵だと言っただろう。後宮には伯爵以上の娘しか入れなかったがその娘だけはこういった問題があったから特別にいれたので見つけやすいはずだ。」
「し、しかし…」
皇帝は急に立ち上がり「では、貴様の女を懐柔させる手練手管で問題解決に急いでくれ。期待しているぞ。」とだけ言い、執事を従えて出て行ってしまった。
「アヴァン様、頑張ってくださいね。」
そう光のない真黒な瞳で告げるのは執事のターキーだった。
「ッチ、嫌味なこというんじゃねぇよターキー。親父も嫌な奴だな、スティニー家の娘と仲良くなりながら仕事、女遊びなんてできるわけないじゃないか…親父の奴、説教なんてしないとほざきながらしっかり女遊びができないような仕事を入れてんじゃねぇよ…あーあ、親父と堅苦しい会話してたら腹減った。ターキー、飯。」
二人でアヴァンの自室を目指し歩きながら軽口をたたきあう。
「アヴァン様、まだ四時半にございます。わたくしもここにおりましたので何も用意はありません。部屋に甘いお菓子ならございますが、食べましょうか。」
「私が甘いもの嫌いなの知ってて言ってるだろ。んなの要るわけねえだろ。」
ターキーは思い出したように手を打つ。
「あ、後宮のキッチンでしたら今まさに御令嬢へ御夕食を届けるところだと思いますよ。」
「ああー、後宮は五時から夕食だから早すぎだって誰かが言ってた気がするな…」
抱いた女の名前も分からないのかこの人はとアヴァンを横目に見ながらターキーは
「作りすぎで余っているなんてことがあるかもしれません。行ってみたらいかがですか?」と勧める。
「だな、腹減って死にそうだし。じゃ、ちょっと後宮行ってくるわ。普通に夕食も食べるから取っといてくれよ。」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ。」
ターキーはアヴァンが見えなくなるまでお辞儀をしていた。




