交渉決裂
「で、誰こいつ」
哀れな被害者となったオセが、女を顎で指して勇者に問うた。
「アリーチェだ。私が勇者として動いていたときに、ヒーラーとして共に戦ってくれていた。しかし、どうしてここに?」
勇者は彼女をヒーラーと言ったが、襲い掛かってくる様はヒーラーなんかじゃなかった。勇者のためにヒーラーをやっていたが、勇者がいなくなったためこの一年で勇者へとジョブチェンジしたらしい。ちなみに魔界と人間界では時間の流れが違い、魔界での一日は人間界の一か月に値する。
「もちろん、リベルト様の敵をとるために決まってるじゃないですか! けどもう必要ありませんね。あたしと一緒に帰りましょう!」
女が嬉しそうに言うが、残念ながら勇者は魅了されている。
「せっかく来てくれたというのに申し訳ないのだが、私はこの子を置いて帰るわけにはいかないんだ。守る、と約束したからね」
「いや、別に帰って構わないぞ」
魔王の言葉はスルーされた。悪魔は本能的に魔王に忠実であるはずであるし、勇者は魔王に魅了されているはずなのだが、この家の住人はどうも魔王の扱いが悪い気がする、と魔王は哀愁を漂わせている。
「この子?」
女は勇者に言われて魔王の存在に初めて気づいた。そして元ヒーラーである彼女は、勇者の状態と魔王の能力に気づいたらしい。
「そう、あなたのせいでリベルト様は帰ってこなかったのね……! 痛い目にあいたくなかったら、今すぐ魅了を解きなさい?」
どうやら彼女は勇者しか眼中にないため魅了は効かないようだ。笑顔ですごまれている魔王は、先ほどの勇者とオセの悲劇を思い出し、顔を引きつらせている。
「悪いけど、効果はぼくが死なないと解けないんだ。殺してくれる?」
「何を言っているんだ! アリーチェ、言いがかりはよせ! 私は私の意志でここにいるんだ! 君は大切な仲間だが、この子を傷つけるようなら容赦せんぞ」
そう言って勇者は魔王を後ろに隠す。しかし魔王の言葉と女の見立てこそが真実だ。つくづく残念な勇者だと思う。
「ですがリベルト様、あたしはもうリベルト様と離れたくありません」
「ならばここで一緒に暮らせばよいではないか」
勇者がまるで自分の家のように勧誘しているが、彼はただの居候だ。
「あたしには待っている人たちがいるから、ここで暮らすことはできません」
あれ絶対言外に貴方と違ってって言ってますよね、と隣のカイムが呟いたが、幸いにも勇者には聞こえていない。
「ならば君だけで帰るといい。私はここを離れる気はない」
「リベルト様は共に過ごしてきたあたしより、その子のことをとるのですか?」
「君はあちらで待っている人たちがいるのだろう? どうか彼らと幸せに暮らしてくれ」
まるで恋人たちの修羅場のようだ。先ほどのように巻き込まれてはたまらないので、離れて傍観に徹する。
女が勇者の後ろの魔王を睨みつけると、勇者が魔王を庇い臨戦態勢になった。そんな勇者を見て、女がショックを受けて後ずさる。
「酷い……! いくら貴方が歴代最弱勇者と名高くても、あたしがリベルト様を傷つけられるわけがないじゃないですか! リベルト様のばか! 鈍感!! わからずや!!!」
「ものすごく精神的に傷つけられている気がするのだが」
彼女は本当に勇者が好きなのだろうか? 隣ではカイムがツボに入ったらしく、笑いすぎて呼吸困難に陥っている。
「あたしは絶対に諦めませんからねーーー!」
最後に捨て台詞を残して、まるで嵐のように女は走り去っていった。唖然と見送る勇者は、意外と精神攻撃が効いたらしい。
取り敢えず今回は帰ってくれたことに安堵したが、これから彼女が引き連れてくるであろう面倒ごとの気配に、私はもはや癖となってしまっているため息を吐いた。




