第6話_ラズベリ先生の異世界講座
事務所に帰って来てから――ラズベリに怒られた。
めっちゃ、くっちゃ、すっごく、とても、かなり、非常に、これ以上は無いってくらいに怒られた。
「命の危険があったんですよ?」
「奴隷になったり、身体的にも性的にも暴行されたりするのは嫌でしょう?」
「あのまま、こっちの世界に戻れない可能性もありました」
というような内容の話を、さっきから延々と繰り返している。
ちょっと、眠い。
「――って、聞いていますか?」
ラズベリの瞳が、キラリンと光った。
思わず、びくっとしてしまう。
「き、聞いているぞ?」
「じぃ~っ」
「……」
「じじぃ~っ」
「すまない、ちょっと現実逃避しそうになっていた」
「違いますよね? 眠気に襲われていましたよね? 首が、こくっとなったの、わたくしは見逃していませんよ?」
「あはは、そうとも言う♪」
「グスターちゃん! もっと真剣にならないと、本当に危ないんですよ!!」
「でも、でもでも――わんころ達は自力で何とか出来たぞ?」
グスターの言い訳――そう、言い訳と自分でも理解している――に、ラズベリの目元がすうっと細くなる。
「そういう迂闊な行動を取ったから、ケモ耳と尻尾が生えてきたんですよ?」
「うぐっ」
「言い返す言葉もありませんよね?」
「……そうだな」
「分かってくれればそれで良いです。ケモ耳が生えてきた以上、グスターちゃんは今後も異世界にたびたび潜ることになるでしょうから、気持ちをしっかり引き締めていて欲しいのです」
「うむっ♪ おにーちゃんにも会いに行くしな♪」
「それは、グスターちゃんの努力と心構え次第ですね。とりあえず、お兄さんに会いに行くのは、当面の間、延期します」
「え~っ!!」
「え~、じゃありません! グスターちゃんが、また今回のようなミスを続けるのなら、危険と判断して、異世界に潜るのは最小限にします。――ですが、グスターちゃんがしっかりと異世界の知識や経験を積んでいけるのなら、わたくしと一緒にお兄さんへ会いに行きましょう♪」
腕を組んではいたけれど、最後の方は、優しい笑顔でラズベリが言ってくれた。
「ありがとう、ラズベリ!!」
「ええ。でも魔法の適性試験は、明日の放課後にしましょうか。本当は今日中に疑似異世界でするつもりでしたが、色々あってグスターちゃんも大変だったでしょうから」
「ん? グスターは、今日でも良いぞ?」
「そういう訳にはいきません。ケモ耳や尻尾が生えたことで、身体に負担がくるかもしれませんから」
「でも――「先輩命令です♪」」
にこっと笑うラズベリ。ラズベリは笑顔にも、有無を言わさない迫力がある。
思わずケモ耳と尻尾がぴんっと伸びてしまった。
「先輩命令なら仕方ないな。ラズベリの言う通りにしよう。で、これからどうするんだ? 時計を見たらまだ7時前だし、これで家に帰るのはグスターも味気ないぞ?」
「そうですね……それじゃ、グスターちゃんには、異世界と、サルベージ業務についてお勉強してもらいましょうか♪」
両手を合わせて、名案といった表情を浮かべるラズベリ。
「え~、勉強するのか?」
「嫌そうですね? 止めておきますか?」
この際だから、大きく首を縦に振らせてもらう。
「うん♪ 勉強は必要最低限が良いから――「この勉強をしておかないと、お兄さんに会わせることは出来ませんけれど、良いのですか?」――やるっ!! 勉強大好き!! グスターは、頑張ればできる娘なんだぞ!!」
「ぅふふっ、それじゃ、ラズベリ先生の『異世界サルベージ講座』を始めたいと思います♪」
◇
「201X年。『なろうHANKENフィールド』と後に呼ばれる、異世界への入口が鹿児島県桜島に出現する。その半年後。紆余曲折がありつつも、日本の極秘技術により、異世界転生や転移をした1000名以上の死者・行方不明者の追跡調査が可能になった」
「さらに半年後。宇宙開発や深海開発のように、異世界を行き来することが技術的に可能になったことにより、異世界の研究および資源回収を目的とした『国立研究開発法人_日本異世界研究開発機構(JWXA/Japan different_World eXploration Agency)』が設立される」
「しかし、膨大な数にのぼる異世界を、JWXAが単独で研究開発を行うのは非効率的だという世論の圧力により、一部業務の民営委託化が行われる。それに伴い、異世界サルベージ会社が150社に限って認可されることとなる」
「異世界転移者や転生者が残した『債権』を購入し、無数に存在する異世界の技術や魔法を収集する業務を行う異世界サルベージ会社。認可や設立は、国の厳しい指導監督の下、鹿児島市の『異世界特区』に限り許可されている。なお、本社以外の場所で異世界の情報を取り扱う場合――」
……うん、要点をまとめるだけで、頭がパンクしそう。
ロックでビートなジョンがレ○ンな感じ。
いや、ジョンはポップ系な有名人だから、ちょっと違うか。
ううん、ジョンがメタルでヘビーなロックを歌うくらいのインパクトはある。
とりあえず、脳の休憩が欲しい。
「……グスターちゃん、休憩が欲しいといった表情をしていますね?」
「うむ。流石にちょっと疲れた」
「じゃ、お茶を入れてきますから、ちょっと待っていて下さい」
「ありがとう、ラズベリ。甘いお菓子も頼む♪」
「分かっていますよ。貰い物のシュークリームがありますので、持ってきます」
「ラズベリ、愛しているっ♪」
グスターの言葉に、小さく笑ってから、ラズベリは部屋から出て行った。
手持ちぶたさだから、ラズベリが残して行った会社案内のパンフレットに目を通す。
「異世界民間債権回収会社とは、異世界転移者や転生者が残した『債権』を購入し、異世界の技術や魔法にて利益の回収を行う会社です。なお、JWXAの指導・監督の下に、債権を得たサルベージ会社は独立した交渉権を、その債権を取得した異世界に対して持つことになります。なお、1つの異世界に複数人数の債務者がいる場合、原則として一番始めに――」
うん、目を通すのは止めた♪
難しい話は、ラズベリに噛み砕いて説明してもらうのだ。
◇
お茶を飲んで休憩をした後、異世界の魔法や戦闘といった実務講座に入る。
魔法の理論とかはあまりよく分からなかったけれど、教材用の動画が面白かった。そう、ラズベリの魔法でゴブリンやオークをばっさばっさとなぎ倒されていくのは、ゲームのプレイ動画を見ているみたいで面白い♪
ふりふり♪
ゴキゲンに尻尾を揺らすグスターを見て、ラズベリが「ゲーム脳って恐ろしいですね~」って言っていたけれど、面白いモノは面白いんだ。
ぐちゃっと飛び散るの■■■や、吹っ飛ぶて■■なんて、普通のゲームじゃ見られないから、ついつい鼻息が荒くなってしまう。
そうそう、ラズベリの抜刀術もすごかった。
稲妻がエンチャントされた魔剣? 魔刀? を使って、大きなドラゴンをバラ■■■■。
異世界とか、なろうHANNKENNフィールドといった「魔力がある場所」じゃないと魔法やスキルは使えないらしいけれど、本当にすごかった。うちのばっちゃんが生きていれば、きっと良い勝負ができるかもって思えるくらいに。
◇
動画を見た後、鹿児島市街地にある「ラズベリのおすすめの焼肉屋さん」に連れて行ってもらった。もう、何と言うのか、食べたこと無いけれど、A5ランクを超えた幻のA6ランクというのだろうか?
口の中でお肉がとろける感じ!!
めちゃくちゃ美味かった! しかもラズベリのおごり!!
遠慮する方が失礼だから、いっぱい食べさせてもらいマシタ♪ ゴチデス(≡ω)!!
「……グスターちゃんは、タフなのね……あの映像を見た後で、これだけ食べられるんだから……精神力が合格だと思えば、安い出費よね……」
ごはんの後、ラズベリが小さく呟いていたような気がするけれど、グスターの気のせい――うん、気のせいなのだ。
多分、きっと、絶対に!!
……色々な意味で、領収書の金額は、怖くて聞けない。