第32話_グスターVSばっちゃん
「さ~てと、グスターとは、何から話せば良いかな?」
伝達の魔法経由で聞こえてくる、3年前と変わらない穏やかなばっちゃんの声。
でも、その両手には禍々しい漆黒の闇の炎が生まれていた。
いわゆる臨戦態勢。
「グスターは、私に、何か聞きたいことがあるか?」
両手の闇を腕の中に取り込んで、魔術で装甲を生み出したばっちゃん。
攻撃力が上がったのがグスターにも感じられた。
「……(ごくり)」
思わず、生唾を飲み込んでしまう。
3年前も最強だったのに、魔力まで使えるようになったばっちゃんを相手に、グスターは勝つことが出来るだろうか? いや、勝たなければ交渉することなんて出来ない。
「ん? 返事が無いのなら、話は止めるけれど?」
ばっちゃんが、どうする? と言いたげな視線をグスターに向けた。
話を聞きたいから、グスターは無理をすることを決めた。
話をしながら、戦えば良いだけだ。
「いや、グスターも、ばっちゃんとは話をしたいと思っていたんだ」
「そうか。それなら良い♪ で――何から知りたい?」
そう言いながら、ばっちゃんの右手がグスターの首に伸びる。
ばっちゃんの十八番、瞬間失神に繋がる動作だ。
「ばっちゃんは、おにーちゃんのお嫁さんなのか?」
バックステップで、ばっちゃんの攻撃範囲から距離を取りつつ会話を続ける。
「おお、いきなりストレートに来るんだね、ちょっと驚いたよ」
「誤魔化さないで欲しい」
グスターの声に、ばっちゃんが右回し蹴りを放ちながら口を開く。
「……最初は、保護欲だったよ。異世界で偶然出会っただけ。孫のグスターが大好きなおにーちゃんという『義理の孫』みたいなもんだからね。でも、何度も死線をくぐるたびに、お互いに惹かれていった、それだけだ」
そう言って微笑みながら、ばっちゃんがグスターとの距離を縮める。
激しい拳と拳の応報戦が始まった。
「ばっちゃんとおにーちゃんが3親等以上離れているのは知っている。でも、何か悔しい。――その、ばっちゃんは何故、グスターの姿をしているんだ?」
「ん? この姿か? 異世界転生で単純に若返っただけだよ?」
「え、ばっちゃんも美少女だったのか!?」
グスターの疑問に、ばっちゃんが一瞬だけ手を止めた。
何だろう、ばっちゃんの視線がちょっと痛い。
「何と言ったら良いのか? ツッコミ待ちか? 同意待ちか?」
「ばっちゃんは、生まれた時からばっちゃんだと――ぃたっ!! ちょ、今、石が防御を抜けて来たぞ!!? 素手での戦いじゃないのか!?」
「失礼なことを言うからだ。でも、話を戻すけれど、グスターと若い時の私は、とても似ていたということだ」
ばっちゃんが苦笑する。
何だろう、その質問を聞かないといけないような気がした。
「……。子どもとかは――」
それ以上、言葉が出てこなかった。代わりに、拳と拳の応報戦が激しくなった。
ばっちゃんがやれやれといった表情で苦笑する。
「蓮とそういうことはしているけれど、子どもはまだだよ。もう少しでタライロンが支配する主な属国を全て切り取ることができる。そこまで来たら、多少は余裕ができるだろうから、それまではおあずけなんだよ」
「ぅうぅ……何か、複雑」
「大好きなおにーちゃんを寝盗られた気分はどんな感じ? ねぇ、今どんな気持ち?」
ばっちゃんが口元を歪めながら、軽いノリで聞いてきた。
「ぅが~っ!! 考えないようにしていたのに、手元が狂って殺しそうになるかもしれない――星屑狼拳!!」
「っ、ちょ! その技、本気技っぽいっ! ぅは、ジリジリするね♪」
虹色に輝く狼パンチを、ばっちゃんは綺麗に受け止めた。2発目、3発目も受け止める。
「くっ、この程度じゃ死なないか」
「殺すつもりだったのかい!!」
「もち(≡ω)b」
「……まぁいい、他に何か聞いておきたいことはあるか?」
◇
お互いに時々大技を放ちながら、拳を重ねつつ、話を続ける。
「ばっちゃん達は何を目指しているんだ?」
「世界征服♪」
「委員長のことはどう思う?」
「ライバルは要らない。小娘はちゃっちゃと連れ帰って欲しい♪」
「グスターのことは?」
「会えて嬉しかったよ。だから――そろそろ、本気で戦わないか? こっちの世界で身に着けた奥義を1つ見せてやる♪」
そう言うと、にかっと笑って、ばっちゃんがグスターから距離を取る。合掌するように両手を胸の前で合わせると、ばっちゃんは言葉を続けた。
「身体も温まったことだし、本気で行こうか!」
ぞわりっと背筋が泡立つ。周囲の世界が変わったような気がした。
直後、胸元に「ぽふっ」とした感触。
目の前に、ばっちゃんがいた。
ばっちゃんの手は、無造作にグスターの心臓に伸びている。
直後、ヴィラン先輩の雷魔法に撃たれた時の何十倍もの衝撃が全身に走る。
「ぐっは!」
マーライオンも真っ青なくらい、口から鮮血がほどばしった。
耳鳴りが酷い。
けれど、ばっちゃんの声が聞こえてくる。
「中国伝統の気功法――ってヤツに魔力を混ぜてアレンジしたモノだよ。浸透素勁とでも認識してくれ。体内の気と魔素の流れが乱れて、身体に力が入らないだろう?」
無詠唱の回復魔法で身体を癒しながら、脳みそを回転させる。
「っ、流石ばっちゃんだな。化け物だ」
「女相手にそれは褒め言葉じゃないぞ? もう一発、喰らっておくか?」
「次は、きっちりかわすぞ。ばっちゃんは化け物だ(≡ω)!」
「その減らず口、流石、グスターだよ」
ばっちゃんの姿が消え――いや、違う。良く見ろ。
ばっちゃんは一度、バックステップを使ってグスターの距離感を惑わした後、サイドステップでジグザグに動きながら、懐に入ってきた。
よし、見えている。おもむろに差し出されるばっちゃんの手を迎え討つように、「殺人ねこパンチ」をお見舞いする。
佐藤さんちのモフモフにゃんこから教えてもらった「てふてふ殺し」の必殺技だ。
たしゅたしゅたしゅ☆彡
「くっ――もう、見切ったのか!?」
驚愕の表情で呟くばっちゃん。その両手に集まっていた魔力が霧散する。
でも、グスターの追撃は終わらない。
う~んと、こんな感じかな?
魔力と気を練って、猫の手を作って、動けないばっちゃんに「ぽふり」と触る。
直後、吹き飛ぶばっちゃん。水面を跳ぶ平石のように、魔王軍の兵士を巻き込みながら草原を転がっていく。
……ヤバい、ばっちゃん、死んだかも? グスター、殺人犯?
グスター達を遠巻きに取り囲むギャラリーの魔王軍からも悲鳴が聞こえた。
冷や汗が噴き出る感覚。
そして背後に覚えた違和感に、思わず前方に身体を投げ出して一回転する。
直後、聞こえた風切り音。
「良い、実に良いっ!!」
興奮したような、ばっちゃんの声だった。
「ばっちゃん、吹き飛んだはずじゃ?」
「あれは身代わりの木だよ。忍術の基本じゃないか?」
「あはは……死んだかと思ったぞ」
「まさか。そこまで耄碌していないよ。んじゃ、楽しい戦いを続けようか♪」
ばっちゃんが嬉しそうな顔で、手刀を作って構える。
でも、ソレには乗れない。
「――ばっちゃん、ごめん。時間稼ぎには、もう付き合えないよ」
グスターの言葉に、ばっちゃんが苦笑する。
「あれ? バレてた?」
「うん、流石にお馬鹿なグスターでも気が付くよ。グスターを足止めして、その間に街を落とそうってことだろ? 視界の端の軍が流れている」
「そうか。それじゃ、ちゃちゃっと勝負を決めようか。私を倒して、本陣に向かいな♪ そこには、蓮と委員長がいるぞ」
そう言って飛び出そうとしたばっちゃん。でも、グスターはそれを言葉で止める。
「ばっちゃん、誤魔化さないで欲しい。まずは、進軍中の兵を止めてくれ」
小さな沈黙。そしてばっちゃんが口を開いた。
「嫌だね。魔王軍は、私を倒してから、好きに殲滅すれば良いよ」
交渉は決裂。改めて、ばっちゃんと向き合う。
直後、ばっちゃんが7体の分身を生み出した。
計8人のばっちゃん。どれが本体かは分からない。
グスターもばっちゃんに合わせて分身を生み出す。でも、グスターが生み出せる分身は最大で6体まで。1人分足りない。でも――その瞬間が訪れる。
ばっちゃんの分身と交差する。
グスター自身は、ばっちゃんの分身2つ分を相手にした。
「くっ!」
とさりと音を立てて消えたのは、グスターの分身6体。
ばっちゃんの分身は1体も消えていない。
「……」
声を発することも無く、ばっちゃんとその分身がグスターを取り囲み、八方位から浸透素勁を打って来る。
八つの拳が、めり込んだ。――直後、弾けるグスターの身体。
いや、正確に言うのなら、弾けたのは身代わりの術で入れ替わった、魔力で作られたダミーの人形。
人形が弾けて、煙幕が周囲を包む。
「ばっちゃん、これで終わりだ!!」
ダミーの人形の近くで、1カ所に固まっているばっちゃん達。
そこに向けてグスターが星屑狼拳を放とうとした瞬間――上空から声が聞こえてくる。
「グスター、攻撃する時に声を出すのはデメリットしか無いよ? 忘れたのかい?」
直後、荒れ狂う風と電撃がグスター達を包んだ。
8体いたばっちゃんが全部消える。
ばっちゃんの分身は7体じゃなくて最初から8体。その本体は、太陽を背にしてずっと上空に隠れていた。
「邪悪なる神鳴り!」
ばっちゃんの魔法の発動キーワードで大きな黒い神鳴りがグスターを包んだ。
「案外、歯ごたえが無かったな」
ぽつりと呟くばっちゃん。
「グスターも、そう思う」
「っ!?」
驚いた表情でばっちゃんが振り向いたけれど、もう遅い。
グスターから、距離を取ったけれど、もう遅い。
グスターは、ばっちゃんに「ぽふり」と触った後だから。
「発動(≡ω)」
グスターの声と同時に、ばっちゃんの身体から魔力が弾けた。
グスターの渾身の浸透素勁。身代わりの術で煙幕を張った時に、煙幕の中に分身を1体残して囮にしつつ――ばっちゃんの上を取って待機しつつ――魔力を練っていたグスターの一撃。
気を失ったのか、墜落していくばっちゃん。それを追いかけて受け止める。
直後、あごに感じた風。ばっちゃんの拳が、ギリギリのところで止められていた。
「ばっちゃん――」
「敵に情けをかけちゃダメだと、いつも言っているだろう? ここで私が拳を振り抜いていたら、形勢逆転だったよ?」
ドヤ顔を作るばっちゃん。
でも、少し前までの殺気は感じなかった。
「ぅうぅ……でも、ばっちゃんはそれをしなかったぞ?」
「ああ。気持ち良いくらい負けたからね。ズルして勝とうとは思わない」
地面に降り立つ。ばっちゃんの配下なのだろう、魔族の騎士達が片膝をついて平伏していた。
「ばっちゃん、立てるか?」
「私を誰だと思っている? 孫の攻撃程度で、足腰がどうかなるようなやわじゃないよ」
「そっか」
「そうだよ」
「……魔王軍の進行を止めてくれたのな?」
グスターの言葉に、ばっちゃんが笑顔を作る。
「いや、一時的に休憩をとっているだけだ。だからグスターは、ローリエ嬢ちゃんと蓮の所へ向かいな」
「ばっちゃん、ありがと!」
「礼は要らない。まぁ、なんだ、その――グスター、頑張れよ♪」
「うんっ!」
ばっちゃんとその配下の人達に見送られながら、魔王軍が空けてくれた道を瞬動で進んでいく。まるで海を割ったような光景だなと思いながら走っていると、視界の先に本隊が見えてきた。
あ、委員長とおにーちゃんを見つけた♪
――って、今更、どんな顔をして会えばいいのだろう?
事実上、グスターが一方的に我儘言って、喧嘩別れしてきた状態だし……。
なんか緊張してきた(Tω)




