第2話_おかねがない
学校に向かって走る。
走る。走る。
走る。
「お嬢ちゃん、パンツ! パンツ見えているよ!!」
追い越したおばちゃんが何か叫んでいたけれど、関係ない。
くそぅ、二度寝したのが不味かった。
シャワーを浴びた後に、ついふらりとベッドに入って、ごろごろしていたらそのまま寝てしまったのだ。
気が付けば、いつも家を出る時間。
朝ごはんを食べる暇も無く、急いで制服に着替えて、本気ダッシュで家を飛び出しマシタとも。
◇
そして昼休みがやってきた。
でも、今日はお弁当を持って来ていない。お弁当を作る時間がなかったのだ。
とはいえ、学食には行けない。だって、お金が無いから。
恋しいよ、250円の唐揚げ定食さん。
寂しいよ、180円のきつねうどんさん。
心強い味方、一番安い120円の素うどんさん――すらも食べられない。
お財布を忘れたという訳じゃないんだよ?
お財布は有るんだ。ただ絶望的に、お金が無いだけ。
そう、お金が無いのだ!!
ぐ~ぎゅるる~。
お腹の虫が元気良く鳴いている。朝ごはんを食べてこなかったし、無駄に早起きしちゃったし、3時間目は体育でマラソンだったし……otz
世の中が悪いんだ!
所得格差が悪いんだ!
こーむいんとせーじ家が悪いんだ!(※グスター個人の逆恨みです※)
多分、きっと、絶対だ!!
昨日は3食も、もやしを食べた。
今日は夕食に、もやしを食べる。
明日はついに、もやしも買えない。
いよいよ、煮干しをおかずに白米を食べる生活に突入するのだ。
おとーさんとおかーさんが海外出張から帰って来るまでに、米びつの中の白米が残ってくれることを切実に願っている。お米が切れたら、リアルに水と塩と煮干しのサバイバル生活がスタートするから(Tω)
……うん。
昨日「1ヶ月分の食費」が入ったお財布を落とした自分が、1番悪いって気付いているよ? 知っているよ?
分かっているよ?
そう、現実を見たくないだけ。朝の睡魔との戦いのように、ギリギリまで現実逃避をしたいだけなのだ。
ふふっ、生活費を小分けにしておかないと、いざという時にとんでも無いことになるってよく分かった。これからは何があっても、手元に1万円は残す生活を送ることにしよう。
だから、お願い、グスターのお財布を拾ったエロい人は警察に届けてくれ。
お願いだから、本当に!
とはいえ、世の中、そんなに甘くは無い。
中身が空の財布が届けられたと、警察から携帯にメッセージが入っていた。
夢かと思ったよ。夢だったら、どんなに良かったか。
夢だと……思いたいよぉ!!
だからさ――放課後に「日払い、即日、まかない有り」というバイト情報にふらふらと引き寄せられてしまったのは、ちょっとした運命だと思うんだ。
え? お昼ごはんどうしたかって?
じぃーっと見ていたら、男子も含めて、クラスメイトがパンを1口ずつ齧らせてくれたから、大丈夫だった♪ 思いのほか、お腹いっぱいになったし(≡ω)
◇
放課後になってから約1時間。
色々と電話しみたけれど、「日払い、即日、まかない有り」のバイトは全部断られた。
16歳の女子高生が、日払いのバイトを探しても、現実的に難しいのだと痛感した。
肉体労働系は無理だと言われ、飲み屋さん系は「18歳未満は採用していないの」とやんわりと断られた。
何よりも、保護者の同意が無いとバイトが出来ない。
ごめんなさい、うちのおとーさんとおかーさん、今、海外出張中なのです。でも、だからこそ、お金が無いのです。……。ナニ、この悪循環。
そもそも、うちのおとーさんとおかーさんが急きょ海外出張に行くことになった原因は、おかーさんのおにーさんの息子――つまり、グスターの従兄の――「おにーちゃん」のせいなのだ。
グスターの幼なじみのおにーちゃんはクズだった。
東欧と日本で小さな水産会社を経営するおとーさんに数千万円分の連帯保証人のハンコを押させて、笑顔でグスターを「お嫁さんにしてくれる」って約束したのに……たった半年で行方不明になってしまうのだから。
おにーちゃんの――くず。クズ。屑!
おかげでうちの水産会社は火の車。
娘の入学式の翌日に、海外へ新規販売先&輸入元を開拓するために夫婦で出張しないと美味しいごはんが食べられなくなるという、とてもピンチで悲惨な状況。
グスターの大学への進学だってちょっと危うい。
ぅうぅうっ――おにーちゃんの馬鹿ッ!!
そして、そんなおにーちゃんのことが、まだ大好きな自分を殴りたいっ!!
好きなんだもん、小さいころからずっと好きなんだもん。毎年、日本に滞在する桜の季節の前後2~3ヶ月にしか会えなかったけれど、グスターとおにーちゃんは、運命の赤い糸とこのキュービック・ジルコニアの婚約指輪で繋がっているんだもん。
……多分、きっと、絶対に!!
はぁ……お腹空いた。
お財布の中に入っているお金は、残り44円。税込み22円のもやしが2つも買える♪
こんなことになるんだったら、お年玉とかお小遣いを、もう少し残していたら良かった。先月買った新発売のVRゲーム機を我慢しておけば――いや、その選択肢は無いか。
こうなったら、B●●K_●FFに……P●3とか他のゲーム機を売り払うか? 中古だから、そんなに値段はつかないかもしれないけれど、ソフトも一緒に売ったら、1ヶ月はしのげるかも? 1ヶ月1万円生活とかテレビでやっているのを見たことがあるし。
でも、頭の中の天使がぽつりとつぶやく。
「旧作のゲームが出来なくなるよ? 売る時は安いくせして、買い戻す時は高いよ?」
頭の中の悪魔がそれに反論する。
「でも、ここで売らなきゃ、そもそも、生きていけなくなるよ? 美味しいごはんが食べられないよ? 白米をおかずに白米を食べる生活は、栄養が偏るよ?」
うん、ご飯が食べられないのはちょっと不味い。ここは悪魔の意見を採用しよう。
「――くっ、殺せ!」
冗談っぽく天使がドヤ顔で言っていたけれど、お言葉に甘えて、きゅっと〆させてもらう。
往生際悪くジタバタしていたけれど、グスターには関係ない。ご希望通り、天に召されるお手伝いをしてあげたのだ♪
こうして、グスターは意気揚々とB●●K_●FFへと向かうことになった。今日の晩御飯は、1人焼き肉(ジュース付き2,500円税込)かな♪
◇
結論から言う。ダメだった。
身分証明書として学生証を出したら、保護者の印鑑と署名が必要だと言われて、微笑ましい子猫を見るような笑顔で断られてしまった。
うん、重たい荷物を25L入りのデイパックに入れて、路面電車(定期券があるからタダ)を使って高見馬場電停までやって来た、グスターの労力を返してくれ!!
ぅうぅ……こうなったら、クラスの友達にお金を借りるか?
500円ずつ、20人に借りたら10,000円になるから、1ヶ月は生きていけるかも。
でも、何というか、友達とはいえ他人に借金をするのは心苦しいんだよな。
お昼のパンをねだるのとは重みが違う。借金で失敗したおにーちゃんの前例を見ているし、借金すると変な力関係が生まれるし……とか考えながら家に帰ってくると、黒いスーツを着た、黒髪ボブカットの綺麗なお姉さんが玄関の前に立っていた。
思わず、見惚れてしまうくらいの美人さん。胸も大きい。多分、Eカップくらいある。
でも……あれ? なんで、うちの玄関の前に立っているのだろう? このままじゃ、グスター、家に入れないよ?
とか考えていたら、お姉さんと目が合った。にこっと微笑んで声をかけられる。
「初めまして、春星さんでしょうか?」
「ええと……」
見知らぬ人に、個人情報を与えるのは良くない。いくら相手が女性だと言っても、このご時世だから。
グスターが返事に迷っていると、お姉さんが胸元から名刺を取り出した。たゆんと大きな胸が揺れたのは――う、羨ましくなんかないんだからねっ!!
「わたくし、株式会社_異世界トレジャーサルべージ部の主木いちごと申します。白木蓮さんの件で、お話を伺いたくて参りました」
「えっ! おにーちゃんの件で!? 何か、新しい情報が入ったんですか!?」
思わず叫んでしまっていた。
けれど、主木さんは迷惑そうな顔はせず、にっこりと微笑んで、こくりと頷いてくれた。
「はい。実は――白木さんは今、異世界にいるみたいなのです」
◇
外で立ち話もあれだからと、主木さんを家に上げてお茶を出す。
リビングに移動するまでの間に、主木さんが簡単に事情を説明してくれたのだけれど……何を言っているのか、グスターは理解が追い付かなかった。
グスターの大好きなおにーちゃんがいるのは遠い異世界? 危険がいっぱい?
何それ、おにーちゃんの部屋にあった、可愛い女の子がたくさん出てくる、ちょっとエッチなゲームの世界でしょ!?
ふふっ、グスターは知っている。
異世界って、どうせおっぱいがいっぱいな世界でしょ(怒)!!