第25話_再会
魔王城、そこは普通の城塞都市だった。
グスター達は、魔王城がある城下街のさらに外――いわゆる高い城壁の外側にいる。
「こんにちは~。日本異世界研究開発機構、JWXAから強制執行に来ました~。白木蓮さんに取り次ぎをお願いできますか~?」
ソフトな口調で、水神さんが門番に話しかける。
JWXAと名乗るいきなりの来訪者に、門番は笛で応援を呼び、門の周囲が魔族で固められる。早速攻撃魔法の詠唱が聞こえ、弓矢が構えられた。
うん、確実にJWXAは、おにーちゃんに敵認定されている。
一方で、こっちはおっちゃん達が魔法障壁を張っている。もちろんグスターも、みんなを守るために魔法障壁を張った。
「強制執行の邪魔をされるのでしたら、武力行使させて頂きますが、よろしいでしょうか~?」
ソフトな口調の水神さん。緊張感が無くて、何と言うのか……めっちゃシュールな光景に見えてしまう。
門の上から、攻撃魔法と矢の雨が降ってくる。
「――はい、『威力を用いて、立入り、占有者の確認その他の強制執行の行為を妨害した』とみなして、強制的に立ち入らせてもらいます。ファーストさん達は、いつも通りよろしくお願いします。あ、なるべく死者や怪我人は出さない方向でお願いしますね?」
「ああ、了解している」
スキンヘッドのおっちゃん――もとい、ファーストさんが、そう言ってからは早かった。
ボディガードのおっちゃん達が一方的に魔族や魔物を薙ぎ払って行動不能にさせて、門を魔法で突破して、城下街に入る。
王城に続く道にも、魔王軍の兵士や魔物達が固まっていた。
「すべて薙ぎ払うぞ!!」
そう宣言した通り、おっちゃん達は水神さんを中心に、真っ直ぐ歩いて行く。流石レベル800。おっちゃん達は、本当に強いな。
斬りかかって来る者や攻撃魔法を打ち込んでくる者だけを迎撃し、王城までの中間地点――噴水のある広場――までやってきた。
と、噴水の前に魔王軍の兵が固まっている。
「ちょいと厄介な奴が混じっている。相手に大怪我をさせるかも知れないが、水神さん、仕方ないよな?」
スキンヘッドのおっちゃんの言葉に、水神さんが首を縦に振る。
「もう一度だけ、強制執行に応じるように呼びかけます。それを拒否する場合には、殺傷を許可します」
「了解した」
おっちゃんの言葉の後、水神さんがこちらを警戒している魔王軍の兵士達に声を掛ける。
「こんにちは~。日本異世界研究開発機構から強制執行に来ました~。白木蓮さんに取り次ぎをお願いできますか~?」
水神さんの呼びかけに、兵が割れて――黒い仮面をつけた女性が現れた。
身長は170センチくらい? 長い黒髪に同じ色のドレスアーマー。全身が漆黒のオーラで包まれている――って、あれ?
「……委員長?」
グスターの声に、仮面の女性が歩みを止める。
戸惑うような雰囲気を感じたけれど、ここで引くなんてありえない。
「委員長だよな!? 委員長だったら、顔を見せてくれ!!」
「はぁ……」
気だるそうな大きなため息。聞き覚えのある、つまらなそうなため息。委員長が、怒っている時やあきれた時に、よく漏らしていたため息。
「……グスターさんの目は、誤魔化せませんね」
仮面の女性が顔を晒す。委員長だった。
「委員長!! 生きててくれたのか!!」
駆け寄ろうとしたグスターの前に、委員長の隣にいた魔族の兵士が放った攻撃魔法が突き刺さる。
「え? な、んで……?」
理解が出来なかった。
委員長が手を上げて合図をしていたのだ、グスターを牽制するように。
「委員長? なんでこんなことをするんだ?」
「ごめんなさい、グスターさん。今、JWXAに強制執行をさせる訳にはいかないのです」
「委員長?」
「ここで引いてもらえませんか? JWXAの強制執行なんて、到底受け入れられる条件ではありませんので」
委員長の言葉に、水神さんが口を開く。
「受け入れようが、受け入れられまいが、強制的に動産を差し押さえさせて頂きますよ? それがお仕事ですから」
「そうですか……グスターさん、知っていますか? 主木先輩と釈迦頭先輩はご存知かもしれませんが、グスターさんが今回の事件の真実に気付いているとは到底思えません。JWXAは、意図的に今回の強制執行を引き起こしています」
「え? どういう意味だ?」
グスターの呟きに、委員長が言葉を続ける。
「結論から言います。JWXAは蓮さんに対して、強制執行が可能になる条件をわざと作り出して、債権の回収を一回で終わらせようとしているのです」
「??? どういう意味だ?」
「そうですね……ちょっと説明しましょう。グスターさん、お父様の水産会社が、ある日突然、銀行から借りているお金を一括で返せって言われたらどうなりますか?」
「美味しいごはんが食べられなくなるな。下手したら、もっとヤバいことになる」
「そうですね、倒産しますよ、普通の会社なら。――それと同じことをJWXAはしようとしているのです」
委員長の言葉に、水神さんが苦笑する。
「黙って聞いていたら、人聞きが悪いですね……長期的に回収するよりも、今、回収できる資源を一気に回収した方が、メリットが多いというだけですよ?」
「異世界のパワーバランスが崩れても、JWXAは関係無いって印象を受けますね。――そう言うのを、何と呼ぶのか知っていますか?」
「貸しはがし?」
グスターの言葉に、委員長と水神さんの声が重なる。
「「いや、グスターさん、JWXAはお金を貸していませんから」」
「――っ! こんなところでハモらなくても良いだろ!? 本当は、何って言うんだ!?」
グスターの叫びに、委員長が小さく噴き出す。
「それは、元の世界に帰ってから、ググって下さい(≧ω)♪」
「委員長……見事なドヤ顔だな?」
「ふふっ、グスターさんと話していると、昔のことが――学校に通っていた日々が――昨日のように思えてきます。懐かしいですね」
「委員長、寂しいことを言うなよ? 今から、帰ろう?」
「それは多分、不可能ですね」
「何でだ?」
すぅっと委員長の瞳が細くなる。
それはまるで、人間を警戒する獣のような目つきだった。
「さて――本題に入りますか。蓮さんが、最初からJWXAに債務を分割で支払うと言っていたことはグスターさんも知っていますよね? その後に、異世界調査会社の交渉員が何者かに襲われたことも、それが蓮さんの仕業になっていることも、そして賠償を蓮さんが求められていることも、事実無根だと拒否していることも」
「ああ。おにーちゃんはやっていないって言っているんだろ? グスターもおにーちゃんを信じたいが……証拠があるって水神さんが言っていた」
「それはそうでしょう。交渉員が重傷を負ったのも、私が帰還の指輪に細工されて帰れなくなったのも、全てはそこにいる水神さんが仕組んだことですから。――そうですよね、水神さん?」
「……何のことですか?」
「とぼけても無駄ですよ? 交渉を終えた交渉員が帰還する前に負傷した際、鑑定スキルを持つ魔王軍の兵士が遠距離から見ていたのですよ。そこのスキンヘッドの方が、魔王軍の兵士に変装して交渉員を襲ったことを」
「言いがかりですね」
水神さんの言葉に、ファーストさんが頷く。
「だな。俺は知らない」
「それだけではありません。私がこの世界に来た時、帰還の指輪の状態がおかしいと言って付け替えるようにこっそり指示したのは誰ですか? 帰還できない紛い物に変えるだけじゃなくて、帰還のキーワードを唱えると致死性の毒が体内に打ち込まれるように細工された指輪を私に渡したのは誰ですか? 水神さん、あなたですよね?」
「……はぁ、それが本当だとしたら、貴女は何で生きているのですか?」
「あたしが助けたからだよ?」
そう言って音もなく現れたのは、もう一人のグスター。ばっちゃんだ。
水神さんの表情がこわばる。
「あなたは――」
「致死性の毒で苦しんでいたローリエ嬢ちゃんを助けるために指輪を破壊して、毒に侵された腕を切り離して――死んだと思われるように細工して……まぁ、あとはちょこっと忍術の訓練をしてやった程度だけれどな♪」
「――で、2人は強制執行の手続きの邪魔をするのですか? 邪魔をするのなら、強制的に排除させて頂きますが?」
「ちょっと待て! これじゃ、どっちが悪者か分からないぞ? おにーちゃん達を罠にはめて強制執行になるようにしたのは、ズルいんじゃないか? 無効じゃないのか?」
グスターの言葉に、水神さんが首を横に振る。
「いいえ? 真実がどうであれ、JWXAの許可はもらっていますから、強制執行の続行は可能ですよ?」
「おにーちゃんは、普通に分割でなら支払うって言っているんだろ!? 強制執行しなくても、良いじゃないか!!」
「いえ、もう決まった手続きですから。それとも――異世界トレジャー・サルベージ部のみなさんは、強制執行を妨害するのですか? サルベージ免許の永久停止もしくは剝脱処分になると思いますけれど?」
「――っ! でもっ!!」
「グスターちゃん、止めなさい」
「ラズベリっ!!」
「……(グスターさん、ここは水神さんの判断に従うしか無いよ)」
「でも! でも!」
「グスターちゃん、言うことが聞けないのですか?」
「でも!!」
「――仕方ありませんね、先に、元の世界に帰ってもらいましょうか」
ぞくりっと寒気がしたから、慌てて帰還の指輪を外して、遠くに投げる。
その直後、指輪だけが瞬間移動するみたいに虚空に消えた。
「グスターちゃん、どういうことですか?」
強制的な帰還をグスターが拒んだことで、ラズベリが作り笑顔になっている。
でも、怖いけれど、グスターははっきりと言わなきゃいけない。
「ラズベリ、ごめん、グスターはおにーちゃんの側につく。強制執行なんてさせない!!」
グスターの言葉に、水神さんがゆっくりと口を開いた。
「おままごとはこのくらいにしておきましょうか。異世界トレジャー・サルベージ部の従業員が強制執行の邪魔をしたということで、よろしいでしょうか?」
ラズベリが首を横に振る。
「いいえ。彼女は従業員ではありません。まだ仮入部――そう、試用期間中でしたので、つい先ほど、適性が無いと判断してクビにしたところでした」
「そうですか。それじゃ、あの方は、『異世界に迷い込んだ一般人』と考えてよろしいですね?」
「はい。排除して下さって構いません」
何だろう? とても嫌な響きに聞こえた。
「異世界トレジャー・サルベージ部さんとは、もう無関係だと?」
「ええ。だから、排除してもらっても構わないです。意味分かりますよね?」
「……(右に同じく)」
作り笑顔でラズベリとヴィラン先輩が言葉を口にした。
でも、グスターに向けた瞳は、まるでゴミを見るかのような冷たい目をしていた。
本能的に理解した。
ああ、グスターはラズベリ達に見捨てられたんだな。
そりゃ、我がままをいっぱい言った覚えや、調子に乗ってお肉を食べすぎたことはあるけれど、こんなに簡単にラズベリがグスター達を切り捨てるなんて……いや、ラズベリにとっては、会社が一番大事なんだって何となく分かる。ラズベリにとって会社は子どもみたいなものだから。ラズベリは一生懸命だから。毎日、真剣に生きているから。グスターとは違うから。
……でも、なんでだろう、胸の奥が「ぎゅっ」てなって苦しい。涙が溢れそうになって苦しい。怒りとか悲しみとか、そんな言葉じゃ足りない色々な気持ちが、ごちゃまぜになって身体が震える。
水神さんがゆっくりと首を縦に振る。
「では、対等な取引ということで、異世界トレジャー・サルベージ部さんの免許停止の話は無かったことにしましょう。――という事情ですからファーストさん、その娘達に後で騒がれるのが面倒です、処分して下さい」
水神さんの言葉に、スキンヘッドのおっちゃんがため息をつく。
「はぁ~、女の子を手に掛けるのは良心が咎めるよ。そっちの嬢ちゃん達も、会社のために躊躇なく仲間を売るって良い性格しているのな? でも――仕事だし、なるべく楽に逝けるように殺すから、ケモ耳の嬢ちゃん達も許してくれよ?」
スキンヘッドのおっちゃんの言葉で、他のボディガードのおっちゃん達も武器を構える。
ぴりぴりと空気が帯電する。凄まじい殺気だ。
直後、おっちゃん達が跳んだ。グスターに1人、委員長とユーカリに4人。
ちらりと見ると、ラズベリとヴィラン先輩は――うん、笑顔でひらひら手を振っていた。何だろう、余裕の表情が、ちょぴっと心に引っかかる。
「嬢ちゃん、悪く思うなよ?」
スキンヘッドのおっちゃんが、アイテムボックスから日本刀のような武器を取り出す。多分、S級以上の武器だ。普通の刀と同じ有効攻撃範囲だとは思っていない方が良いだろう。相手はレベル800。油断したら首を飛ばされる。
グスターも、アイテムボックスからラズベリに貰ったS級の小太刀を取り出す。
コレは頑丈さが売りで受け流しに特化した武器。グスターの忍術に相性が良くて、動きも邪魔しない。
「――」
音もなくおっちゃんが刀を抜く。直後、感じる恐怖のままに、小太刀を抜く。
ぱきぃんっ! といった乾いた音が響き、お互いの魔法障壁が切り裂かれて虚空に消えた。
そして――
「ぅくっ!!」
――地面に膝をついた。
おっちゃんが。グスターには怪我は無い。
それと同時に、委員長やユーカリの方も勝負がついたみたいだ。
もちろん、2人の圧勝という意味で。
「な、何故っ!? こっちはレベル800なのよ!? 一撃だなんて――あり得ないわ!!」
水神さんが驚いた顔をして叫んだ。
それに対して、ばっちゃんが、勝ち誇るように言葉を紡ぐ。
「レベルだけに頼った戦い方をしている相手に、負ける方が難しいわ」
ばっちゃんが、くないを水神さんに向けて投げる。
投げられたくないが水神さんの肩を貫いた。
「くっ――今日は引かせてもらいます!! 緊急帰還!!」
水神さんとおっちゃん達、そしてラズベリとヴィラン先輩の姿が光に包まれる。
ラズベリとヴィラン先輩の方を見ると――にっこりした笑顔で、グスターだけに分かるように、小さく手を振っていた。
「あ・と・で・迎・え・に・行・く・か・ら・ね・♪」
ラズベリが口パクでそう言ったのが理解できた。
その言葉で、ラズベリ達が演技をしていたことに気が付いた。うん。ラズベリとヴィラン先輩は、グスター達を裏切っていなかった。
思わず笑顔になっていた。
胸の中でもやもやしていた気持ちも、すとんと軽くなった気がする。
「ラズベリ、一時的にでも、本気で疑ってごめん」
そう呟いて――ふと覚えた違和感。タイムラグの後に訪れる、底知れない恐怖。
この件が終わったら、こってり油をしぼられるのは確実だぁぁぁ……(Tω)
◇
「さて、グスターさん」
水神さんやラズベリ達が消えたことを確認した委員長が、グスターに話しかけてきた。
「蓮さんに会いに行きましょうか」
委員長はとても良い笑顔。ばっちゃんは、無表情で目を閉じている。
……何でだろう? とてもとても悪い予感がした。




