第23話_修行
お葬式の後、ヴィラン先輩に付き合ってもらって、グスターは疑似異世界に来ていた。
本当はラズベリに頼もうと思っていたのだけれど、ラズベリは社長という責任者だからどうしても外せないお仕事があるらしく、ヴィラン先輩が代わりに付き添ってくれたのだ。
ヴィラン先輩が、若干、緊張した顔で口を開く。
「……(グスターさん、本当に召喚するけれど……大丈夫?)」
「ああ。ポチっとやってくれ」
決めたのだ。
グスターは、おにーちゃんを殴る。
殴った後のことは、殴ってから考える。
でも、おにーちゃんを殴るには、誰にも負けない力が要る。
もちろん、もう一人の自分にも負けない。
グスターは、誰にも負けない。
「……(気を付けてね? レベル差が120あるんだよ? 死んじゃったら、桂樹さんの仇は取れないから、絶対に気を付けてね?)」
「分かっている。隠しコマンドを入れて、早く始めてくれ!!」
「……(分かった。3――2――1――召喚!!)」
ヴィラン先輩の言葉と同時に、金色の魔法陣から筋肉ムキムキな坊主のおっさんが出てきた。金剛鬼神という名前のモンスターだ。
お経を唱えながら、ゆっくりとこっちに近付いてきて――消えた。
「かはっ!!」
くっ、あばら骨が2~3本折れたかも。
「っぎゃ!!」
左手がちょっと折れた。
「……(グスターさん!! 緊急てぃ――「まだだっ!!」――えっ?)」
ヴィラン先輩が緊急停止をしようとしたのを、叫ぶことで止める。
安全なパワーレベリング? 何だそれ?
グスターはいつも、ばっちゃん相手に、死線の向こう側で戦っていたじゃないか。
本気でケンカして、殺される一歩手前になったことが何度もあったじゃないか。
そうやって、強くなってきたじゃないか!!
ばっちゃんに比べたら、金剛鬼神の動きは、まだ読める。
初速のギアを上げ損なって、最初は見えなかった金剛鬼神の動きだけれど――今は、ちゃんと見えている。
金剛鬼神の攻撃を受け流しながら、上級回復薬をあおり、考える。
レベル差が100ある圧倒的な強者に勝つためには――頭を使うしか無い。
かなりポンコツだって自覚はあるけれど、ヴィラン先輩には「ハイブリッドじゃなくてつーすとみたいだ」って何かよく分からないことを言われたけれど、グスターは、やればできる娘なんだ!
そう、今のグスターには武器がある。
ケモ耳で感じるんだ。
相手の音を。
尻尾でバランスをとるんだ。
大胆な攻撃を。
全身で感じるんだ。
空気の流れと相手の動きを。
決めたのだ。
グスターは、おにーちゃんを殴る。
殴った後のことは、殴ってから考える。
でも、おにーちゃんを殴るには、誰にも負けない力が要る。
グスターは、誰にも負けない。負けちゃいけない。
グスターは、もっと強くなる。
◇
委員長のお葬式から地球時間で3日が過ぎた。
今日が強制執行の当日になる。
現在、地球時間で午前6時58分。
強制執行は午前10時からだから、その前に桜島にあるJWXAの庁舎に出向いて、JWXAの異世界転移の専門部屋から、おにーちゃんのいる異世界へ移動することになっている。
「グスターちゃん、これが最後の召喚よ? 10分間もたせなさい!」
今朝方になって途中で合流してくれたラズベリが、最後の魔物召喚プログラムの起動準備に入る。
「ああ、ラズベリ、頼む」
「3――2――1――召喚!!」
ラズベリの言葉と同時に、金色の魔法陣から筋肉ムキムキな鬼が出てきた。
金剛鬼神から2クラス上の上位種「金剛武神」だ。
でも、召喚は1体じゃ終わらない。2体目、3体目、4体目と増えて行き、最終的には6体が現れた。
「影分身!」
グスターも分身を5体作って、金剛武神との戦闘を開始する。
ケモ耳で音を聞き、尻尾でバランスを取り、全身で空気の流れを察知する。
グスターの分身の半分3体は、金剛武神の攻撃を避けるだけに専念。
残りの半分は本体のグスターと一緒に、型稽古のように寸止めで金剛武神に攻撃をする。
それぞれの分身がバラバラな動きを取るけれど、グスターには、全ての動きが鮮明に脳で処理出来ている。
グスターが、この疑似異世界に潜ったのは、4日前の夕方。
おにーちゃんを一発殴るために、地球時間換算で3日と13時間の修行をやってきた。
異世界換算だと5100時間だから約210日だ。グスターのレベルも713に上がっている。
「残り3分!!」
ラズベリの声が響いた。
さて、そろそろ本気を出そうか!
「はっ!!」
気合いを入れて、分身の身体を操作する。
全身のバネを使って、右手の手刀を敵に打ち込み、そのまま首を狩って足払い。
金剛武神は瞬間失神を起こして昏倒する。
立っているのは、最初に召喚された1体のみ。
「■■□■□□」
お経のような魔法を唱えて、金剛武神の身体が光る。それは、倒れている他の5体も同じで――3秒後、その光が1つに重なり爆発する。
そして、爆心地から現れたのは、3メートルを超える巨大な金剛武神。
巨体になっても動きは素早いまま。
丸太のような手足が、音を立ててグスターに襲いかかる。魔力で防御力を多少上げているとはいえ、魔法障壁を張っていない状態だと直撃したら大怪我だろう。
でも、グスターの敵では無い。
最小限のバックステップとサイドステップで攻撃をかわし続ける。
「残りあと30秒!」
ラズベリの声が響いた。うん、そろそろ勝負を決めよう。
「空に輝く無数の星よ、その赤き、青き、白き、黄色き、緑き炎を身にまとい、グスターの呼びかけに応じよ! ――」
腰を落とし、大地を踏みしめ、力を溜めた後、正拳突きを放つ。
「――星屑狼拳!!」
拳から放たれた、流れ星型の魔力の塊が、金剛武神を蹂躙する。
1、2、3、4、5発、6発と耐えていた金剛武神だけれど、7発目で首をのけぞらせ、8発目で膝を折り、9発目で吹き飛んで――10、11、12、13、14、15発と連続で流れ星をその身に受けて――ガラスが砕けるように虚空に消えた。
◇
様式美として7発の流れ星を空に向かって打ち上げた後、最後に残心をとって、腕を下げる。
よし、絶好調!!
グスターの分身が消えたのを確認してから、ラズベリが話しかけてきた。
「グスターちゃん、お疲れさま」
「……(最後の仕上げは、上手くいったみたいだね)」
ヴィラン先輩もどこか嬉しそうだ。
「ラズベリ、ヴィラン先輩、ありがとうござイマス!! おかげで強くなれマシタ!!」
グスターの言葉に、2人が小さく微笑む。
「……(いやいや、ボクらは何もしていないから)」
「グスターちゃんが、グスターちゃんの力で、強くなったのですよ」
「でも、1人じゃ訓練も出来なかったデスカラ。だから、2人のおかげデス!!」
ラズベリとヴィラン先輩が、困ったように顔を見合せて――
「あぅちっ!」
いきなりグスターにチョップしてきた。
「ちょ、何をするんだ??? びっくりするじゃないか!!」
「……(うんうん♪)」
「グスターちゃんに丁寧語は似合いません♪ いつものお馬鹿なグスターちゃんでいて下さい」
「お馬鹿な、って失礼だなぁ……」
「……(そうじゃないと、気が詰まるんだよ)」
「日常が、変わってしまったみたいで――寂しく感じるのです」
うん、「みたい」じゃなくて、委員長がいなくなってしまったんだけれど……ラズベリも分かっていて、あえて言っているのだとグスターにも理解できた。
多分、委員長のことを口にするのが、ラズベリもつらいのだ。
体感時間で210日が過ぎたグスターでさえ、委員長のことを思い出すと気持ちがもやもやするのだ。ラズベリは今朝方まで仕事をしていたみたいだから、委員長のことを整理する時間は、もっと少ない。
湿っぽくなった空気を変えるように、ラズベリがパンパンと手を鳴らす。
「さて、それじゃ、地球時間の8時には桜島本社に戻りますから、準備をしましょう。1時間×60倍で約2日分の時間がありますから、少しだけ、ゆっくりしましょうか♪」
「……(グスターさんは、取りあえずお風呂に直行だね)」
「え? なんでだ?」
「……(言っても良いの?)」
ヴィラン先輩がちょっと気まずそうな顔をした。
「え? 何だ? 言って良いぞ?」
「……(んじゃ、遠慮なく♪ 今の、グスターさん、めっちゃ汗くさいよ?)」
「はぅっ!? 乙女にそのキーワードは、NGだ!!」
「……(近寄らないで! グスターさん、ウェット感が半端無いよ!!)」
抗議のために近付いたら、遠ざかられた。えぐっ(Tω)ノシ
「い~じ~め~だ~!! ――って、ラズベリもグスターから逃げるのか!?」
慰めてもらおうと思ってラズベリに抱きつこうとしたら、逃げられた。ひぐっ(Tω)ノシ
「いや、その、何と言うのか……汗だくの『濡れ犬』状態で抱きつかれるのは、ちょっとご遠慮願いたいかな~と思いまして……(苦笑)」
「ううっ、ううっ、良いもん!! お風呂入って来るもん!! バラの匂いがする高いシャンプーで、さらっさらのケモ耳&尻尾になって来るもん!! でも、触らせないからなっ!! 3日くらい、グスターの尻尾、触らせてあげないからなッ!!」
「「はいはい。行ってらっしゃい♪」」
ぅうぅうぅ~っ。
ラズベリとヴィラン先輩の馬鹿ッ! もう、お風呂入って来るっ!!




