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第22話_委員長

「ぅふふっ、ごちそ~さまっ♪」

音もなく、そっとおにーちゃんから唇を離すもう一人の自分。


おにーちゃんが、おにーちゃんが、おにーちゃんが、おにーちゃんが、おにーちゃんが。目の前でもう一人の自分に穢された……(Tω)


「こら、ユーカリ、あんまり遊ぶな。グスターが固まっている」

「やんっ! 子ども扱いしないでくれるっ!?」

ユーカリと呼ばれたもう一人の自分。その頭を、おにーちゃんがガシガシとしている。

……。

何だろう、この黒い気持ち。


ゆっくりと、おにーちゃんがこっちを見て口を開いた。

「グスター、わざわざ会いに来てくれてありがとう。会うまでは、正直、何って行ったら良いのか悩んでいたのだけれど――こうして目の前にしたら、すぐに言葉が浮かんだよ。ありがとう。そして、ごめ――「おにーちゃん! 異世界サルベージに協力して!! このままじゃ、強制執行になって無理矢理、魔法道具を回収されちゃう!」」


うん。グスターは、弱い人間だ。

気が付けば、仕事の話で、おにーちゃんの気持ちを誤魔化していたのだから。

おにーちゃんが、困ったような表情を浮かべる。


「悪いけれど、今は話し合いに協力出来ない。最初は通常の支払いをする方向で話がまとまっていたのに、やってもいない傷害事件の賠償を言い出してきたのはJWXAの方だから」

「でも、おにーちゃん、グスターはおにーちゃんと戦うのは……嫌だよ!!」

「グスターは、やっぱり、そっち側の人間だよね……ごめん」

流れる沈黙。空白しかない選択肢。


何を言ったら良いのか、グスターには分からなかった。

ゆっくりと、おにーちゃんが言葉を発する。

「――ユーカリ、この人達を追い返して。一応、殺さないようにね」

「分かった♪」

直後、ユーカリの姿が消えた。6つに分身して、グスター達に肉薄する。

――っ、分身!?


その直後、喉仏を折る勢いで突き出された手刀を、右に避ける。でも、振り払うような動作で手刀がグスターの首を追いかけてきた。

バックステップでそれをかわして、逃げ切ったと思った瞬間、腕が異様に伸びた。そのまま首を捕まれて――後頭部に風を感じた時には意識が暗転する。


「っ!?」

訳が分からない。

この技は、ばっちゃんの十八番、瞬間失神(ブラック・アウト)

首狩りと足払いを同時に起こし、首を締めながら通常の数倍のGを生み出すことで、脳の血流を遮断する危険な技。

かけられた者は受け身をとることすら許されないから、ばっちゃんの流派の奥義として秘匿されているはずなのに、どうしてコイツが使え――

「がふっ!!」

一瞬遅れて、地面に叩きつけられていた。


目の前がチカチカして、全身が寒くなる。

「ど、どこでこの技を――」

「さぁ? 瞳と心が曇っているような相手に、答える理由は無いかな。自分の目で、『おにーちゃん』の真実を見つけたら?」

グスターの腕と肩を抑えつけながら、ユーカリが興味無さそうな声で呟いた。

周囲に視線を巡らせる。

不味い、みんなユーカリの分身に捕まっている。


「――緊急(エマージェンシー)帰還(リターン・ゲート)!!」

ラズベリの声が響いた瞬間、グスター達は白い光に包まれた。

歪む視界の先で、黒髪のグスターが口を動かす。


「次は、命をもらうから。だから、もうこの世界には来ないで――花ちゃん」


ばっちゃん(・・・・・)の声だった。


 ◇


目の前が真っ白になって、ぐらぐらして、ぐるぐる回っている。

でも、それは10秒くらいで徐々に収まっていく。

「――っ、ここは、どこだ?」

グスターの声に、ラズベリから言葉が返ってくる。

「っ、元の世界です。異世界から緊急帰還しました」

そう言われて周りを見ると、JWXAの異世界転移専用室だった。……めまいが酷くて、すぐには分からなかった。


「……(まだ頭がくらくらする。あのグスターさんにとても似ていた、ユーカリっていう死神みたいな女の子、相当な使い手だね)」

ヴィラン先輩の言葉に、草原さんと水神さんが言葉を続ける。

「わたしも一撃、貰ってしまいました。これでもレベルは高いのですが」

「僕も同様です。こんなに一方的なのは、初めてですよ」


みんな、ユーカリがグスターのばっちゃんだとは気付いていないみたいだ。……どうしたら良いのだろうか? ばっちゃんが敵に回っているのだとしたら、相当不味い。

でも、このことをみんなに伝えても良いものか? ……正直、悩む。

「あれ?」

ふと、違和感を覚えて――すぐにそのことに気付いた。

「なぁ、ラズベリ?」

ラズベリに話しかける。


頭を押さえながら、ラズベリが返事をしてくれた。

「グスターちゃん、どうかしましたか? ごめんなさい、まだ、ちょっとダメージが残っていて話すのがつらいのですが……」

「なぁ!!」

グスターの声に、ヴィラン先輩が不機嫌そうな表情を浮かべる。

「……(グスターさん、どうした? らしくないぞ?)」

でも、今は、それどころじゃない。


「――委員長がいないんだ……」

「え?」「……(マジで!?)」「「っ!?」」

みんなの声が重なった。そう、委員長以外の、全員の声が。

「なぁ、委員長は先に帰って来ていて、トイレに行っているとかじゃ――ないよな?」

グスターの希望がこもった声を、ラズベリが首を振って否定する。

「緊急帰還の場合、帰還のタイミングは同じになりますので、時間がずれることはありません」

「それじゃ、委員長は――」

一瞬、言葉が出てこなかった。

でも、グスターの言葉の続きを水神さんが告げる。

「異世界に取り残された可能性があります」


「ラズベリ、行くぞ、異世界に!!」

「待って下さい! グスターさん!! 今の減少したHPで向かったら、何の用意もせずに向かったら、今度こそ殺されてしまいます! せめてHPだけでも回復させて、装備も整えてから行きましょう!!」

「魔法薬だな! エリクサーを飲むぞ」

「いえ、エリクサーは、あっちで戦いになった時のために取っておいて下さい。四肢の欠損が無いので上級ポーションで十分です。――が、上級ポーションも、まだ飲まないで下さいね、グスターさん?」

「お、おう。危うく、飲むところだったぞ。――でも、急ぐぞ!?」

戸惑っているグスターに、ラズベリが「落ち着け」って視線で訴えてきた。

怖い時の視線と同じだから、尻尾がビクッと反応してしまったけれど、なぜか落ち着くことが出来た。


ラズベリが、ヴィラン先輩に視線を向ける。

「実ちゃん、魔法箱(アイテム・ボックス)内のS級装備を投入します」

「……(了解。スピード重視かつ最大HPが上がる装備をいくつかピックアップして、グスターさんに渡しておくね)」

「よろしくお願いします。それじゃ、始めましょう」

ラズベリの言葉に、全員が頷いていた。


 ◇


地球時間で5分も経っていなかったと思う。

でも、グスター達が異世界に転移した時には、委員長は近くにいなかった。

正確には――委員長の『転移の指輪』の砕けた欠片だけが、地面に転がっていた。

「委員長……」

これで委員長が異世界に取り残されているのは確実。

グスターはどうしたら良いのか分らなかった。


けれど、ラズベリが言葉を発した。

「『追跡の指輪』の反応が、街の北側にあります。行ってみましょう」

硬い表情のラズベリ。追跡の指輪は、異世界で行方不明になったサルべーザーを、捜索することを目的とした指輪。正確には、遺品回収を目的とした指輪。

特殊な術式の魔道具で、一度魔力を流すと魔力が無い場所――つまり、元の世界――に戻らないと、絶対に外れない仕組みになっている指輪。


メニューのマップで、ばっちゃんや他の魔物を警戒しながら、慎重に街の北側へ移動する。

誰も何も話さない沈黙が続く中、ぽつりとラズベリが呟いた。

「グスターちゃん、最悪の事態も覚悟していてね」

「そ……んな……委員長は、生きてい――「……(叫ばないの)」――もぐっ!」

後ろから、ヴィラン先輩に口元を押さえられた。

そして、耳元で残酷な言葉を囁かれた。

「……(さっきから、桂樹さんの付けている『追跡の指輪』の反応が動いていないことにグスターさんも気付いているでしょ?)」


振り返ると、ヴィラン先輩は泣きそうな表情をしていた。

「――っ、でも――」

それ以上は、グスターは何も言えなかった。

ヴィラン先輩が、人差し指を口元で立てて、静かにするようにと伝えてきたから。

「さて、あの家の角を曲ったら、見えてくるわ」

ラズベリがそう言って、視線を路地の出口に向ける。グスターは走っていた。

グスター達の周りにも、委員長の「追跡の指輪」の反応を示す○印の周りにも、敵を示す×印の反応は無い。


そして、見てしまった。

大きな血だまり。落ちている委員長の腕。その傷口は何かに食いちぎられたような跡がある。そして、その腕には――銀色に光る追跡の指輪があった。

「委員長!!」

気が付けば、血だまりの中で泣いていた。委員長の腕を持って泣いていた。

スカートが血で濡れているけれど、気にならなかった。

委員長が、委員長が、委員長が………。


ふと、その事実に気付いてしまう。

「……グスターが委員長と仲良くならなければ、同人誌事件の時に余計なことをしなければ、そもそもケモ耳のことで調子に乗ってクラスで騒いだりしなければ、グスターがラズベリの話を最初にちゃんと聞いていれば――委員長は、死ななくて済んだのに……全部……グスターのせいだ……ぅぇっ、ふぇぇっ、いいんちょぉー、ごめん、グスターのせいで――「グスターちゃん、魔物が来ます! 気を付けて下さい!」――っ!?」

ラズベリに言われて、メニューのマップを確認する。


敵を示す×印が、さっきグスター達が来た道とは反対側から、こっちに向かって来ている。レベル165のグリーン・バジリクスだ。

グスター達にとってはザコとすら感じない相手だけれど、嫌な予感がした。

そして、家の影からそいつが現れた。

委員長が着ていたドレスアーマーの黒い布を口元に引っかけた、グリーン・バジリクスが。


「なんで? なんでだ? 気を失ったところを襲われたのか? こんなヤツに委員長は――あああああっ!!」

グスターの叫び声でグリーン・バジリクスが氷漬けになり、生命活動を停止する。

気が付けは、瞬動で近づき、思いっきり左手で殴りつけていた。

固いモノが割れる音がして、グリーン・バジリクスの頭が砕けた。


宙に舞う委員長のドレスの切れ端を、両手で受け止める。

「ぅうっ……いいんちょぉ……いいんちょぉ!!」

砕けた氷塊を踏み潰す。踏み潰して、踏み潰して、踏み潰して――

「グスターちゃん、一度、帰還しますよ。わたくし達は、ローリエちゃんをお家に連れて行ってあげないといけません」


うん、自分でも分かっている。こんなのは、単なる八つ当たりだって。

「……ラズベリ、お願いがある」

ラズベリからの返事は無い。でも、グスターは言葉を続けた。

「ケジメをつけさせてくれ。――グスターは、おにーちゃんを許さない!! おにーちゃんとユーカリを許さない!!」


ラズベリの目元が、すぅっと細くなる。今まで見たことがない、とても怖い目だった。

「許さない、ってどうするつもりですか?」

「……分からない。でも、取りあえず、一発殴る!! そして、委員長のことを謝らせる!」

「謝らないような場合には、どうします? ――しますか?」

「えっ? ラズベリ、今、何って言った?」

一瞬、耳を疑った。

今、ラズベリが、何か言っちゃいけないことを言ったような気がしたから。

「だから、謝らない場合には、殺し(・・)ますか?」


「……(仇討ちは黙認されているよ?)」

「そうですね、JWXAの関知しないところでしてもらえるのなら、僕は何も言いません」

「わたしも聞かなかったことにしますよ」

ヴィラン先輩、水神さん、草原さんの言葉。それにラズベリが続く。

「グスターちゃん、どうしますか?」

「……そんなの分からないよ。殺すとか分からないよっ!! でも、取りあえず、このままじゃ気持ちが収まらないんだよ!!」

「――っ!? 敵が来ます。数が多い! 一度、帰還しましょう!!」

ラズベリの言葉で、全員に緊張が走る。

……とりあえず今は――帰ろう。


 ◇


元の世界に帰還してからの手続きは早かった。

JWXAの水神さんは、強制執行の手続きを始めたし――委員長の通夜は今夜、開かれることが決まったし。


強制執行が執り行われるのは、早ければ4日後の月曜日。

最初、JWXAは強制執行にグスター達が同席することに懸念を示したけれど、ラズベリが職員と交渉して、何とか同行を許可させた。

ラズベリいわく、法律に詳しい早苗さんと瑞穂さんが頑張ってくれたらしい。

2人には、あとでお礼を言っておこう。


「グスターちゃん、お通夜に行きますよ」

「うん、ラズベリ、待たせてごめん、すぐに行く」

最後の1枚の箱ティッシュで涙を拭いて――グスターは、ラズベリと一緒にタクシーに乗った。


 ◇


お通夜の様子は、正直、あまり覚えていない。

泣かないって決めたのに、涙があふれて、止まらなくて、周りの人にいっぱい迷惑をかけてしまったのだけは覚えている。


ラズベリは、委員長を死なせた会社の社長という立場があるから、針のむしろだったと思う。でも、委員長のおとーさんとおかーさんは、ラズベリのことも、グスターのことも、ヴィラン先輩のことも責めなかった。


「高校に入ってから、毎日が楽しそうでした」

委員長のおとーさんの言葉に、委員長のおかーさんが続ける。

「ああいう娘ですから、同級生に無視されていて、中学時代には友達なんて1人もできなかったのです――でも、グスターさんのおかげで、高校ではクラスメイトと普通に話ができるって……喜んでいましたから……」


 ◇


お葬式の日。委員長の棺には、花がいっぱい入った。

委員長のおとーさんに許可をもらって、委員長との想い出だった雑草の「ハルジオン」も1本だけ入れさせてもらった。

委員長とのやりとりを話したら、委員長のおとーさんに泣かれてしまったけれど。


委員長のおとーさんや親戚のおにーさん達が、霊柩車まで棺を運んだ。

みんな泣いていた。

悔しそうに、「軽すぎる」って泣いていた。


おにーちゃん、ごめん。

グスター、おにーちゃん達のことが、許せないよ。

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