第20話_終わりの始まり
おかーさんが一昨日の夜に帰ってきた。
昨日ラズベリと契約をしたから、今朝の飛行機で再び出張に出かける。
色々と話を聞いた感じだと今回のお仕事は忙しいっぽいけれど、それなりに海外を楽しんでいるみたいだから、なによりだと思う♪
「それじゃ、お母さんはお父さんの所に行ってくるから。今度は、食費を落さないように気をつけなさいよ?」
「うん♪ グスターは学習したから大丈夫だよ♪ 資金分散がリスク管理の基本だと学んだし、封筒に小分けにして保管してあるから問題ないし、一部は銀行にも預けてあるし――おかーさんは安心して残りの出張日数をこなしてきて」
「そうさせてもらうわ。部活の先輩さん達やクラスメイトの子にも、よろしく伝えておいてね?」
「分かった(≡ω)b」
おかーさんが小さく笑って、家を出る。
「んじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃ~い☆」
グスターの言葉の3秒後、玄関のドアが完全に閉まった。
思わず笑みがこぼれてしまう。
「ぐっふっふ~♪ これでグスターの『仮想一人暮らし』を邪魔する者はいなくなったぞ! さぁ、あと16日間、グスターは羽を伸ばすのだ!!」
おかーさんに食費は貰ったし、手元にはお小遣い&ラズベリからもらった20万円の残りもあるし、もうすぐしたら異世界トレジャー・サルベージ部のバイト代が入って来るし――本当に笑いが止まらないっ♪
◇
いつもと変わらない授業。
いつもと変わらない昼休み。
いつもと変わらない放課後が訪れ――なかった。
「グスターちゃんとローリエちゃん、いますか!?」
6時間目の授業中にラズベリが教室に入ってきた。いきなりの登場に先生もクラスメイトも驚いている。
「ち、ちょっと貴方、今はまだ授業中よ!?」
先生の非難の言葉なんて関係ないというような表情で、ラズベリが口を開く。
「異世界サルベージの緊急事態です。グスターちゃん、ローリエちゃん、ここで授業を最後まで受けて人生を後悔するのと、ここで飛び出して先生に怒られるのとどっちが良いですか? 5秒で決めて下さい!」
委員長と視線を交わす。
でも、委員長はグスターと同じことを考えたみたいだ。
「「5秒もいらないぞ。先生ごめん、後で怒ってくれ!!」」
「それじゃ、正門に迎えの車を停めさせていますので、走りますよ!! 説明は車の中でしますので!」
踵を返して走り出したラズベリの後を、グスターと委員長は追いかける。
授業中の誰もいない廊下をダッシュ。後から先生が何か言っている声が聞こえたけれど、気にしない。
しばらく走ると、正門のところには、高そうな黒い車が止まっていた。
「あれに乗ります!」
「主木先輩、釈迦頭先輩は一緒に行かなくて良いのですか?」
委員長の問いかけに、走りながらラズベリが口を開く。
「実ちゃんは先に向かっているから大丈夫です。さぁ、2人は後の座席に乗って下さい!!」
ラズベリが助手席に乗り、グスター達は後部座席に乗る。
運転席にいるのは、黒スーツのお姉さん。
シートベルトを留める時間も程々に、グスター達の乗った車は走り出した。
◇
「とても大事な話があるのだけれど――まずは順番に説明していきますね。2人とも、特にグスターちゃんは、落ち着いて聞いて欲しいのですが良いですか?」
車の中でラズベリが話を切り出した。
その言葉に、グスターも委員長も首を縦に振る。
「うむ、分かった」
「私も分かりました」
すうっとラズベリが深呼吸をしたのが分かった。
「グスターちゃんは、大きな借金を残したお兄さんを相手にして、心を鬼にすることが出来ますか? 分かっていると思いますが、『元の世界なんて知らない。そっとしておいてほしい』と言われることが多い仕事です」
ラズベリの真面目な顔に、ちょっとだけ不安になってしまう。
「うむ、そのことは少し考えていた。今までラズベリに連れて行ってもらった異世界サルベージでも、初顔合わせの場合、半分くらいが債権回収に非協力的だったからな。グスターは、グスターが行けば、おにーちゃんは協力してくれると思っていたが……ラズベリが改めてこう言うってことは、何か事情があるのだな?」
「はい。最後まで、落ち着いて聞いて下さいね?」
そう言って、ラズベリが説明してくれた内容は、こんな感じだった。
いわく、債務者には「交渉する余地のある債務者」と「交渉する余地のない――いわゆる『強制執行』になる債務者」の2パターンがあるとのこと。
いわく、後者になる理由は一言で表すなら「不良債権化する恐れがある」場合。
例をあげると――①それなりに債務額が大きいこと。②回収に非協力的なこと。③資源を得られる異世界を破壊する行為をしていること。そして、一番大きな理由が④説得に向かったJWXA職員やその代理人を害したことが明確になった時。
具体的には、サルべーザーや交渉員に危害を加えた債務者は、強制執行の対象となる。
いわく、おにーちゃんは事前調査会社の交渉員と最初は友好的に接していたのに、今朝の交渉になってから急に手のひらを返して、交渉員を殺害しようとしたとのこと。
よって、今日これから迎える夕方の交渉が、強制執行の最終通告になる可能性が高いとラズベリは言っていた。
いわく、強制執行となると――抵抗した場合、おにーちゃんの生命や身体の安全は保障されない。
今回は、7000万円×10倍の価値がある魔法具やアイテムを強制的に回収することになるから、強制執行となると、実質、魔王であるおにーちゃんと「全面戦争状態になる」とラズベリには言われた。
ラズベリが、ゆっくりと口を開く。
「本来、強制執行やその通知となると、JWXA直轄の執行官とそのボディーガードが乗り出してきます。そのため民間サルベージ会社は強制執行にあまり関与できないのですが――今回はグスターちゃんのおにーさんが債務者でしたから――グスターさんを交渉に連れていけば、強制執行をしなくても済むかもしれないということで話をつけ、特別に同行させてもらうことになりました」
強制執行という言葉で、グスターの脳裏をよぎったのは、『差押物件標目票』と書かれたシールが無数に貼られたおにーちゃんの部屋だった。グスターの知らない他人が、またおにーちゃんの大切なモノを持ち去ってしまう。
それを想像しただけで、とても嫌な気持ちがした。
「なぁ、ラズベリ、強制執行って――無理やり債権を回収する方法だろ? そんなことになったら、おにーちゃん、困らないか? 普通に生活が出来るのか?」
ラズベリが、困ったような苦笑いを浮かべる。
「はい。異世界の魔王をしている訳ですから、異世界のパワーバランスが崩れるかもしれません。……ですが今回は、そうならないための話し合いです。おそらく、お互い後には引けない、かなり厳しい交渉になると思われますが」
ラズベリが一度、言葉を区切って、ゆっくりと続ける。
「なので――グスターさんを、ここまで連れて来ていて『こういうこと』を口にするのはおかしいのですが――このような事情があっても、グスターさんはお兄さんに会いに行きますか?」
小さな沈黙が流れた。
「結果だけ、聞くことも可能ですよ?」
ラズベリは、優しい声だった。
でも、それのおかげでグスターは決めることが出来た。
「いや、行く! 強制執行という方法にならないようにするために、グスターがおにーちゃんを説得する。だから、グスターもついて行く!」
「グスターさんは、その……本当に良いのですか?」
心配気な言葉で委員長が聞いてくる。いつも無表情な委員長がこんな顔をするなんて、今のグスターは、よっぽど不安そうに見えるのだろう。
「正直、おにーちゃんに拒絶されるかもしれないと想像すると怖い。でも、チャンスがあるのに逃げるのは、もっともっと怖い。だからグスターは行く!」
「分かりました。そうと決まれば、私は協力します。なので、お兄さんのことを、すべて1人で背負おうとはしないで下さいね?」
委員長の言葉に、ラズベリも真面目な顔でこくりと頷いてくれた。
「わたくしも、全力でサポートさせてもらいます。あと、実ちゃんも、『グスターさんが行くと言うなら、ボクも全力で力になるよ♪』って言っていました」
はにかむような表情で、顔を少し赤くした委員長が言葉を続ける。
「――グスターさんには、私達がついています」
短い言葉だけれど、思わず、胸が熱くなった。
グスターの胸は小さいから、すぐにいっぱいになってしまった。
「みんな、ありがとう……」
グスターは、多分、この日を一生忘れない。
委員長、ラズベリ、ヴィラン先輩、本当にありがと。