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第1話_グスターの夢

東欧にある小さな国が、おとーさんとグスターの祖国だ。

漁港と水産加工会社の他には、のんびり流れる時間以外、何も特徴のない場所だけれど……グスターはそんな国が大好きだった。


過去形なのには、訳がある。

今年16歳になるグスターは、おかーさんの祖国の日本で、高校に通うことになったから。

まぁ、グスターが思い浮かべていた「のんびり系未来設計図」とは、ちょっと違う生き方ではあるが、これはこれで楽しもうと思っている。


「にゃんころ♪ にゃら~ら~ん♪ にゃ~ご、にゃん~♪」

グスター作詞作曲の『近所の佐藤さんちの猫(≡ω≡)の歌_ver.6』を、くちずさみながら高校に行く準備をする。


ちなみに今日が、高校の入学式。

吸いこむ空気が美味しいのは、グスターの気のせいなんかじゃないと思う。

そう、マイナスイオンと酸素が、ぴちぴちとグスターの肺胞を刺激しているのだっ♪


日本へ来てから買った、お気に入りの猫さん下着を身に付けて、新品のシャツとセーラー服に身を包み、しましまのニーハイソックスを左右対称に「ぷにっ♪」と留めて、右手に猫じゃらし(エクスカリバー1号)を装備したら準備OK♪


――じゃなかった。

「いけない、いけない、煮干しタッパーの入った鞄を持つのを忘れてた!」

お気に入りの紫色の革鞄(ランドセル)を背負ったら、今度こそ準備OK。


グスターは、佐藤さんちの猫と遊ぶために、早めに家を出るのだ(≡ω)


 ◇


自宅の敷地から歩いて5秒、隣の家の佐藤さんちに到着した。

近所迷惑にならないように気を付けながら、庭の片隅で、にゃんころを15分だけモフる。

そしてモフった後は、歩いて5分の距離にある鹿児島駅の路面電車の停留所で、「市電」って呼ばれる電車に乗る。

んで、鹿児島中央駅電停に到着したら、歩いて高校に向かう。


グスターの祖国で売っていた世界地図では、日本は東の端っこにある目立たない場所だったけれど、実際に暮らしてみたら、改めて素晴らしい国だと思った。

そう、毎年、桜の季節だけ日本に2~3ヶ月の短期滞在をしていたグスターは、日本のことを勝手に知っているつもりになっていた。


何と言うのか、暮らしてみると日本は、日常のすべてに「心が躍る宝石」が詰まっている。自然も道路も街も綺麗だし、水は水道からそのまま飲めるし、鹿児島の街中にはレトロな路面電車が走っているし、目の前の海には大きな火山島があるし、ちょっと歩けば神社とかお寺が近所にあるし、小中学生や高校生の制服も可愛くて――


「銀髪?」

「可愛いね、あの娘」

「髪の毛さらさらだ~。お肌も透き通ってる~」


――グスターの耳に、グスターと同じ高校の制服を着た人達の声が聞こえた。


「留学生なのかな?」

「お人形みたいで綺麗~」

「でも、ランドセル背負っているよ、紫色の。何で?」

「ああ、外国人は大人でもランドセル使うって聞くよ? 可愛くて頑丈だからお土産にする人も多いみたいだし、そういう感覚じゃないの?」

「まぁ、似合っているから問題ないよね~。あたしじゃ、絶対、無理だよ~」

「ほんとう可愛いよね」


「あ、銀色の指輪してる」

「彼氏がいるのかな?」

「……ねぇ、英語で話しかけてみない?」

「え~、中学卒業程度の英語力じゃハードル高いよぉ!!」


ふむふむ。何か、グスターに興味を持ってくれているみたいだ。

けれど、話しかけてくる人はいない。

だから、こっちから話しかけてみようと思ったけれど――ばっちゃんの名言を思い出したから、ぐっと我慢して言葉を飲み込む。


『大和撫子は、おしとやかにしていないとダメ』


おかーさんと同じで日本人だったばっちゃんが、いつも口をすっぱくして言っていた言葉。

だから、グスターも他の生徒に興味があるのだけれど、向こうから話しかけてきてくれるまでは笑顔の会釈だけにして、大人しく我慢しようと思う。

そう、グスターは祖国で、やんちゃなことばかりしていたから、高校では見た目だけでも大人しくしていようと心に決めたのだ!

そしてデビューするのだ、大和撫子的な素晴らしい高校デビューを♪


 ◇


……とか考えていたら、入学式が終わっても、1-4の教室に移動しても、誰も話しかけてくれなかった。


いきなり、ぼっち確定?

周りは、ちらほらと友達みたいな輪が出来ているのに。グスターの周りは、不思議なフィールドが出来あがってしまっている。グスター、何か悪いことしたのかな?


でも、入学式の後に教室へ移動してから、自己紹介の機会がやってきた。

よし、ここで汚名を返上し、名誉を挽回しよう!!

「みんな、はじめマシテ。グスターは東欧の小さな国から日本に来たばかりだから、敬語とか丁寧語が下手だけれど許してくれ――」

呼吸するために息継ぎをする間、「日本語話せるんだ」とか「上手だよ~」という声が聞こえてきた。

ちょっと笑顔になりながら言葉を続ける。

「日本名では春星花(はるほし・はな)、本名はスプリン・グ・スター・フラワーだ。グスターと呼んでもらえると嬉しい。趣味は格闘術、抜刀術、射撃術、歩行術といった忍術の訓練。将来の夢は、うちの死んだばっちゃんと同じで、国際的に活躍できる立派な忍者になることだ♪」


それは平凡な自己紹介。

……のはずだった、グスターの中では。


その日以来、「不思議の国のグスターちゃん」って呼ばれることに決まったよ(Tω)

いや、まぁクラスの「ゆるキャラ」みたいな立ち位置で、みんなに可愛がられているのが分かるから、別に良いんだけれどね。

遠巻きに見ていた人も、気さくに話しかけて来てくれるようになったし。


……。ばっちゃんの馬鹿っ!!

Mappooな日本では、毎年3000人の若者が忍者として就職および独立起業をしているって、墓場まで嘘をつき通したばっちゃんを呪ってやるっ!! 3年前に天国へ逝っちゃったばっちゃんを、どうやって呪えば良いのかという難しい問題は置いておいて。


 ◇


ふと、気が付けば、真っ白な光に包まれていた。

とても温かくて、ふわふわと身体が浮かんでいる感覚。


あ、何か気持ちいいなと思った瞬間、重力に逆らえずに落下した。


「――ぁうちっ!!」


お尻から落ちてしまって、思わず変な声が出た。でも、それだけじゃ終わらない。

がしゃがしゃぱりん! からんからん、べきべきべき!!

グスターのお尻で、お雛様の祭壇のような場所を壊してしまったのだから。


「ぅ、いたたっ……」

か、勘違いするなよ!? グスターのお尻が重たいんじゃないんだからな! グスターは、きゅっ、きゅっ、きゅっで、痩せているんだ! そ、そう! 落下した時に、勢いが付き過ぎていたのがいけないんだからなっ!!


「バウバウッ!!」

「ガウガゥ~!!」

「グルルル~!!」

獣のような鳴き声に周囲を見渡すと、狼男がたくさんいた。狼男がたくさんいた。

繰り返す、モフモフがたくさんいた。


……うん、どうやらグスターは異世界にやって来てしまったらしい。

「はぁ~、グスターも、すっかり日本文化に毒されているな。こんな夢を見るなんて」

やれやれ系の主人公を見習うつもりは無かったけれど、思わず呟いてしまっていた。


201X年に、異世界の入り口が鹿児島県の桜島に現れてから約5年。

今では異世界が、比較的身近な存在になっている。グスターも詳しくは知らないけれど、深海探査や宇宙探査みたいに異世界と行き来する技術が確立されて、「異世界サルベージ」とかいうトレジャーハンターみたいなお仕事も解禁されているらしい。


昨日のテレビ番組でも「異世界特集」がされていて、番組の出演者達が異世界について熱く語っていた。魔法道具が何ちゃらとか、新資源が何ちゃらとか、魔法技術がなんちゃらとか……難しすぎて、グスターには遠い世界の話にしか聞こえなかったのだけれど――まぁ、今は置いておく。


「バウッ!!――「殺気くらい隠そうな?」」

鏡のように良く研がれた片手剣で斬りかかってきた狼男の剣閃を、バックステップでかわす。その動きのまま、グスターの後ろに近付いていた別の狼男に右後ろ回し蹴りを叩きこむ。

「キャィン!!」

可愛い悲鳴をあげて倒れた狼男に、周囲の空気の温度が変わった気がした。

そりゃそうだ、グスターみたいな小娘相手に、2メートルはありそうな狼男が一撃で倒されたのだから。

ばっちゃん直伝の総合格闘技_忍術をなめるなよ?


「夢と分かっていても、手を抜くわけにはいかないんだ。――春星流くのいち15代目頭目だった、うちのばっちゃんの名にかけて!!」


ドヤ顔で決めてみたけれど、狼男達の反応は薄い。

わんころのくせして、グスターに「こいつ何言っているの?」と言いたげな視線を向けて来やがった。屈辱。いつも祖国で好反応だった「持ちネタ」が通じなくて、ちょっと恥ずかしかったわけじゃ無い。多分、きっと、絶対だッ!!

「先に剣を抜いた、お前らが悪いんだからな?」


「バウバウッ!!」

「ガウガゥ~!!」

「グルルル~!!」

言葉は通じない。でも、怒っているのは良く分かる。

その厳しい視線は、グスターとその周囲に向けられている。


グスターの足元には、お皿や瓶、そして大量の料理やお酒が散乱している。

……狼男さん、ごめんな。何か大切な儀式をしていたのだろうけれど、祭壇をグスターが壊してしまって。

食べモノの恨みは一生モノって言うけれど、これだけの量をダメにしてしまったのだから、相当恨まれているだろう。グスターなら、絶対に許さない。地の果てまで追いかけて、生まれたことを後悔させてやると思う。

――とはいえ、立場が逆になったら、素直に捕まるつもりは小指の爪の先程も無いんだけれど。


斬りかかってくる3匹の狼男を、一撃で床に沈める。

追加で他の狼男が飛び出そうとした瞬間、横から声が聞こえた。

「――ソコマデダ!!」

片言だけれど、人間の言葉。

狼男達の囲いの向こうから、一回り大きな狼男が現れた。

「ワレハ、オウ。コノムレノ、オウ。オマエ、セイナルギシキヲ、ジャマシタモノ。カミノナノモトニ、オマエヲサバク。ワレラノ、ドレイニナレ」


うん、やっぱり大事な儀式をぶち壊した(物理的にも、状況的にも)のがいけなかったんだろう。でも、ここで狼男達に捕まるのは嫌だ。

異世界に基本的人権なんて期待する方が間違っていると思うし、グスターはまだ死にたくはないし、わんころの奴隷になるつもりも無いし。

「悪いが、その提案に乗るつもりはない」


「イザ、ジンジョウニショウブ!!」

大きな狼男が叫んだ瞬間、首の後ろに何かが刺さった。

直感的に、しびれ毒の吹き矢だと理解した。

それを証明するかのように、くらりと眩暈がして、立っていられなくなる。

くそっ、やられた。


「ヒキョウトハ、イウナヨ? ダレガ、イッタイイチデ、タタカウトイッタカ?」

勝ち誇るように口元を歪める狼男。意識が――遠く――なっていく――。


 ◇


「はぅっ!?」

気が付くと、家のベッドの上だった。

「ああ、夢だったんだ……。入学式があったのも……4日も前のことじゃないか……」

でも、全部がリアルな夢だった。わんころとはいえ、ピリピリした対人戦は久しぶり。

おかげで全身が、汗でびっしょりだ。


「……くんくん。うん、ちょっとベタベタだな。日曜授業の学校に行く前に、シャワー浴びよう♪」

飛び跳ねるようにベッドから起きて、1階のお風呂場に向かう。

時計を見ると、現在、朝の5時半過ぎ。いつもなら家族に遠慮するのだけれど、一昨日からおとーさんとおかーさんは海外出張に行っているから、今はグスターが1人。


ふっふ~、自由な朝を満喫するのだ(≡ω)♪

第13話まで今日中に更新予定です。

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