第18話_ひっさつわざがほしい
学校のお昼休み。
今日も委員長と一緒に、部室でご飯を食べることになった。
委員長はおかーさん手作りのお弁当、グスターは購買部で買ったメロンパンとコーヒー牛乳だ。
「で、グスターさんは、何を朝から悩んでいるんです?」
購買部から部室に向かっていると、前を向いたまま委員長が話しかけてきた。
その心配そうな声に、何と返事をしたら良いのか迷ってしまう。
ぴこぴこ♪
「グスターさんのケモ耳が反応しています。自覚症状は無いのかもしれませんが、朝からグスターさんの様子がおかしいのはクラスのみんなも気付いていますよ?」
「そうなのか?」
「ケモ耳がぺたんとなって、尻尾もしゅんとしていましたから、気付かない方がおかしいです」
「委員長……心配かけてごめ――「謝るところが違います」――ほえ?」
委員長が言葉を続ける。
「何を悩んでいるのかは知りませんが、1人で抱えていることの方を謝るべきです。悩みがあるなら相談して欲しいと、グスターさんの周りにいる全員が思っているのですよ?」
「それは……」
「みんなが心配していて、私が代表で聞くことになったのです。異世界のことかもしれないので、機密に触れても良いという条件で私が選ばれたのですが……私じゃ力不足だったみたいで――「違う! 委員長は悪くない」――そうですか?」
小さく生まれた沈黙。
それを壊すために、深呼吸をして思考を整理する。
「……グスターの中でも上手く整理が付かないんだが……その、おにーちゃんと会うのが、急に怖くなったんだ」
「おにーちゃん? グスターさんは、お兄さんがいるんですか?」
「あれ? 言ったこと無かったか? グスターの従兄のおにーちゃんが、異世界にいるかもしれないんだ。今、ラズベリと協力関係にある『事前調査専門の異世界サルベージ会社』が、全力でおにーちゃんと連絡を取ろうと頑張ってくれている……らしいんだけれど……」
「だけど?」
「グスターは……おにーちゃんとどんな顔をして会えば良いのか、分からないんだ。おにーちゃんが居なくなったのは半年前。異世界とこっちの世界が繋がる時間軸にはバラツキがあって、異世界転移から1年後に繋がる場合もあれば、異世界転移から1000年後に繋がる場合もある。とはいえ、異世界は、こっちの何倍もの時間で時が流れてしまっている。下手したらおにーちゃんは年齢を重ねているし、多分、その……」
「結婚していたり、子どもが生まれていたりする可能性がありますね」
「……」
ぴこぴこ。
「本当にもう、グスターさんは分かりやすいです。その右手の指輪もお兄さんから貰ったものなのでしょう?」
「……うん」
「それなら、堂々とお兄さんに会いに行けば良いんですよ」
「……迷惑じゃないかな?」
「単純に考えて、半年×60倍で30歳差なら、逆に都合が良いと思いませんか? あっちにとっては、グスターさんはもう終わった恋なのです。懐かしいと思って歓迎してくれますよ、きっと」
「……ぅ」
思わず下唇を噛んでいた。何か、それは嫌だ。
でも、委員長は言葉を続ける。
「期待しなくても、多分、お兄さんは『普通のおじさん』になっていますよ。会っても幻滅するだけで、むしろ気持ちに一区切りつけられると思いますが?」
「それを言うのは、ひどいぞ!?」
八当たりって自分でも分かっているけれど、委員長を睨んでいた。
委員長が苦笑する。
「冗談です。グスターさんがお兄さんを好きっていう気持ちは本物なんでしょう? それならば、逃げずに正面からぶつかって、けじめをつけるしか無いと私は思いますが? それとも、一生この事実から逃げますか?」
「え? 一生逃げる?」
「そうでしょう? ここで戦わなければ、『あの時こうしておけば良かった』っていう後悔を、『お兄ちゃんはどんな姿だったのだろう?』という見えない影を、ずっと抱えて生きていかないといけなくなりますよ? それでもグスターさんは良いのですか?」
「……良くない。グスターの選択肢は――」
「 ぐっすりねる」
「 めっちゃねる」
「 ねことあそぶ」
「 いぬとあそぶ」
「>いまたたかう」
「 ごはんたべる」
「 おふろはいる」
「 はみがきする」
「――って決まっているから!!」
「……32ビット並に選択肢が多いくせして、ドラ●エ3の遊び人みたいな不自由な構成ですね?」
「うむっ♪ 『ねこ』と『ごはん』は外せないのだ!!」
「私は犬派ですね。――さて、部室に着きました。早く中に入りましょうか。実は、先輩達も心配して来てくれています」
「うん、委員長、ありがと。……何だか気持ちがちょっと楽になったぞ♪」
◇
イチゴジャムパンを食べながら、うっとりとした表情を浮かべるラズベリ。
「30歳差だなんて、素敵じゃないですか~♪」
「???」「えっと、主木先輩?」
ちょっと引き気味のグスターと委員長を見て、ヴィラン先輩が苦笑する。
「……(あ~、いちごの意見は、あんまり当てにしない方が良いとボクは思う)」
その言葉に、ラズベリが喰いついた。
「失礼な! 妄想するのはわたくしの自由ですよ?」
「……(うん、本当に妄想だけだから、余計に悪いってボクは知っている)」
「それは……身持ちが固いって言って下さいな?」
「……(うん、知っている。いちごは、仕事大好き人間だもんね。このまま干物にならないか、ボクは心配だよ~)」
「褒め言葉です♪ ――ってことで、早速、お仕事の話をしたいのですが、みんな良いでしょうか?」
ラズベリの顔が社長のそれに変わる。
「もち♪」「はい」「……(同じく)」
それまでの桃色だった空気が、ピンと張りつめる。
みんなの手元には、お弁当やパンが握られている状態だから絵的に引きしまらないのだけれど、今は、置いておこう。
「ありがとうございます。それじゃ、手短にいきますよ。今日の放課後は、実ちゃんはいつも通りにお仕事に行ってきて欲しいのです。その間、桂樹ちゃんとグスターちゃんは、昨日言っていた通り、わたくしとレベル上げをしたいと思います。2人ともお泊りセットは持ってきましたか? 持って来ていなかったり、途中で足りなくなったりしても、会社の予備があるから大丈夫なんですけれど……レベル400を目安に、朝まで頑張りますからよろしくお願いしますね♪」
うん、昨日言われたから、長期お泊りの準備は一応してある。でも正直、参加したくない。
あの地獄の特訓が待っているのだと考えてしまうと身体が拒絶する。あ、お腹痛い……otz
「あの、グスターに拒否権は?」
「ありません♪」
「それは何と無体な……」
「グスターちゃんは、たまに難しい日本語知っていますよね?」
「ああ、死んだばっちゃんから教えてもらったんだぞ♪」
「そうなのですね~。でも、このパワーレベリングが終わったら――明日は土曜日で半日授業ですし――みんなでお昼ご飯を外に食べに行きましょう♪ グスターちゃんとローリエちゃんの初仕事が成功したお祝いと、入部の歓迎会を兼ねて」
「初仕事?」「初仕事ですか?」
重なったグスターと委員長の声に、ラズベリが笑顔で頷く。
「あら、この間、野田藤力さんから無事にサルベージが出来たでしょう? JWXAからそれなりの報酬が、うちの会社に振り込まれているのですよ♪」
「ほ、本当か?」「本当ですか!?」
「ええ。まだまだ頑張ってもらわないといけないけれど、2人とも大事な部員だから、パワーレベリングも頑張って下さいね?」
「うむっ♪ やる気出た!」「はい、私も頑張ります!!」
◇
ということで、放課後に疑似異世界にやってきた。
現在夕方の17時半。ラズベリの計画では、明日の朝の6時半までパワーレベリングをする予定だから、体感時間では13時間×60倍=780時間で約1ヵ月間の異世界滞在となる予定。
……うん、一瞬、普通に「なんとかなるな♪」と感じたグスターがいた。
確実にラズベリに毒されている。社畜街道まっしぐらだ(Tω)ノシ
「グスターちゃん、手が止まっていますよ~? もっと数を増やしても良いですか?」
操作パネルを見ながら、次々と湧き出てくるモンスターの数を管理するラズベリ。どこか嬉しそうな表情。うん、忘れていたけれど、ラズベリはドSだった。
その一方で、委員長は死にそうな表情で片手剣を振るっている。
「はぁ、はぁ、はぁ、グスターさん! 気を抜いている暇があるなら、助けて下さいっ!! ――クリスタル・ヒュドラが!! 前後から――って、もう1匹増えた!? 無理ですって!!」
「ラズベリ~、攻撃魔法使っても良いか?」
「ダメですよ。魔法が使えない状況を想定した訓練なのですから、ブースト系の魔法薬や回復薬、そして己の肉体だけで乗り切って下さい。スキルや魔力の使用は許可していますから、なんとか出来ますよね?」
「うん、まだグスターは余裕♪ だから、委員長、にょろにょろの3匹くらい、自分で何とかするのだ(≡ω)b」
「くっ、仕方がない。この手だけは使いたくなかったのですが――そんなドヤ顔をされるくらいなら、解禁させて頂きます!」
「お、委員長、何かするのか?」
「積極的にトレインします♪ ということで、グスターさんも、私の分のモンスターに巻き込まれて下さい!!」
そう叫び名ながら、委員長がグスターの近くに寄って来た。
おのずと3匹のクリスタル・ヒュドラもこっちに……。
「え? ええっ!! ちょ、なんて迷惑な!! ――ラズベリ、こんなのアリか!?」
「断然ありですよ? むしろ、遅かった方ですね♪」
「ぅふっ、ラズベリ先輩の許可も貰ったことですし、グスターさん、巻き込まれて下さいな!」
「い~や~だ~!! め~ん~ど~く~さ~い~っ!!」
ラズベリが、嬉しそうに小さく噴き出した。
「ぅふふっ♪ 2人とも楽しそうですので、上位のクリスタル・ドラゴンを1匹追加しておきますね~」
「「や~め~て~!!」」
◇
くそっ、ラズベリはドSだ。
ドラゴン系→鬼人系→獣系→スライム系→昆虫系→鳥系→植物系→最初に戻る――の無限コンボをグスター達に喰らわせやがった。
委員長も、足さばきだけでグスターにモンスターをなすりつける「魔物列車譲渡・改」とかいう勝手な名前のスキルを、いつの間にかゲットしていたし。
うん、冷静に考えてみたら……後半になればなるほど、グスターが1人で戦っていたような気がする。
「ああ、もうっ! グスターも、なにか必殺技が欲しいっ!!」
「グスターさん、何を叫んでいるのです? 露天風呂には大人しく入るべきですよ?」
「え~、草原のど真ん中に土魔法と水魔法で作った露天風呂だから、多少騒いだって、迷惑に感じる人はいないぞ? ――っていうか、この疑似異世界にいる人間は、グスターと委員長とラズベリの3人だけだから、騒いでも良いじゃないか?」
「私が迷惑を被っているのです!」
「ぅう~っ、だって、だって、だって! 委員長、最初の一撃だけ入れて、あとは魔物を全部グスターになすりつけていただろ? あれはずるいと思うんだ!」
「うぐっ、でも、私1人じゃ捌き切れない数でしたし――「ずるい! ずるい! ずるい!」――ですが!」
そんな感じで騒いでいたら、ラズベリがひょっこりと現れた。
ん? あれ? ラズベリはバスタオル姿じゃない?
「はいは~い。2人ともまだ元気そうですから、追加の訓練始めますよ♪」
――いや、待て待て、待って、待ってくれ!!
「ラズベリ、たんまっ!! グスター達、今、バスタオル1枚だからっ!!」
「そのバスタオルを、武器にするのか防具にするのか、悩みどころですよね~」
「ですよね~、じゃないっ!!」
「それじゃ、手始めにいつものクリスタル・ドラゴンから行きましょう♪」
「ちょ、待った! それ、そのチョイス、無限コンボの始まりじゃないよな?」
「どうでしょう?」
……。委員長のヤツ、開始早々モンスターをグスターにトレインして、1人だけこっそり着替えようとしやがった。それを邪魔するためにトレインもどきをしていたら、いつの間にかグスターもトレインスキルを手に入れることが出来たけれどな(≡ω)
その後は、もう、トレインの激しい応酬だ。でも――
「はいはい、醜い争いが出来ないように、モンスターハウス状態にしてあげます。これで平等ですよね?」
――というラズベリの言葉で、グスター達の「じゃれ合い」は終わりを告げる。
そう、それまでの戦いがじゃれ合いとしか言えないような、壮絶な戦いが始まったのだ。
こんなことになるのなら、委員長と協力して、交代で着替えておくべきだった。
……うん、最終的にグスターも委員長も「絶対乙女防御」と「早着替え」スキルを手に入れたから、乙女の大切な心を守れたよ?
スカートを履いてからパンツを身に着けるのが、スキル習得のコツだった。
パンチラも胸チラも脚チラも――もう、何も怖くないっ♪