第17話_回収リトライ
「ぅぐっ……えぐっ……ひぐっ……」
漫画を読みながら、25歳過ぎのおにーさん――もとい勇者王の野田藤力さんが、涙を流して泣いている。家族の手紙を読んだ時には泣いていなかったのに、10年前から続いている少年漫画の第1巻を見た瞬間にコレだった。
周りにいるおにーさんの家族や家臣は、グスターや委員長みたいにドン引き――はしていないな。異世界からの召喚者だって知っているから、何も言わずに時空間を共有している。
ラズベリはというと、ずっと綺麗な営業スマイルを崩していない。
これが社会人って生き物の優しさだと思った。
そのまま、ずっと続くかと錯覚しそうになった瞬間、おにーさんが袖で涙をぬぐってグスター達の方を見た。
「ありがとう。まさかこの歳になってこんなに泣くとは思わなかった。恥ずかしいところを見せてしまった」
おにーさんの言葉に、ラズベリが返事をする。
「いえ、喜んでもらえたみたいで嬉しいです」
「この礼は、魔道具や魔法書で良いのだな? 前も言った通り国や王としての立場では協力出来ないが、俺個人として出来る範囲なら喜んで収集に協力させてもらおうと思う」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ、ありがとうと言いたい」
おにーさんの笑顔に、ラズベリも笑顔を返す。そして、ゆっくりと口を開いた。
「お騒がせしたお詫びと言ってはなんですが、チカラさんにお渡ししたい物があるのです」
「渡したいモノ? ――って、それは!!」
ラズベリがアイテム・ボックスから取り出したのは、鹿児島の夏の風物詩である『ホッキョクグマ・アイス』だ。ちなみに、これは天真爛漫っていう喫茶店が提供しているかき氷がモデルになったもの。
震える手で勇者王のおにーさんが、差し出されたアイスを手に取る。
「陛下、危険です。毒味係を――「いや、大丈夫だ。この人達は信用できる。このチョイスに、俺は全力で応えなければならない! 1口でも、愛する家族以外の他人には、喰わせるつもりはないっ!!」――ですが!」
困り顔の家臣に、ラズベリが助け船を出す。
「あの、皆様の分もありますよ? 食べてみませんか? 3種類のフルーツに甘い小豆と練乳が入った、とてもひんやりする美味しい食べ物ですよ? あ、早く食べないと、ただの白い砂糖水になってしまいますので、召し上がられる方は、お早めにどうぞ♪」
いや、うん、間違えた。
助け舟じゃなくて、悪魔の囁きというモノをグスターは見た。
……。
こうして勇者王の国は、(株)異世界トレジャー・サルベージ部のラズベリに支配される植民地になったのである。
「グスターちゃん? 今、何か失礼なことや、事実誤認を招くようなことを考えていませんでしたか?」
「いや、そんなことは無いぞ?」
ぴこぴこ♪
「嘘ですね。グスターちゃんは、嘘をつくとケモ耳が動くんです」
「う、変なことなんて考えていないぞ!!」
ぴこぴこぴこっ♪
「ほほぅ? 激しく動いていますね? で?」
「う……」
「詳しく、話を聞かせて下さいな♪」
「正直に言うぞ……」
――怒られた。言葉のチョイスが悪辣で、歪んで、偏見に満ちて、根本的に間違っていると言われた。事実を誇張しただけなのに。
グスターには「表現の自由」は無いらしい。
◇
グスターは、今、夢を見ている。
そう、夢だ。
だって、おにーちゃんが出てきているのだから。
「グスター、その、グスターの親父さんとの話、聞いていたんだってね」
「うん」
「後出しジャンケンみたいで格好悪いけれど、4年だけ待っていてくれないかな?」
「うん」
「必ず、全部の借金を返して、それから迎えに行くから」
「うん」
「我儘を言っているって分かっている。でも、あとちょっとだけ、グスターを縛りたい。その、グスターは可愛くて、見ていて心配になるから、良かったら、コレを受け取って欲しいんだ」
「指輪? え……良いの?」
「お金がないから、指輪の内側にはまっている石はキュービック・ジルコニアなんだけれど、グスターに似合うシンプルなデザインのものを選んでみた。プロポーズする時には、もっと大きなダイヤ付きの指輪を用意するから、待っていてくれると、正直、嬉しい」
「……ありがとう。ずっと着けとく! 大切にする! ……うぅっ、えぐっ、おにーちゃん、だぃす――」
場面が切り替わる。
「花のことが嫌いじゃなかったら、高校卒業後、嫁にもらってくれないか?」
「おじさん……」
「小さい頃から、花がお前に懐いているのは知っている。お前が彼女を作らなかった理由も知っている。だから、な?」
「ありがとうございます。でも――」
「でも?」
「連帯保証人になって頂いた借金は、花さんを嫁にもらうまでに完済します。その上で、改めて花さんにプロポーズさせて下さいませんか?」
おとーさんが笑顔になる。
「良く言った! よし、取りあえず、晩ご飯を一緒に食べよう♪」
「ありがとうございます」
場面が切り替わる。
誰もいない部屋。
そのまま時間が止まってしまったかのように、洗濯物がつるされたままの、おにーちゃんの部屋。少しだけ空気が淀んでいた。
「連帯保証か……」
おとーさんがぽつりと呟く。
「まぁ、こうなったら仕方がないな。強制執行手続きをしなきゃ、部屋の片づけすらも出来ないし。――花、辛いと思うけれど、これも1つの区切りをつけるためだ。お父さんと一緒に弁護士事務所に行こう」
「……うん」
場面が切り替わる。
おにーちゃんの部屋だ。
けれど、部屋の中は、『差押物件標目票』と書かれた小さなシールが無数に貼られていた。
テレビもパソコンも冷蔵庫も水槽もフィギュアも漫画も机も……おにーちゃんが大切にしていた物にシールが貼りついている。
裁判所の赤い四角い印鑑が押してあるこのシールを剥がすと、罪に問われることになる。
おにーちゃんの持っていたモノを、グスターが勝手に持って行くのは、罪に問われることになる。
でも、グスターのお小遣いは毎月7000円。
おにーちゃんとのお揃いの指輪が、競売にかけられないことを本気で願った。
差押えられなかった品物は、グスターが処分しても良いって言われたから。
一生分の運を使っても良いから、指輪だけは残って欲しいと本気で願った。
そのおかげか、競売に指輪がかけられることはなかった。
でも、どれだけ部屋を探しても、おにーちゃんの指輪が出てくることはなかった。
だからグスターは、おにーちゃんが指輪を持って行ってくれたのだと、思うことにした。
場面が切り替わる。
それは見慣れた天井だった。うん、いつもより、少し早く目が覚めたらしい。
右手を上げると、薬指の指輪が光を反射した。
「……夢か。嫌な夢だったな――」
異世界で、元気にしているのかな? おにーちゃんは……。
※投降した後、ミスに気付き一度削除&修正しました。前バージョンを見られた方には、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。