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第9話_平均して60倍

部室こと社務所の入口をラズベリが開ける。

鍵は掛かっていない。


「実ちゃん、おつかれさまです♪ ――さぁ、グスターちゃんも入って、入って♪」

ラズベリに促されるまま、社務所に入る。

と、そこには銀髪で青い瞳の女の子がいた。留学生かな?

「……(こんにちは)」

ギリギリ聞き取れるかどうかという、小さな声。

「こ、こんにちは!」

「……(ボクは2年の釈迦頭実(しゃかとう・みのり)だよ。見ての通り、母親が海外の出身なんだ。銀髪がお揃いだね。よろしく♪)」


「ああ、グスターの方こそ、よろしく頼む♪」

「……(ん? 先輩には敬語を使うべきだよ? いちごは注意しなかった?)」

「あ、すまないデス。グスター、敬語とか丁寧語の使い方、よく知らないんデス」

「……(それは勉強不足。今は良いけれど、少しずつボクが教えてあげるから、覚えるようにね?)」

「うむ、分かった! 釈迦頭先輩、よろしく頼む!」

「……(素直でよろしい♪)」


「――ということで、部員は、わたくしと実ちゃんの以上です」

「え? ラズベリの会社、たった2人しか社員がいないのか? 少ないのな?」

「失礼な。桜島の方の本社には、正社員のおばちゃんが2人いるんですよ? 税理士と行政書士の資格を持っていて会社の経営経験もある早苗さんっていう人と、弁護士の資格を持った瑞穂さんっていう人が」

「おおぅ、何かすごそうだな」

「そうなのですよ。一般事務から異世界訴訟まで、この2人がいれば心強いのです♪」


「でも、部員は2人、グスターを入れても3人だけだぞ?」

「……(部員が少ないのは、どうにかしないといけないんだけれどね。いちご、2週間後の新入生向けの部活動紹介、どうするの?)」

「それは……。やっぱり、『会社設立時と同じ方法』で募集するしかないでしょう?」

「……(ダメだよ、あのスプラッタ動画を見せたら、集まる部員も集まらないから。モンスター虐殺映像で、半年前に体調不良者が続出したのを忘れたの?)」


「でも、実ちゃん、中途半端な覚悟の人間を異世界に連れて行くのは危険ですよ? ゴブリンの退治映像くらいで引くような部員は要らないです」

「……(そりゃ、足手まといは要らないけど……部活として人数が少なすぎるのも困りものなんだよ。生徒会の視線が痛くって)」

「それは、わたくしも分かっています」

きっぱりと言い放つと、ラズベリは笑顔でこっちを見た。

「ということでグスターちゃん、手のひらを返すようで悪いのですが――将来的には仮入部じゃなくて本入部してくれないですか? グスターちゃんの格闘術の才能なら、きっと即戦力になるのもすぐでしょうし、将来、立派な忍者になるためにも、理想的な部活&バイト先だと思うのですけれど♪」


ラズベリの言葉に、身体がびくっと反応した。

「……忍者のこと、ラズベリは誰から聞いたんだ?」

「え? 有名ですけれど? 不思議の国のグスターちゃんの噂♪」

「……(ケモ耳が生えたっていう噂も加わって、不思議の国のグスターちゃんは、注目のまとだよ?)」

ラズベリと釈迦頭先輩の顔がニヤニヤしていた。

「や~め~て~! 不思議の国は、ちがうんです~(泣)」


 ◇


「さて、とりあえず落ち着いたことですし、本題に入りましょうか。仮入部届けを、まず――」

「ぅうっ……ぅうっ……ラズベリと釈迦頭先輩に弄ばれた……」

グスターの言葉に、ラズベリが苦笑する。

「まぁまぁ、昨日、美味しいお肉を食べさせてあげたでしょ?」

「プラマイゼロだからな?」

「ぅふふっ、それで良いですよ。また、食べに行きましょうね」

「良いのか!?」

「ええ、グスターちゃん、美味しそうに食べていましたし――って、違うお店が良いですか?」

ラズベリの言葉に、ブンブンと首を横に振る。


「違うお店にも興味は有るけれど……えっと、その、昨日は調子に乗って食べ過ぎたから……もうグスターを、ごはんに連れて行ってくれないのかなと思っていたんだ」

「そんなことはありませんよ。儲かっている会社には、『経費で落とす』という魔法の言葉がありますから♪ 毎日は無理ですが、また行きましょう?」

「うむっ♪」

「でも、そのためにも、グスターさんには仮入部届けを書いてもらわなければいけませんけれどね?」

「お肉のためなら何枚でも書くぞ! グスターが書くのは、仮入部届け(・・・・・)で良かったよな?」


「ええ。本入部するのはいつでもできますから、グスターちゃんの気が向いた時にしてくれれば大丈夫です。考えてみたら、まだ魔法の適性試験もしていなかったわけですし」

「……(え? 魔法適性試験していないの? ソレなのに、この状況は、不味くない?)」

ぽつりと釈迦頭先輩が呟いた。ちょっと気になるけれど、ラズベリがフルフルと首を横に振った。

「大丈夫ですよ、多分。――さて、グスターちゃんも聞いての通り、まずは昨日の続きをしましょうか。疑似異世界で魔法の適性試験をすることにしましょう」

「了解だ♪」

「……(ボクも付き合う)」

「それじゃ、桜島事務所にみんなで行きましょう」


「ん? ここじゃダメなのか? 部室からは異世界に行けないのか?」

グスターの疑問に、ラズベリと釈迦頭先輩が首を縦に振る。

「ええ。ここも神社という特殊な聖域ですので、多少の魔法やスキルが使えないこともないのですが、色々な大人の理由があって――って、話していたら長くなりますね。とりあえず、異世界に転移して良いのは、桜島にある『なろうHANNKENNフィールド』の中じゃないとダメなのです」

「……(NHフィールドは全世界が注目しているんだよ。今のところ、技術秘匿のために、日本政府が異世界の情報を全部握っているんだけれどね、建前上)」


何だろう? ラズベリ達の言葉には、なにか含みがある感じ。

「??? 難しいことはグスター―にはよく分からないが、桜島からじゃないと異世界に移動できないんだな?」

「そういうことです」

「……(今は、その理解で良いよ。ぼちぼち異世界やNHフィールドの例外のことも知って行こうね?)」

「うむっ、よろしくだ♪」


こうして、昨日と同じようにラズベリのバイクの後ろに乗ってから、フェリーに乗って桜島へ移動することになった。ちなみに、釈迦頭先輩のバイクは400ccの「ねいきっど」ってやつ。とりあえず、格好良くて鼻血が出るかと思った。


 ◇


今日も桜島フェリーでうどんを食べたけれど、めちゃくちゃ美味かった。

15分間という限られた時間に食べる、きつねのお揚げが、本当にもう最高で最強なのだ♪

そんなことをラズベリの後ろに乗って思い出していると、バイクが止まる。


「さてと~、事務所に着きました。早く上に上がりましょう♪」

「……(了解)」「了解だ!」

ヘルメットを脱いで、3人でエレベーターに乗る。

2階で降りて、事務所に入る。


ん? あれ? 今日は、事務所に誰かいる。

社員のおばちゃん達だろうか?

「早苗さん、瑞穂さん、お疲れ様です」

「……(お疲れ様です)」

早苗さんと瑞穂さんと呼ばれたおばちゃん達――って言うよりも、綺麗なおねーさんと言った方が良い人達――がグスター達の方を見て笑顔を作ってくれた。

「いちごちゃん、実ちゃん、お疲れさま。あら、お客さん?」

「可愛い娘ね♪ もしかしなくても、ケモ耳があるから、グスターちゃんかな?」


「ハジメマシテ、グスターデス」

ぅうっ、丁寧語を使うつもりだったけれど、何か変なイントネーションになってしまった。でも、おねーさん達は優しい顔で返事をしてくれる。


「はじめまして、鮫島早苗(さめしま・さなえ)です」

「よろしくね♪ あたしは駿河瑞穂(するが・みずほ)だよ。あなたがグスターちゃんなのね。グスターちゃんの昨日の活躍は、資料で見させてもらっているわ。狼男相手に、無双したらしいじゃない?」

「イイエ、そのせいで、ケモ耳&尻尾がついてしまったノデス」


「……(グスターさん、無理して丁寧語使わなくて良いよ。正直、苦しいでしょ?)」

「うん、釈迦頭先輩の言う通り、敬語を使うのは、かなりつらい。イントネーションを、どこにつけたら良いのか分からない」

グスターの言葉に、ラズベリが笑顔を作った。

「ゆっくり慣れて行きましょ?」

「それでいいのか?」

「ええ。早苗さん、瑞穂さん、グスターちゃん、敬語や丁寧語を使うのに慣れていないんですけれど、大丈夫ですよね?」

ラズベリの問いかけに、2人が首を縦に振る。

「もちろんよ。とりあえず、よろしくね」「グスターちゃん、よろしく~」


「ありがとう。こちらこそ、よろしく頼む♪」

「さて、それじゃ、グスターちゃんと実ちゃんは先に会議室に行っていて下さい。わたくしは、転移の指輪を持ってきますので」

「……(了解。グスターさん、ボクについてきて)」

「うむ、分かった♪」


 ◇


釈迦頭先輩の後について行き、会議室に入った後、気になったことを聞いてみる。

「なぁ、ちょっと気になったんだが、早苗さんや瑞穂さんを『おばちゃん』って呼ぶのは失礼じゃないか? どう見ても、20代後半から30代前半だろ?」

「……(外見上は、そう見えるよね)」

「外見上は? え? 本当は、何歳なんだ?」

「……(2人とも、60歳は超えているよ)」


「え、嘘だろ!? グスターは、騙されないぞ♪」

「……(それが、嘘じゃないんだよ。そうだね、簡単にいうと『若返りの薬』って言えば良いのかな? それを使ったんだよ♪)」


「ほぇ? 若返りの薬?」

「……(そう。異世界で産出された魔法薬。本当は、まだ無認可だから人体に使っちゃいけないんだけれど、異世界に潜るサルべーザーが、異世界やHNフィールド内で使う分には自己責任だから――そういう抜け穴を使って、あの人達は若返ったの)」

「う、でも、それはアリなのか?」

「……(その位の報酬が無いと、凄腕の弁護士と女帝とまで呼ばれた会社経営者を引っ張ってこられないでしょ? お互いに、持ちつ持たれつだから良いんだよ)」

「それもそうだな。――ん? でも、そういうことなら、ラズベリも何かの秘薬を使っているのか?」

「……(ん? いちごが?)」


「ああ、だっておっぱいが大きいじゃないか♪ あと、大人っぽいし!」

「……(あははっ、アレは若返りの薬は使っていないよ)」

「本当に?」

「……(本当に。これは後で話そうと思っていたんだけれど、異世界って、こっちの世界と流れる時間が違っているんだ)」

「流れる時間が違うのか?」

「そう。各異世界で細かい時間は違うんだけれど、大まかに平均して『異世界の60分が、地球の時間では1分』なんだよ。だから、あっちの世界に60日いても、こっちの世界ではたった1日しか過ぎていない」


「ん? ちょっと待ってくれ。それじゃ、地球の時間換算で1時間分を異世界で過ごそうとしたら、60時間――2日と12時間――も異世界で過ごせるってことか?」

「……(そうなるね。だから、異世界で仕事をしていると、必然的に年を取るというか、ボクら成長期の人間は、身体が成長してしまうんだよ。特にいちごは社長だから長い時間潜っているし、食事や睡眠の時間も節約するために、疑似異世界に仕事専用の家を持っているから余計に身体が育っていると思う)」


「ちょっ、今、釈迦頭先輩は聞き捨てならないことを言ったぞ!? 異世界に潜ると、その分、早く老けるってことだろ!? それ、不味くないか!?」

「……(そのために、若返りの薬があるんだよ。この問題が表面化すると困るから、政府も若返りの薬の使用を黙認しているんだ。ちなみに、いちごもボクも、自分用に若返りの薬は何本かストックしてある。何かのトラブルに遭って年単位で異世界から帰れなくなった後、いざ日本に帰ってこれたとしても、おばちゃん高校生になってしまうのは嫌だからね)」

「ううっ、それもそうだな。なぁ、グスターも――」

「……(と、噂をすれば、本人がやって来たっぽい。この話は、ここまででお終い)」

「う、うむ。分かった」


ノックの音の後、ラズベリが部屋に入ってきた。

「お待たせしました。それじゃ早速、異世界に移動しましょう♪ 魔法の適性試験をしたいと思います――って、グスターちゃん、どうかしましたか?」

「いや、何でもない。ラズベリのおっぱいは大きいなと思ってな♪」

「セクハラは禁止ですよ~」


うん、心に決める。若返りの薬は、早いうちに手に入れとこう。

おっぱいが大きくなるのは良いんだが、おばあちゃんになってしまうのは、まだ早いと思うから。

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