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短編まとめ

荒野

作者: 杏里

ふと目が覚める。

まず目に入ったのは広大な空と薄くかかった雲。

体を起こし周囲を見渡す。

そこには、人の気配のない永遠と続く荒野があった。

なぜ自分はこんなところで眠っていたのか。

そこで気づく。

自分が何者であるかということに。

名前が思い出せないのだ。

いや、それだけではない。

自分がどこで生まれ、どこで育ち、どんな人間であったのか唯一つ記憶にない。

だが、自分が人間であることだけは理解できた。

全身を手で触れる。

身を纏うものは何もなかった。

力強く逞しい体つきをしており、高い身長を持つ。

どうやらこの体は男のもののようだ。

ひとしきり自分の体を確認した後、再び周囲を見渡す。

では一体ここはどこなのだろうか。

改めて考える。

しかし、記憶がないためその答えは見つからない。

一先ず少し歩いてみることにした。

もしかすればこの先に自分という存在を思い出す何かがあるかもしれない。



幾時が過ぎた。

最初にいた場所は既に視界から消え、戻れるかさえ分からない。

周囲には相変わらず荒野が広がっているだけ。

幾つか気になることがあった。

不思議なことに、歩いたことに対する疲れを全く感じないのだ。

そう時間が経っていないとはいえ徹頭徹尾何の疲労感も無いのは謎だ。

それに空腹感や口渇感もない。

自分が本当に人間であるのか疑心が生じる。



それからまた暫く歩き続けたが一向に進展しない。

結構な時間が経ったというのに空は明るいまま太陽の位置も変わっていない。

風も吹かず、人間以外の生物がいる気配さえなかった。

何一つ動くものがないのだ。

信じ難いことであったが、それが事実であるからには受け入れざるを得ない。

この世界の時は止まっているのだろう。

それ以外に考えようがない。



ひたすら走り続けた。

どうにかしてこの非現実的状況から抜け出すために。

このまま走っていれば何かが変わるという確証は毛頭ない。

しかし、それ以外に出来ることが無かったのだ。

ただの一度も振り返ることなく足を前へ進めた。

果てしなく続く荒野の先にこの状況を脱する手立てがあると信じて。



どれだけの時間が経ったのだろうか。

いつの間にか立ち止まっていた。

立ち止まらざるを得なかった。

気が付くと自分が最初にいた場所に戻っていたのだ。

勘違いなどではない。

確かなことだった。

なぜ?どうして?

疑問が生まれ、その疑問が膨れ上がる度に冷静さを失ってゆく。

気でも狂いそうだった。

何が自分をこんな目に遭わせているのか。

誰もいない世界で、存在しない誰かに怒りを覚える。

無駄だとわかっていてもそうすることでしか理性を保つことが出来なかった。

そしてその怒りを拳に込めて全力で地面に叩き付ける。

その行為に対する痛みはない。

傷一つ付いていない。

きっとこの世界では死ぬこともできないのだろう。

永久に、孤独にこの世界で生き続けるのだ。

その考えに至った時、全身から力が抜け、何もかもがどうでも良くなった。

何をしても無駄。死ぬことも叶わない。延々と続く荒野があるだけ。

こんな世界で一人、名前も分からぬ人間が立っていた。

そしてこの世界の全てを悟ってしまった時、彼はそっと目を閉じ考えるのをやめた。




やがて再び目を覚ます。

まず目に入ったのは広大な空と薄くかかった雲。

体を起こし周囲を見渡す。

そこには、人の気配のない永遠と続く荒野があった。

なぜ自分はこんなところで眠っていたのか。

そこで気づく。

自分が何者であるかということに――――


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