ひとりぼっちの魔法使い
一年のほとんどを雪におおわれた山の奥に、小さな村がありました。
雪深い土地のせいで作物はあまり育たず、村の人々は動物の毛皮を売って、やっとのことで生活をしていました。
家の中の粗末な暖炉にくべる薪も、毎日拾いに出かけないと寒さをしのげないほどでした。
けれど、そんな貧しい村にもわずかに楽しみはありました。
村人たちが狩りに出かける日は村を上げてのお祭りです。
毛皮を剥いだ動物の肉はこの上ないごちそうでした。
柔らかなウサギの肉はシチューに。臭みの残るシカ肉はニンニクのたれにつけ込んで串焼きに。その中でも特別なごちそうはクマ肉のスープでした。
独特なうま味が一緒に煮込んだじゃがいもによく染み込んで、口の中でほろほろと溶けるのです。堅くてまずいパンにしかならない小麦も、そのスープの中に入れればおいしいお粥に変身しました。
村人たちが大きなクマを背負って山を下りてくるのが見えると、家の中に閉じこもっていた子供たちは外に駆けだして嬉しそうに踊り出します。
明るい松明が灯された小さな広場で、村人たちは寒さも忘れて歌い踊りました。
ほくほくと湯気の立つ料理はあっという間に村人たちのお腹の中に収まっていきます。
その様子を黒く分厚いマントを着た男が木陰からこっそりと覗いていました。
男は漂ってくるおいしそうな料理の匂いに鼻をピクピクとひくつかせて、楽しそうな村人の姿をじっと見つめています。
しかし男はしばらくすると、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向きました。
「くだらないな!」
そう言うと、マントの裾を蹴り上げて、山の奥へとずんずん進んでいきました。
しばらく歩くと、レンガで出来た小さな小屋が見えてきます。
男はポケットの中に入れた枝のような杖を取りだして、空中で二度振りました。すると、小屋の扉が勝手に開きました。扉は男が小屋の中に入ったのを確認するように、ゆっくりと閉じていきます。
小屋の中は思いのほか広く、あちこちに色とりどりのがらくたが積まれていました。小さな暖炉には星くずの炎が宿り、小屋の中をいつまでも温めています。
男がもう一度杖を振ると、固く閉まっていたはずの戸棚から食器が飛び出してきました。その上には焼きたてのパンと分厚いステーキが湯気を上げています。
男は魔法使いでした。
魔法使いはきれいに畳まれたナフキンを首に結びつけると、テーブルに並んだ料理を空中に漂っていたナイフをつかんで食べ始めます。
「やっぱり牛の肉は良い。野生の肉なんて生臭くてとても食べられたもんじゃない!」
するとベットの上に並べられた人形が立ち上がってテーブルによじ登ってきました。
『そうだよ! あんな肉は貧乏人の食べるもの! あなたは偉大な魔法使いなんだから!』
「そうだ! わしは偉大な魔法使いだ! 敬われるべき者なのだ!」
『そう。あなたは偉大な魔法使い。誰よりも尊い者!』
テーブルの上に立ち並んだ人形たちが口々に声を上げました。人形の言葉に魔法使いは嬉しそうにうなずきます。けれど、不思議なことに人形たちが騒げば騒ぐほど、魔法使いの心は空っぽになっていきます。
むくむくと大きくなる虚しさを押し込めるように、口の中いっぱいに食べ物を詰め込みました。
食事を終え、杖を三回振るとテーブルの上の食べくずがきれいさっぱりと片づいてしまいます。
魔法使いの魔法はどんなことでも可能でした。薪をくべずに暖炉の火を絶やさぬ事も、豪華な食事を出現させることも、人形に魂を与えることもできます。
魔法使いはいつでも温かな小屋の中で、何事にも不自由することなく暮らすことが出来たのです。
暖炉に灯った星くずの炎の灯りで本を読んでいるときのことです。
遠くから枯れ葉を踏む音が近づいてきました。耳をそばだてると荒くつく息の根も聞こえてきます。
何事かと本を閉じてそっと窓から外を覗いてみました。外には毛皮を来た村人が一人、月明かりの下をずんずんと突き進んできます。
やがて小屋の扉が激しく叩かれました。
「おーい、魔法使い! いるんだろう?」
その声は静かな山の森にどこまでも響き渡りました。
魔法使いはゆっくりと十数えてから扉の側に立ちます。その間にも村人は外から激しく扉を叩いていました。
「突然夜中に何事だ。少しは領分をわきまえたらどうだ?」
魔法使いは扉を開けることなく声をかけました。
「けが人が出たんだ! すぐに来て魔法で治してくれ!」
「ふん! くだらないな! そんなことなどにわしの偉大な魔法を使うつもりはない!」
「頼む! すぐに手当が必要なんだ! 今から麓の町まで下りていたら間に合わない! ひどい出血なんだ!」
「おおかた、酒の飲み過ぎだろうよ。祭の騒ぎがうるさくてゆっくり本も読めなかった! わしの貴重な時間を邪魔した報いだろうよ」
口ではそう言いながら、魔法使いは暖炉の灰をひとすくい革袋に詰めました。それを杖でトンと一回叩くと、扉を細く開けて放り出しました。
「傷口にそれでも塗っておけ。死ぬことはないだろうよ」
村人は足元に投げ出された革袋を慌てて手に取り中身を確認します。しかし、その中に入っていたものを見て落胆しました。
「バカにしているのか? これはただの灰じゃないか! こんなものがなんになる! やはりお前などに頼ろうとしたのが間違いだった!」
そう言うと村人は革袋に入った灰を投げ捨てて、来た道を引き返していきました。
『せっかく薬を作ってあげたというのに、ひどい奴。あんな奴らは放っておいていいよ』
立ちつくす魔法使いの足元に、いつのまにか人形が来ていました。抱き上げて髪を撫でると、人形は気持ちよさそうに目をつむります。
「さあ森は眠る時間だ。わしのかわいい子たち、そろそろ寝るとしよう」
魔法使いはたくさんの人形に囲まれてベットに潜り込みました。
魔法使いは空の星も眠る夜更けに、ふと物音に気が付いて起きました。小屋の裏でガサガサと音がしているのです。
魔法使いはそっと起き出し、何事かとそっと窓の外をうかがいました。もしかしたら、先程の村人が引き返してきたのかもしれないと思ったのです。
月明かりの下には、軒先にうずくまる毛皮が見えました。やはり、先程の村人のようです。怒って帰っていったはずなのに、何をしているのでしょうか。
不審に思った魔法使いは、杖をしっかりと握りしめてそっと小屋の外に出ました。
物音を立てないようにそっと毛皮に近づいていきます。怪しい動きをしたら、いつでも反撃できるように杖を構えました。
「おい。こんな夜更けに戻ってきて何をしているんだ?」
すると毛皮はピクリと動きました。続いてクンクンと匂いを嗅ぐ音が聞こえます。
「ねえ、おかあさんがどこに行ったか知らない?」
むくりと起きあがった毛皮を見て、魔法使いは驚きました。
それは毛皮を着た村人ではなく、子グマだったのです。
「クマの子供がこんなところで何をしているんだ?」
子グマは魔法使いに近づくとクンクンと匂いを嗅ぎます。
「おかあさんがどこかに行っちゃったんだ。お家から出ちゃいけないって言いつけられていたんだけど、ボクお腹が空いちゃって。おかあさんはいつも夜になる前にドングリをたくさん持ってきてくれるのに、昨日の夜からいくら待っても帰ってこないんだよ。ねえ、ボクのおかあさんを知らない?」
すると魔法使いは冷たく言い放ちました。
「くだらないな」
それを聞いた子グマはみるみる目に涙をためていきます。
「くだらなくなんてないよ! すごく大切なことなんだ!」
今にも泣き出してしまいそうな子グマを見て、魔法使いは大きくため息をつきました。
「わしは母グマなど見ていない。そんなことより、こんなところでお前のような子グマがうろうろしていたら、すぐに村人に捕まってしまうぞ。早く山に帰るんだ」
「いやだよ。おかあさんがいないと淋しくて眠れないんだ。それに一人じゃ怖くて夜の森を歩けないよ」
そう言って子グマは悲しげに鳴き声をあげました。
こんなところで鳴き声をあげていれば、すぐに村人がやって来て子グマを捕まえてしまいます。
魔法使いは仕方なく子グマを小屋の中に招き入れました。
ぐすんぐすんと泣く子グマのために寝床を作り、眠ったままの人形を渡しました。
「ありがとう、おじいさん」
子グマは人形を母親代わりに抱きしめると、小さく丸まって眠ってしまいました。それを見た魔法使いは子グマに毛布を掛けてやりました。
翌朝、魔法使いは騒々しい音で目が覚めました。
積み上げた本はあちこちに散らばり、戸棚に閉まっておいたはずの食器は落ちて割れています。散らかった小屋の中では人形と子グマが飛び跳ねていました。
「ねえ、待ってよ。逃げないでよ」
『いやだ。こっちへ来ないで毛むくじゃら!』
「仲良くしようよ」
どうやら子グマが人形を追いかけているようです。人形は突然やって来た子グマに驚いて逃げまどっていました。
人形は起き出してきた魔法使いの足元にぴったりと寄り添い、子グマから隠れました。
『どうしてあんな変なのがここにいるの? 偉大な魔法使いはクマを使い魔にしたの?』
「いいや。一晩泊めただけだ」
『それなら、早く出ていってもらってよ。せっかくの素敵なお家がぐちゃぐちゃ!』
「たしかに、ひどい有り様だ」
魔法使いは人形の言葉にうなずくと、床に転がっていた杖を取りだして空中でくるくるを杖の先を振りました。すると、散らかっていた小屋の中が見る間に片づいていきます。崩れた本の山はすっと積み上がり、割れた食器はきれいに直って戸棚の中に収まっていきます。
「これでよし。さあ、夜はすっかり明けた。これで一人で山へ帰れるだろう? 村人に見つからないように真っ直ぐ家に帰るんだ」
そう言うと、子グマは悲しそうに首を傾けました。
「もう少しここにいちゃいけないかな? おかあさんが見つかるまで」
『そんなのダメに決まってるじゃない!』
すかさず人形が声を上げます。
「この子はこう言っているぞ。わしも暴れグマの面倒は見きれないぞ」
「じゃあ、いい子にしていれば、いさせてくれるの?」
『いい子になんて出来ないでしょうが! あなたのおかあさんも、あなたがいい子じゃないからどこかに行ったんじゃないかしら?』
人形の言葉に、子グマは今にも泣きだしてしまいそうです。
「そんなことないもん! ボクはいい子だったよ。ちゃんとおかあさんの言いつけを守ってお家から出なかったし、人間にも近づかなかったよ」
『あら。でもあなた、今はその言いつけを全部破っているじゃない。安全な家から出て自分から人里に近寄ってきているもの』
「だって、こっちの方からおかあさんの匂いがするんだ。ボクはおかあさんと山に帰りたいんだよ」
子グマが声を上げると、魔法使いはふんと鼻を鳴らしました。
「くだらないな。探すだけ無駄だ。いつか必ず親離れするときがやってくるんだ。それが早まっただけじゃないか」
魔法使いの言葉に子グマは悲しげにうつむきました。
「いつかはね。でも、今じゃないんだ。ボクはまだおかあさんと一緒にいたいんだよ。おじいさんはおかあさんが恋しくないの?」
「母親が恋しくないかだって? ふんっ! くだらないな! わしは母親の顔などとうの昔に忘れているんだ」
魔法使いは強い口調で言い放ちました。けれど魔法使いの心はちくちくと痛んでいました、本当はずっと前に死んでしまった母親の顔を忘れたことなどなかったからです。
魔法使いは母親の面影を持つ人形を抱き上げて、愛おしそうに髪を撫でました。
「わしはお前とは違う。これっぽっちも淋しくなんてないぞ。かわいいこの子たちがいればいつでも賑やかだ」
そう言うと魔法使いは子グマに言いました。
「さあ、母グマのことは諦めて早く山に帰るといい」
けれど子グマは大きく首を振ります。
「いやだよ! ボクはここに残っておかあさんを探すんだ!」
そう言うと子グマは小屋から飛び出して行ってしまいました。魔法使いは慌てて止めようとしましたがその声は子グマには届きません。
乱暴に開けられた扉の前で、魔法使いは小さくなっていく子グマの背中を見つめていました。
「仕方ない。これは自然の摂理だ」
魔法使いは森の冷たい空気を閉め出すように、杖を振って扉を閉めました。
雪が降り出しそうなどんよりとした重たい雲が空を覆っています。
魔法使いは小屋の周りに降り積もった落ち葉を踏みしめる音が聞こえてこないか耳をそばだたせながら、暖炉に灯った星くずの炎の明かりで本を読んでいました。けれど、紙いっぱいに書き込まれた文字はちっとも頭の中に入っていきません。飛び出していった子グマのことが気になって仕方なかったのです。
しかし、魔法使いはその思いを打ち払うように声を上げました。
「くだらないな! 全くくだらない!」
そう言うと人形たちも声を揃えます。
『そう。本当にくだらない! それよりも、そろそろおやつの時間よ? 今日は焼きたてのアップルパイを食べましょう?』
魔法使いは大きくうなずくと、杖を空中で三回振りました。すると香ばしい匂いを立ち上らせたアップルパイがテーブルの上に現れます。
人形たちが切り分けたアップルパイを頬張ろうと大きく口を開けたときです。
バアン!!
ひんやりとした森の空気が、鋭い銃声で切り裂かれました。
もしかしたら子グマが村人に見つかったのかもしれない!
魔法使いははっとして立ち上がります。パイ生地から甘く煮たリンゴが転げ落ちました。
マントを羽織ることも忘れて、小屋を飛び出しました。途中、村人が投げ捨てていった灰の詰まった革袋を慌てて拾い上げます。
魔法使いは村に続く細い小道を必死で走りました。その間にも、銃声は何度か響いてきます。
やっとの思いで村にたどり着くと、広場の隅に人だかりが出来ていました。
「クォォォン……」
今にも消えてしまいそうな子グマの声が聞こえてきます。
「まだ子供だが、里に下りてきたなら仕方がない。今夜もごちそうにありつけるぞ」
猟銃を構えた村人がにんまりと笑いました。その後ろでは、子供たちが嬉しそうに踊り出しています。
それを見て魔法使いは叫びました。
「なんとくだらない! 母グマだけでは足りずに子グマまで食べようというのか! そんなにごちそうを食べたいなら、さっさと麓の町に下りればいい!」
「小ずるい魔法使いめ! 今さら何をしに来たんだ! このクマの肉はお前にはやらないからな! この子グマはおれたちのものだ!」
お腹をすかせた村人は、子グマにとどめを刺そうと猟銃を構え直します。
それを見た魔法使いは大きく腕を振り上げて、空中で四回杖を回しました。途端に、杖の先からまばゆい光があふれ出します。
あまりにも強い光に村人たちが目をくらませている間に、魔法使いは傷ついた子グマを連れて森の中に逃げ込みました。
子グマの体から流れ出る血で、魔法使いのローブはぐっしょりと重たく濡れています。
魔法使いは子グマの体を木陰に横たわらせると、持ってきた灰を銃で撃たれた傷口に振りかけました。すると、痛々しく血を流していた傷がゆっくりと治っていきます。
浅く息をついていた子グマは、細く目を開けると弱々しい声で魔法使いに聞きました。
「おじいさん、どうして助けてくれたの?」
「実にくだらない理由だ」
魔法使いは険しい顔で答えました。
「ボク、おかあさんの匂いをたどってあそこまで行ったんだけど、急に匂いが途切れちゃったんだ。どうしてなんだろう? こんな不思議なことってあるのかな? おかあさんはどこにいるのかな?」
傷つきながらも母グマのことを探す子グマを見て、魔法使いは切なくなってきました。
「お前の母親はもうここにはいない。村人たちに食べられてしまったんだ。だから山に帰れと言ったんだ。探すだけ無駄だったんだ」
それを聞いて子グマは泣き出してしまいました。
「そんなの嘘だもん。おかあさんは隠れているだけなんだ。おかあさんはボクを置いて遠くに行ったりしないんだ」
「泣くな。声を聞かれれば村人たちがやってくる」
魔法使いは子グマを泣き止ませようとしますが、ますますひどく泣き出すばかりです。
「おじいさんは、おかあさんが死んじゃっていたって知っていたの? だからボクを山に帰らせようとしたの?」
「ああそうだ。知っていた。お前がやってくる前の晩に、村人たちが狩りの獲物で祭りをしていたのを見ていたからな。お前が母親を探していると聞いてすぐにわかった」
「じゃあどうしてすぐに言ってくれなかったの? おかあさんは死んじゃったって」
子グマは傷の痛みよりも、母親を失った悲しみに涙を流しています。それを見て、魔法使いの心はズキズキと痛みました。
「そう伝えていたらお前はおとなしく山に帰ったのか? 伝えたとしても、きっと帰らなかっただろう」
魔法使いは子グマを落ち着かせようと、優しく毛皮を撫でてやります。
「おかあさんに会いたいよう」
泣き続ける子グマに魔法使いは言いました。
「死んだ者は帰っては来ない。それが自然の摂理だ」
「それでもおかあさんに会いたい! おかあさんと一緒にいたい! あのまま村人たちに食べられれば、おかあさんに会えたかもしれないのに!」
それを聞いて魔法使いはひどく悲しい気持ちになりました。
「そうなるのも自然の摂理だと思ったのだが、お前を見ているといても立ってもいられなくなってくる。だが、助けてやるのはこれが最後だ。このまま山に帰るんだ」
子グマはグスンと大きく鼻をすすりました。
「ねえ、おじいさんは偉大な魔法使いなんでしょう? それなら、おかあさんを生き返させることだって出来るよね? それ以上はお願いをしないよ。言いつけだってちゃんと守るから。だから、おかあさんを生き返させて?」
それを聞いて魔法使いは考え込みました。
偉大な魔法使いには不可能なことなどありません。ですが、自然の摂理に反することは固く禁じられているのです。死んだ者を生き返させた魔法使いは、未だかつて存在していませんでした。
「不可能ではないだろうが、それをしたらどうなるかわしにもわからない。成功するかどうかもわからない」
「お願い、おじいさん。もう一度おかあさんに会いたいんだ。会えるなら、ボクは村人たちに食べられちゃってもいいんだ」
魔法使いは子グマの必死の願いを聞き入れることにしました。
ポケットにしまっていた杖を取り出すと、慎重に十回づつ時計回りに振り回しました。最後に五回空中をたたきます。
すると、どんよりと曇っていた雲が割れて、一筋の光が森の中に差し込みました。
その光の中に立派な母グマの姿が見えます。
「おかあさん!」
子グマが叫びました。
死んでしまった母グマがあの世から呼び戻されたのです。
「わたしのかわいい坊や。悲しい思いをさせてごめんなさい」
そう言うと、母グマは子グマをしっかりと抱きしめました。
「おかあさん! もうどこにも行かないでね! ずっと一緒にいてね!」
魔法は成功したのです。
「おじいさん、ありがとう!」
子グマは魔法使いを見上げて嬉しそうに声を上げます。けれども、魔法使いは不思議な感覚に囚われていました。親子のクマが寄り添っている姿に、ふと幼き日の懐かしい母親の面影が重なったのです。
バアン!!
そのとき、一発の銃声が響き渡りました。
村人が猟銃を撃ったのです。
木陰からは二頭のクマが銃声に驚いて走り出していきました。
「ちっ! 外したか」
村人が木陰を覗き込むと、そこには年老いた魔法使いが血を流して横たわっていました。
クマを狙っていたはずの銃弾が魔法使いに当たっていたのです。
村人は残念そうに肩を落としました。
「くだらないものに貴重な弾を使ってしまったな」
そうつぶやくと、クマを追って山の中に入っていきました。