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Undivided Desire  作者:
7/22

第七話:VSゴブリン

「ゴブリン分際が罠とは、いらん知恵付けやがって」

 忌々しげに、ジルベールが吐き捨てる。ゴブリン達はギィギィと耳障りな声をあげ、錆だらけの剣や、先を尖らせた木の槍など、粗末な武器を振りかざしている。威嚇しているのだろう。

 武器を握り、敵意を露わにした存在に取り囲まれるという事態は、おれの肝を冷やすには充分だった。それが醜い化物となればなおさらだ。

「悪いが俺は、こっちはからっきしでな。自分の身は自分で守ってくれ」

 言って、ジルベールは御者台に置いていたらしい短槍へと手を伸ばす。その脇を、リンディが剣を引き抜きながら駆け抜けていく。多勢に無勢のこの状況では、悠長に敵が仕掛けてくるのを待つべきではない。そのことに俺が思い当たった時には、既に少女は一匹のゴブリンに肉薄していた。突き出された粗末な木の槍を切り飛ばし、返す刃で袈裟懸けにする。

 肩口からざっくりと切られたゴブリンは、甲高い絶叫を――断末魔を上げて倒れた。地面にゆっくりと、緑っぽい液体が広がる。それが血だということを理解するまでに、しばしの時間が必要だった。

 ゲームのゴブリンは血を流さない。倒したモンスターは消滅するから、死体だって残らない。だが、ここでは違うのだ。倒れたゴブリンの亡骸が、おれに忘れていたリアルを突きつける。胸の奥にじんわりと、黒い霧のようなものが立ち込めた気がした。着慣れない服が、汗でじっとりと湿っていることに気付く。

「この!」

 視界の端では、赤髪の少女が別なゴブリンに切りつけたところだった。そして、おれは彼女の背後――木の影に隠れるようにして、ゴブリンが潜んでいるのを見つけた。手には粗末な木の弓を構えている。

〈ゴブリンアーチャー〉。伏兵の存在に、リンディは気付いていない。

「リンディ!」

 警告の言葉を叫びながら、おれは咄嗟に走り出していた。進路上に、ゴブリンの死骸が転がっている事に気が付く。亡骸は、錆だらけの剣を握っていた。

 走りながら、身をかがめて手を伸ばす。転げそうになる身体のバランスを必死で保ちながら、剣を拾い上げる。

 警告の声が届いたのか、リンディは振り向き、そして伏兵の存在に気が付いた。しかし、間に合わない。彼女が動くより先に、ゴブリンの構えた弓から矢が放たれた。

「――!」

 呼気と共に、地面を蹴る。放たれた矢、その軌道、鈍く光る鏃までも、はっきりと見えた気がした。

 手にした剣を、振るう。飛来する矢を、叩き落す。

「キョータ!?」

 少女の驚愕を背に、おれは剣を構え直す。正面では、奇襲に気付かれたゴブリンアーチャーが、口惜しそうに唸り声を上げ――手にした弓を放り捨て、換わりに粗末なナイフを取り出すところだった。ゴブリンはナイフを振りかざし、耳障りな叫びを上げながら突っ込んでくる。

 酷く喉が渇いていることを自覚する。そして、己の足が震えていることにも。おれは怯えていた。〈NES〉では幾度となく屠った、雑魚モンスターであるゴブリンにだ。

「落ち着け……落ち着け……ゲームと同じ様に……」

 ゆっくりと、そして深々と息を吐く。吐き出した息と共に、込めすぎていた力が抜けていく。鼓動は激しいままだったが、それでも頭は冷えてくれた。

 そして眼前に、ゴブリンが迫る。

「おおおおおお!」

 ナイフが突き出されるより早く、おれは一歩、踏み込んだ。掲げた刃を振り下ろす。大上段の一撃がゴブリンの身体へ食い込み、肉を裂き、骨を絶ち―奪取大した抵抗も無いまま通り抜ける。

 剣を振りぬいたおれの背後で――肩口から両断されたゴブリンが崩れ落ちる。

「やれる……やれるぞ……」

 ――おれは、戦える!

 あまりにも容易く敵を仕留めた事で、恐怖は闘志へと変わった。鼓動と共に、熱が四肢へと行き渡っていく。その熱さに突き動かされるようにして、おれは一歩、踏み出した。もう一歩、もっと速く。歩みは疾走となり、勢いのまま剣を振りかぶる。

 疾走の先、ジルベールに襲いかかろうとしていた、ゴブリンの首を切り飛ばす。

「次!」

 おれは動きを止めない。剣を薙ぎ払って隣に居た一匹の胴体を両断し、切っ先を翻して別な一匹に突きを叩き込む。

「次! 次! 次!」

 切る、突く、薙ぎ払い――殺す。戦う力があるという事実が、怯えを怒りに、恐怖を敵意に変えていた。まるで狂ったかのよう剣を振るい、修羅のようにゴブリンを駆逐していく。己の何処にこんな凶暴さが秘められていたのかと、心の片隅で呆然としている自分がいる。

 次なる標的に、剣を叩きつける。振り下ろした刃は、相手が掲げた剣ごとその頭蓋を割り――次の瞬間、嫌な音を立てて砕け散った。

 NESにおいても、『武器の破損』というシステムは存在した。まして今は現実だ。もとよりロクに手入れなんかされていなかっただろうボロボロの剣が、おれの人間離れした腕力に耐えられなくなったのだ。

 武器を失ったおれに、ゴブリンが殺到する、その瞬間。

「――〈ウインド・スライサー〉発動(イグジスト)

 風が渦巻き、吹き抜ける。〈ウインド・スライサー〉は風を複数の刃に変えて放つスキルで、発動速度、威力、攻撃範囲のバランスが良い、優秀な魔法である。

 薄い緑に輝く風の刃が、ゴブリン達を切り裂いていく。おれに襲い掛かろうとしていたゴブリン達は、絶叫すらなく地面へと倒れた。

「幸平――助かった」

 おれの礼に、魔法を放った友人はにやりと笑う。

「ふふーん。ま、いいってことよ」

 髪をかき上げ、格好をつけた幸平は――直後、へにゃりと眉を情けなく下げた

「いやまあ、もっと早く手伝えって感じなんだけどね。ビビッて動けなかったんだ。ごめんよ京太」

「無理も無いって」

 慰めの言葉を口にしながら、おれは周囲を見渡した。切り捨てられたゴブリンの亡骸が、無残に散らばっている。ゲームには出てこない、生々しい「死」の光景だった。

 巻き散らかされた血と内臓や、かっと目を見開いたまま死んでいる生首を見て、おれは吐き気がこみ上げてくるのを抑えられなかった。随分と勝手なことだ。このグロテスクな光景を生み出したのはおれなのだ。自分で死体の山を築いておいて、それを気持ち悪がるなんて。でも俺は生き物の死体なんて、スーパーで売ってる牛肉や魚の切り身くらいしか見たことがないのだ。

「あらかた片付いたみたいだな」

 ジルベールの声が耳に届き、おれは現実に引き戻された。見ればゴブリン達は殆どが地に伏し、残りも背を向けて逃げ散るところだった。

「さっきはありがとう、キョータ。助かったわ」

 剣を収め、こちらに駆け寄ってきたリンディが礼を口にする。

「それにしても驚いたわ。こんなに強いなんて――二人とも、いったい何者なの?」

「確かにな」

 リンディの言葉に、ジルベールが頷く。

「コーヘイの魔法もそうだが、キョータもすげぇ腕前だ。素人とは思えねぇ。いったい何処で習ったんだ? 実は流れの傭兵だとか?」

 いや、これはゲームで……と言いそうになり、おれは口をつぐんだ。ファンタジーの住人に、オンラインゲームやVR技術の話をしても理解してもらえるとは思えなかったからだ。

「ま。ちょっとね。それより、ここから早く移動しよう」

 そう言って、おれは彼らに背中を向けた。半分は誤魔化しで――半分は賞賛の言葉に緩んでしまった顔を隠すためだった。感嘆も感心も、今までの人生で、そう縁があったわけじゃない。だからこそ、彼らの言葉はくすぐったく、温かかった。

 見れば――幸平もおれと同じような顔をしている。彼はおれと目が合うと、にやっと笑って拳を突き出す。おれも笑みを浮かべ、拳を握ると、幸平のそれにぶつけた。

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