表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Undivided Desire  作者:
2/22

第二話:〈ネバー・エンディング・ストーリー〉

 ぽこん、という軽い音と共に、後頭部に軽い衝撃が走った。

 心地よい眠りから強制的に引き上げられたおれは、頭を押さえながら顔を上げる。そこには腰に手を当てて仁王立ちするクラスメイトの姿があった。

 肩口で切りそろえた髪に、意志の強そうな瞳。きっちり整えられた服装と、引き締められた口元。その顔立ちは十人に聞けば八人が「美人」と答え、そのうち六人が「気が強そうだけど」という枕詞を入れるだろう。

 女子生徒――鈴森菫は、いかにも怒ってます、といった表情で俺を見下ろしていた。その脇には、欠伸をかみ殺す幸平の姿も有る。

「……おはよう、鈴森さん」

「おはよう、木戸君。もう授業は終わったわよ」

 おれの挨拶に、鈴森は、丸めたノートで肩をトントンと叩きながら返答した。おそらく、そのノートがおれの頭を叩いた凶器だろう。彼女の背後、教室の前方に供えられた黒板は既に日直によって消され、教師の姿も無い。黒板の上に備えられた時計が、既に下校時刻を迎えている事を示していた。

「驚いたわ。授業中、ずっと寝てるんだもの」

「……おれも驚いたよ」

 まだ重たい瞼を指で擦り、瞬かせる。居眠りをするのが初めてとは言わないが、授業が終わった事にも気が付かないとなると重症だ。よっぽど眠かったらしい。

「仕方ないんだよ、菫ちゃん」

 答えたのは、おれではなく幸平だった。どうやら彼も居眠りをして、鈴森に叱られたらしい。

「昨日はNESのイベントだったんだ。終了時間ギリギリまでインしてたからさぁ。限定アイテムの出現率が低すぎて……」

「NESって、またゲームで夜更かししたの?」

「そ、〈ネバー・エンディング・ストーリー〉。知ってるでしょ?」

 〈ネバー・エンディング・ストーリー〉、通称NES(ネス)。〈ドリームマシン〉対応VRGのタイトルで、中世ヨーロッパ風、つまり正統派ファンタジーの世界観を誇るMMORPG――マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームである。いわゆる「剣と魔法の世界」が体験できるとあって、発売当初から売り切れが続出し、今ではドリームマシンで発表されたゲームでもトップレベルの人気タイトルとなっていた。

 俺も幸平もNESのプレイヤーだ。発売当初からどっぷりハマッており、許す限りの時間をこのゲームに費やしている。

「あ、そうだ。菫ちゃん。菫ちゃんもドリームマシン持ってるんだよね?」

 居眠りの原因がゲームと知り、眉を顰める鈴野に、幸平は悪びれることなく問いかける。

「うん。ソフトは教育プログラムしか持ってないんだけど」

 ドリームマシンを使って、仮想空間で勉強する、という教育ソフトも存在する。何しろ、仮想空間ならどれだけ勉強しても目も疲れないし、腕も痛くならないので、現実で勉強するより効率が上がるのである。他にも英会話ソフトなどでは、AIを相手に実践的な会話の練習が出来たりするらしい。

「結局、教育プログラムもなんだか合わなくてやめちゃったんだけどね。ドリームマシンも押入れにしまいっぱなし」

「じゃあさ、菫ちゃんもやらない? 〈ネバー・エンディング・ストーリー〉」

「私が?」

 幸平の誘いに、鈴森は眉を上げた。幸平は頷き、ぴしり、と指を立てる。

「長らく人類が夢見たバーチャル・リアリティーという偉大なる新技術を、勉強にしか使わず、あまつさえ押し入れの中に仕舞いっぱなしだなんてもったいない。というわけで僕らとロマンあふれる大冒険へと旅立とうじゃありませんか」

「うーん。興味が無いわけじゃないんだけど……」

 幸平の誘いに、鈴森は考え込む。これでいて彼女は、結構ゲーム好きだ。というか、おれや幸平の影響でゲームをやるようになったというのが正しい。幸平もそこらへんがわかっているから、ここ一番のお気に入りであるNESの「布教」を始めたのだろうが。

 と、その時。

「――よう、何してんだ? さっさと帰ろうぜ」

 背後からの声に振り向くと、一人の男子生徒――クラスメイトである園原流斗が立っていた。

「あ、丁度いいところ――ねぇ、園原君。園原君もやってるの? 〈ネバー・エンディング・ストーリー〉」

 鈴森の問いかけに、流斗はぴくりと眉を上げる。

「今、紺野君から勧められてたんだけど、園原君もやってるのかなって」

「……いや、俺はやってないよ」

 鈴森の問いに、流斗は首を横に振る。

「そうなの? 意外ね。いつも三人一緒なのに」

 おれと幸平、流斗の三人は中学校からの友人だ。中学二年生の時からだから、かれこれ四年目になる。何度かクラスが別になったこともあるが、未だに縁は切れていなかった。ちなみに、鈴森も同じ中学である。残念ながら彼女との間には思春期特有の、性別と言う名の壁が有るので、「四人組」にはなりきれていなかった。

「ま、レクチャーだったら僕と京太がしてあげるからさ。普通に楽しむだけなら、そんな難しいゲームじゃないし、菫ちゃんは運動神経も良いからね。それに、やっぱり〈NES〉は面白いからさ。絶対にやる価値はあるよ」

「うーん。どうしようかな……」

 話を再開する二人を尻目に、おれは流斗へと向き直った。

「なあ、流斗もやらないか?〈NES〉」

 高校に上がるまでは、サッカーに打ち込んでいたおれ。

 お調子者だが、友達思いでどこか憎めない幸平。

 勉強も運動もできるけど、シニカルで気分屋な流斗。

 まるでタイプの違う三人がつるんでいられるのは、ゲーム好きという共通点があるからだった。おれ達はゲームの貸し借りや対戦を頻繁にしていて、同じゲームをプレイするのはいつものことだった。

 しかし。

「俺はいいや――ネトゲってのが苦手でね」

 流斗はそう言って肩をすくめる。これで格闘ゲームやRPGはもちろん、恋愛シュミレーションや十八歳未満は買ってはいけないゲームまでいける口である流斗だが、何故かネットゲームは肌に合わないらしい。良くも悪くもマイペースな彼らしいと言えば、彼らしいかも知れない。

「残念だな……また何か、三人で同じゲームがしたいんだけど」

 おれと幸平がNESに没頭しているせいで、最近は微妙に流斗との間に溝がある。疎遠になるというほどではないが、それでもやはり共通の話題の有無と言うのは、交友関係に影響を及ぼしていた。

「……そうだな」

 流斗は小さく呟くと、肩をすくめる。

「別にNESに拘る事は無いだろ? 何か良さそうなタイトル見つけて、三人でやろうぜ。なんなら鈴森も誘ってさ」

「ああ、そうだな――おれも探しておくよ」

 おれの返答、流斗は「頼むぜ?」と笑い、それから未だに話し込んでいる幸平と鈴森に視線を向ける。

「なんか長くなりそうだし、先に帰るわ」

 いつもなら三人で帰るのだが、幸平と鈴森の話はまだ終わりそうにない。おれは待つつもりだったが、流斗は先に帰るようだ。

「了解。またな」

「ああ。じゃあな」

 言って、流斗はひらひらと手を振りながら教室を出た。その背中が廊下へと消えるのを見送ると、おれは窓の外へと視線を転じた。

 校庭では、運動部に所属する生徒達が、部活の準備を進めている。数人掛りでゴールを移動させるハンドボール部、輪になってストレッチをしている陸上部。そして、ユニフォーム姿で、ボールやカラーコーンを抱えているサッカー部。

 眩しいものを見てしまった気がして、おれは目を逸らした。


 学校から徒歩で三十分。自宅へと戻ったおれは、早々に二階の自室へと引っ込んだ。さして広くもない部屋は、積み上げられた漫画とゲームソフトで埋まってる。そしてその隙間に埋もれるようにして、空気の抜けたボールや中学時代のユニフォームといった、過去の残骸が転がっていた。

 ――子供の頃、おれはヒーローになりたかった。

 別に珍しい話ではないだろう。アニメや特撮番組に出てくる正義の味方に、幼いおれは憧れた。人々からの感謝と賞賛を一身に受ける英雄に、自分もなりたいと思ったのだ。

 やがて時間と共に現実を理解してくると、もう少し「現実的な」ヒーローに――スポーツ選手になりたいと願うようになった。おれは地元のクラブチームに入って、毎日のようにボールを追いかけるようになった。

 その頃おれは、頑張ることに疑問を持たなかった。努力すれば夢は叶うものだと思っていた。世の中にあるのは出来ることと、これから出来るようになることばかりで、世界は輝いていたし、未来は希望に満ち溢れていた。

 ――しかし、全ての人間が栄光を手に入れられるわけではない。

 試合をすれば勝敗が分かれるし、レギュラーの枠は限られてる。「特別」になれるのは一握りの人間だけで、努力をしているのは自分だけではない。何人もの「努力した」人間の中から、抜き出るだけの「何か」を持っている奴だけが、夢を叶えることが出来る。

 ――そしておれには、才能が無かった。

 努力はしたし、努力しただけ上達もした。しかし逆に言えば、努力した以上に上達することもなかった。そして世の中には、僅かな努力で、あるいは努力をしなくても、まるで飛ぶように高みへと登っていく人間がいる。全国で活躍したり、プロになるのそういう特別な人間であって――おれはそうではなかった。

 練習をすればするほど、努力をすればするほど、おれはそのことを痛感するハメになった。

 サッカーだけじゃない。他のスポーツ、芸術、あるいは学問……そのどれにも、常人には、努力だけではたどり着けない領域があり、そこに届いた人間だけが「特別」と称され、人からの賞賛を受けるのだ。そしておれには、特別な才能なんて何も無かった。人に誇れるようなものなんて、何一つ持っていなかったのだ。

 そのことに気づいてから、おれは何かに熱心になることができなくなった。

 報われないかもしれない。徒労になるかもしれない。無駄かもしれない――そう思うと、頑張れなくなってしまうのだ。

 才能もないし努力も出来なくなった奴が、熾烈なレギュラー争いに勝ち残るはずもなく――おれは中学最後の試合を一回もコートを踏むことなく終えた。

 ……おれは床に鞄を投げ出すと、置きっぱなしだったドリームマシンの電源を入れた。ヘッドギアを頭に被り、制服のままベッドに横たわる。視界に「Now Loading」の文字が点滅し、マシンが立ち上がる低く小さな音が聞こえてくる。

 自分の限界を知ってしまったおれは、高校ではサッカー部に入らなかった。そして余るようになった時間を埋めるように、俺はゲームに没頭するようになる。

 もともと、ゲームは好きだった。ゲームの世界では、おれは特別になれたから。世界を救う英雄にも、魔王と戦う勇者にも。そんなおれが、仮想体験型ゲームに手を出すのは時間の問題だったかもしれない。まるで本当にゲームの世界に入ることが出来る――退屈な現実から離れ、冒険の日々を過ごすことができるバーチャル・リアリティーに、おれは直ぐに夢中になった。

 でも――それが逃避であることも、心のどこかで分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ