5話 (ง •_•)ง 頑張らなくちゃ!
「それでは世話になった。また明日、迎えに来よう」
宰相閣下が軽く手を上げると、
「はい。お待ちしております。約束です!」
セレナがぱぁっと目を輝かせて答えた。
その姿を見送りながら、私は胸の中でそっとため息をつく。
(セレナが外へ出て……しかも、あんなに頑張ってくれた。
嬉しい。でも――何年も外に出られなかった子が、そこまで無理をしたということは……
それだけ、私が心配をかけていたってことだ)
一年前の、あの日の記憶が胸を締めつける。
「エミリア、君との婚約はなかったことにしてほしい」
彼があの冷たい言葉を告げた瞬間の衝撃。
妹の誕生日を壊してしまった罪悪感。
婚約破棄の恥辱。
私はあの瞬間から、立ち上がれなくなった。
そんな私の代わりに――
ずっと部屋にこもっていたセレナが外へ出て、怪盗まで捕まえてきた。
(セレナが頑張ったんだもん。
……わたしも、強くならなきゃ)
***
「迎えにあがりました。セレナ様、エミリア様」
翌日。ベルン様が漆黒の最新型魔導車から降り立った。
元婚約者が乗っていた魔導車よりも
速度もパワーも桁違い――軍事目的で作られた、貴族でも滅多に持てない品だ。
車の扉が開き、現れたのは公爵家の宰相――セドリック閣下。
昨日の質素な官服とは違い、今日は勲章をまとった正式な宰相服。
美しい顔立ちは、さらに神々しさを帯びて見えた。
宰相閣下はその美貌、才能、財力から
他国からもお見合いの話が殺到して迷惑していると聞く。
「才能ある女性以外には興味がない」と新聞で答えていたけれど……理由がよくわかる気がした。
……でも、今の私の視線は別のものに釘付けだった。
(この魔導車……)
セレナの治療のために作った“魔力が視えなくなる眼鏡”の試作品――
“魔力が視える眼鏡”を取り出し、私は車の魔力回路をじっくり観察した。
セレナほど精密には視えないが、
魔導車ほど強大な魔力を放つ魔道具なら、回路が読める。
「こ、この魔導車……魔力回路の配置が普通と違う……!?」
気づいたら、私は車体を指でなぞっていた。
「え? ここ、通常なら横に流れるはずでは……
うそ、縦配置……しかも魔力の集束が――」
熱が一気にこみ上げ、言葉が止まらなくなる。
宰相閣下が、興味深そうに目を細めた。
「……エミリア嬢。あなたには魔力が“視えている”のか?」
「はっ……! す、すみません! つい……!」
「いや、謝る必要はない」
「姉妹揃って魔力が視えるとは、すごいですね」
ベルン様まで感心したように言う。
「あ、違うんです! これはセレナが視えているものを理解するために作った試作眼鏡で……
本職の魔力視とは違って、強い魔力を持つものしか拾えませんが……」
慌てて眼鏡を外すと、
「それはすごい。少し借りてもいいかな?」
宰相閣下が手を差し出した。
私は急いで眼鏡を渡す。
「セレナほど繊細なものは視えません。
本当に強い魔力だけです」
私が説明すると、宰相閣下は眼鏡を眺めながら言う。
「それでも十分に革新的だ。
……何故、これを学会で発表しなかった?」
「それは……女性は錬金術学会には……」
言いかけて、私は口を閉じた。
表向きは女性も研究職につけると言っているが、
現実は違う。
強い後ろ盾のある女性しか学会に入れない。
努力しても、才能があっても、
「女は研究に向かない」と言われて門前払いされる。
「閣下、学会はコネがないと女性は入れない――そんな噂もあります」
ベルン様がさりげなく補足してくれた。
「……それは由々しき問題だな。
才能ある者が“女性というだけで”活躍の場を奪われるなど……
国の損失以外の何物でもない」
「え……」
顔を上げると、宰相閣下がまっすぐこちらを見ていた。
「本来、才能に性別など関係ない。
貴女のような人物の発明を取りこぼすのは、この国にとって痛手だ。
……そう思わないか?」
優しい瞳に、胸がじん、と熱くなる。
誰かに、こんなふうに肯定してもらったのは――初めてだった。
「そうです! 姉様は本当にすごいんです!!」
セレナがきらきらの瞳で、勢いよく言ってくれた。
気づけば、涙がこぼれていた。
(姉の私が、こんなんじゃ……情けない。
あの男にけなされただけで引きこもって……
本当に大切な人たちの声を聞けてなかった)
胸の奥をぎゅっと握りしめる。
(もう一度、前を向こう)
(セレナが頑張ったなら、私も……頑張らなきゃ)
その瞬間、
魔導車の車体に映った私の顔は――
昨日よりずっと強く見えた。




