10話 ただでは引かぬ( ̄ー ̄)ニヤリ
「……テンツ商会の売り上げが落ちている?」
男の問いに、部下は深々とうなずいた。
手には新聞と報告書。
そこには──テンツ商会が重用していたダリルの“盗作疑惑”、
女性というだけで発表の場を奪われていたエミリアへの同情、
そして宰相セドリックの“女性の学会参加を認める声明”が大々的に掲載されている。
テンツ商会は模倣品の件だけでなく、
メリィの成金ぶりと悪評が重なり、
完全にゴシップの的となってしまっていた。
「どういたしますか? 生活必需品の魔道具は、いま宰相閣下とハルシュタイン家の長女エミリア様の活躍で“躍進する女性の象徴”とされ、貴族の間で爆発的に売れています。市場を一気に奪われている状態です」
部下がそう言い、書類を男へ渡す。
「逆にテンツ商会の商品を持っているだけで“恥”という風潮ができまして……。店頭分は返品、所有品は廃棄され、盗聴器はほぼ市場から消えました」
報告を聞きながら、男は静かに書類を破り捨てた。
「……潮時か」
「では、このまま撤退を?」
部下が小声で伺う。
「まさか。それなりの成果は残さなければ、示しがつかんだろう」
「では、どう動かれますか?」
男はゆっくり立ち上がり、
窓辺へ歩きながらつぶやいた。
「さて──どうしたものか」
その横顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。
***
「おい、それは北部への注文だ!! 間違えるな!!」
「東部への分の在庫が足りません! 出荷は何日後になりますか?」
庭に出ると、慌ただしく働いている領民たちの姿がありました。
父は馬車の前で次々に指示を飛ばしています。
「お父様」
「ああ、セレナ。どうしたんだい?」
「姿が見えないから……探しに来ました。朝食の用意ができました」
「ああ、そうだったな。すまない、すぐ行くよ」
父は仕事の手を止め、私と並んで屋敷へ歩き出します。
「忙しそうです……大丈夫ですか?」
「ああ、セレナとエミリアのおかげで、うちの商品が飛ぶように売れてね。流通さえ整えば、あとはなんとかなる。ほんとうに、二人のおかげだよ」
「はい。姉様はすごいんです」
「エミリアもすごい。でも──セレナ、君もだよ」
「私も……ですか?」
父はゆっくりうなずいてくれました。
「セレナが勇気を出して部屋から出てくれたから、今があるんだ。
……私たちのために立ち上がってくれて、ありがとう」
差し出された父の手。
私はそれをぎゅっと握りしめました。
「頑張れたのは、お父様とお姉様がずっと優しくしてくれたからです。
だから報いたいと思いました。
もし私が偉いのなら……お父様も、お姉様も偉いんです」
父は一瞬目を見開き──
くしゃりと優しい笑顔を浮かべてくれました。
私はその笑顔が嬉しくて、さらに強く手を握り返しめました。
***
「で、その後の動きは?」
執務室。セドリックの問いに、ベルンが書類を取り出す。
「はい。閣下がハルシュタイン家への全面バックアップを宣言されてから、商品の売れ行きは順調です。
テンツ商会の没落も見事でしたね。
『安物を持っているのは恥』という評判を広めたのが効きました」
「それは何よりだ。問題は……相手がここからどう動くかだな。
盗聴器は“日用品の魔道具に紛れ込ませる”前提のものだ。
魔道具でない物から反応が出れば怪しまれる。
……次はどの領地に接触するか、それとも“海外製品”として流入させるか」
「そうですね……」
ベルンはさらに資料をめくり──
ふと、手を止めた。
「どうした?」
「いえ……この報告書に記された“不用品回収業者”なのですが。
処分されたテンツ商会の商品を、片端から買い取って倉庫に集めています。
盗聴器が見つかることを恐れて、回収しているのだと思われます」
「ふむ……。当然の動きだな」
「そして、その倉庫の場所なのですが……
閣下、以前の“新興宗教”の件、覚えていらっしゃいますか?」
ベルンが問う。
「ああ。今も調査中だが……どうした?」
「奇妙なことに、その倉庫は“怪奇現象が起きる”と訴えていた貴族の屋敷のすぐ近くです。
その貴族は例の新興宗教へ、ますます心酔している様子で……」
ベルンの言葉にセドリックは細く目を細めた。
「……面白い。
ついに点と点がつながり始めた、というわけか」
その声音には、静かな怒りと興味が混ざっていた。




