表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

1話 結婚していただけますか?

「あれが……件の男か」


 舞踏会の片隅で、簡素な官服をまとった男が小さくつぶやいた。

 黒髪に金の瞳――十分に目立つ容姿でありながら、彼は上位魔法《認識鈍化》を展開し、周囲の視線を巧妙にぼやけさせている。

 参加者たちには、ただの冴えない官僚にしか見えないはずだ。


「はい。真理の灯教会の教主、ハインリッヒ・ヴェルムです」


 隣で答えたのは、茶髪の官僚ベルンだった。


 近頃、この男が率いる宗教は貴族層で不自然なほど勢いを増している。


(“神の使い”を名乗り、どんな悩みも言い当てる……か。

 情報源が不明なのが厄介だな)


 そう思いながら、セドリックはワインを静かに口へ運んだ。

 詳細な調査の前に、まずは“顔を見ておく”。

 今日の彼には、その目的があった。


 ――と。


 視界の端で、十五、六歳ほどの少女がこちらへ歩み寄ってくるのが見えた。


 そしてためらいもなく口を開く。


「貴方が、魔石泥棒の怪盗さんですか?」


(…………は?)


 ベルンは盛大にむせかけた。

 近頃、帝都を騒がせている怪盗ルミナス。

 この舞踏会も“狙われる条件がそろっている”と、それらしい噂が飛び交っている最中だった。


「ほう。なぜそう思うのです?」


 セドリックが静かに問うと、少女は首をこてんと傾けて答える。


「認識鈍化の魔法を使ってますよね?

 正体を隠すのは、やましいことがあるからです」


 あまりにも核心を突いた言葉に、セドリックとベルンは同時に目を細めた。


 ――認識鈍化の存在を見抜くなど、普通は不可能。

 この少女は、間違いなく相当な力を持っている。


「……でも、何か違います。

 貴方、どこかで見たことが……あ、わかりました!

 宰相閣下セド――」


「わーーっ!!」


 少女が言い終わるより早く、ベルンとセドリックは慌てて彼女を担ぎ上げた。


 そのまま《認識鈍化》をさらに重ねて周囲の視線を薄め、

 見えにくいバルコニーへと急ぎ足で連れ出した。



「私、知ってます。これを世間一般では――拉致監禁といいます」


 舞踏会のバルコニー。

 はぁはぁと息を切らしているベルンと、周囲を警戒しているセドリックを無視し、

 少女は淡々と棒読みでそう告げた。


「そ、そんなことより……な、なぜ分かったのですか?」


 ベルンが聞く。

 セドリックとベルンにかけられている《認識鈍化》の魔法は高度で、

 宮廷魔術師でさえ“魔法がかかっている”と気づけても、

 本来の姿まで見抜くことはできないはずだ。


「簡単です。新聞で宰相閣下の記事を見ました」


「問題はそこではない。

 《認識鈍化》がかかっているのに、なぜ分かったのかということだ」


 腕を組みながらセドリックが問う。

 少女は眉をしかめたあと、少し上を向いて「うーん」と考え込み、

 ぽんっと手を叩いた。


「おお、この黒いもやもやが認識鈍化だったのですね!

 わかりました! 教えていただきありがとうございます! それでは!」


 少女は一人で納得し、そのまま立ち去ろうとする。


「い、いやいやいや! 一人で納得されても困ります!!

 ちゃんと理由を説明してください!」


 ベルンが慌てて止めると、少女はきょとんとして答えた。


「どうしてと言われても……視えるからとしか言いようがありません」


 そう言って、まんまるな瞳をぱちりと見開く。

 その様子にセドリックはほぅと目を細めた。


「……宰相閣下。もしかしてこの子、男爵家の神子では?」


 ベルンも同じことに気づいたようで、セドリックへ小声で告げる。


「よくご存じですね」


 少女が口を挟む。


(ああ、なるほど。だからか)


 神子――

 神より“特別な力”を授かった者。

 だがその力が強ければ強いほど、挙動が常人離れしやすく、

 いつしか“蔑称”として使われることのほうが多くなってしまっている。


 男爵家の神子は、【魔力が視える】ことで有名だ。


「つまり貴公は、魔力が視えると?」


 セドリックの問いに少女――セレナはこくりと頷いた。


「はい、そうです。あの……ついでに教えてください。

 宰相閣下は宝石どろぼうの犯人じゃないのですね?」


「当たり前だ。そんなことはしない」


「わかりました。では――用はありません。じゃ」


 スタスタと歩き去ろうとする。


「え、ちょっと待ってください。まだこちらにも――」


 ベルンが言いかけた瞬間、セレナの足がぴたりと止まり。


「そういえば、こんな記事を見ました!」


 いきなり猛ダッシュで戻ってきて、

 セドリックへ新聞記事を突きつけてきた。


「これはたしか……」


 それは――お見合い希望者が殺到していた時期に受けたインタビュー。

 “才能のある女としか結婚する気はない”と答え、世間を騒がせてしまった問題の記事だった。


「……つまり、私が宰相閣下のお役に立てると証明できれば、

 結婚していただける、ということなのですね?」


 セレナは真剣な目で記事を指さしながら言う。


「は?」


「どうなのでしょう?」


「……もちろん、私にとって有益だと分かれば考えてやろう」


 セドリックがそう答えるのを聞き、ベルンが目を細めた。


(また宰相閣下は……思ってもないことを簡単に……)


 ベルンが心のなかで嘆いた、そのとき――


「はい!!! では今から犯人を捕まえるので見ててください!!」


 セレナは満面の笑みを浮かべ、勢いよく宣言した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ