第九話 護りたい
床を揺らす衝撃が交差し、光と影がぶつかる轟音が響く中、ふと、空気がひび割れるような異質なざわめきが走った。
ルーカスが剣を振り下ろす寸前で、ルクが影へ牙を突き立てる寸前で、二人の動きが凍る。
胸の奥、魂そのものに触れるような鋭い痛みが走る。
「……まさか、」
ルーカスの瞳が、大きく揺れる。
ルクの体毛が逆立ち、全身が震える。
「……お嬢様の魂にヒビが、入っている」
まるで、壊れる寸前のガラスのように。
アルセーヌは、止まった二人を見て、唇を歪めた。
「今ので死んだようですね。魂の震えは、美しいですね」
アルセーヌは一片の悲しみもなく、むしろ愉悦を滲ませた声で続けた。
「では、貴方たちも早く殺して、あの人間の力を、ゆっくりいただくとしましょう」
影が爆ぜ、攻撃が再開される。
ルーカスとルクの瞳に宿ったのは、恐れではなく、完全なる激怒。
「レヴェリアの力は絶対奪わせない!」
ルクの声は低く、地鳴りのようだった。
戦闘は先ほどまでとは別次元の激しさを帯び始める。
光の嵐、黒炎の咆哮、影の刃。
三者の攻撃がぶつかり合うたび、床が砕け、壁が割け、空気が悲鳴を上げた。
戦力の数だけ見れば、ルーカスとルクが有利に見える。
だが、アルセーヌがついに本気を見せ始めた。
影の密度が跳ね上がり、魔力そのものを呑み込む。
だが、これから奪うつもりのレヴェリアの魔力を傷つけないために、悪魔の魔力は解放しない。
「さあ、始めましょう」
アルセーヌが、床を蹴る。
動きが、先ほどまでとは比べものにならないくらい速くなった。
影が裂け、アルセーヌは一瞬でルクの死角へ回り込んだ。
「まずはあなたから」
鋭い音と共に、黒刃が走る。
「ッぐ……!!」
ルクの右目から鮮血が吹き出した。
片目が斬り裂かれ、視界が半分真っ赤に染まる。
それと同時に、背後でルーカスの悲鳴が上がった。
「ぐぁあッ!!」
黒刃がルーカスの肩を深々と貫いていた。
硬い肉を裂く音響き、鮮血が滴る。
アルセーヌが、ルーカスの肩に刺さった刃を、押し込むように近づきながら、囁いた。
「お前が慕っているあの人間と同じ傷ですね」
口元を歪めながら楽しそうに。
「仲間意識が芽生えて嬉しいでしょう?ほら、お嬢様と同じ場所を貫かれた気分は?」
光の刃を握っていたルーカスの手が震える。
痛みからではない。
怒りとも少し違う。
ーー狂気に近いほどの憤怒だ。
ルクも片目から血を流しながら、牙を剥き出しにして吼える。
「てめぇ、まじゆるさねぇ」
アルセーヌは微笑みながら、ルーカスから剣を引き抜いた。
ルーカスは傷を回復させようと、肩に魔力を集中させる。
だが、なかなか傷は癒えない。
ルーカスが焦っていることに気づいたアルセーヌは、悪戯な笑顔で言い放った。
「この影の刃に斬られたら回復できませんよ」
ルーカスは声を失った。
ルーカスはアルセーヌを倒して、レヴェリアを回復させようと思っていた。
だが、影の刃に貫かれた、レヴェリアの回復はできない。
それに、レヴェリアの魂にはヒビが入っているいわば仮死状態だ。
ルーカスもルクもまだなんとかなる、レヴェリアを助けることができると思っていた。
だが、二人ははじめて覚悟してしまった。
このままでは、レヴェリアを失ってしまう。
二人の魔力が格段に上がった。
もう、これ以上引くわけにはいかない。
ルーカスは剣を構え、ルクも魔力を固めた。
だが、その覚悟をあざ笑うように、アルセーヌは指を弾いた。
その瞬間、黒い杭のような影が、空中に現れた。
「ーーッ!!」
その杭が、ルーカスとルクの足を正確に貫き、骨ごと串刺しにした。
二人は、地面に倒れ、悲鳴を噛み殺している。
アルセーヌはそんな二人を見下ろし、心底楽しそうに目を細めた。
「おやおや、そんなに怒らないでください。あなた方はよほどあの人間が好きだったようですからね」
アルセーヌは足が貫かれ、動けないルーカスとルクを、まるで甘味でも味わうように舌で転がす。
「だからこそ、あの人間の膨大な魔力が、私に吸い上げられる瞬間を、じっくりと見届けさせてあげましょう」
大精霊の器が辿った道を読んでいただきありがとうございます!今日から私の都合で、投稿しやすい夜の10時〜11時くらいの投稿になりました。今までは毎日投稿していましたが、もしかしたら投稿できない日が出てきてしまうかもしれません。頑張って書いていくので、これからもよろしくお願いします!




