第九話 不穏な気配
それは気づいた時には、始まっていた。
マルクにだけ嘘の訓練開始時間が伝えられ、遅刻をしてしまった。
マルクの訓練用の剣が気づいた時には欠けていて、買い替えなければならなくなった。
そう。マルクはいじめられているのだ。
いじめの犯人には、すでに心当たりがあった。
伯爵の子息であるジュリアン・ローズだ。
コリンは親友想いで、とても優しい。
アイラもまた、友人を大切にする性格だ。
それ故、二人はマルクのことを大層心配している。
ーー主に、マルクが自分はいじめられていると気づいていないことを。
そろそろどうにかしようと思ったコリンが、自然な会話のなかでマルクに質問をする。
「ねえ、マルク。最近おかしいなって思うことはない?」
「うん?特に何もないぞ?……さてはお前、俺が大精霊の器だってことを気にしているのか!いい奴だな!」
コリンもアイラも揃って苦笑している。
アイラがついに決心をして、真面目な顔で、迷いながらも口を開いた。
「……あのね、マルク。君はね、実は、その、いじめられてるんだよ……」
アイラは気まずくなって、視線を少し逸らしている。
マルクはというと、間抜けな顔をして、首を傾げている。
「そうなのか?」
コリンが頭を抱えて、何も言えそうにはないので、アイラが説明を始める。
「犯人はジュリアン・ローズって人。君、最近遅刻したり、装備がおかしいことになってたりしてるでしょ?」
マルクがピンときたらしく、表情が明るくなる。
「なるほどな!たしかにあったな。よし!ジュリアンって奴のところに行くぞ!」
その瞬間、コリンの表情が一段と険しくなる。
「君が大声で言ったせいで、ジュリアン君が近づいてきたよ。ほら、後ろ」
マルクが振り返ると、そこにはジュリアンがいた。
ジュリアンは生意気な顔で、マルクを睨んでいる。
「よぉ、大精霊の器。平民のくせに、贔屓されやがって」
ジュリアンはマルクを完全に見下ろしている。
だが、マルクは何も理解していないとでもいわんばかりに、笑顔を貫いている。
「君がジュリアンか!これからよろしくな!」
ジュリアンは挑発が一切通じないマルクに苛ついて、顔を引き攣らせている。
「何だって?僕がお前みたいな平民風情と仲良くするわけないだろう?」
その言葉に、とうとうアイラが怒りを爆発させる。
「ちょっと!それはいくらなんでも良くないでしょ!」
コリンはすでに諦めているようで、ため息をついて、手を額に当てている。
ジュリアンは言葉を止めない。
「僕みたいな高貴な存在が、君たちみたいな平民と仲良くできるはずがないだろう?もっと自分たちの立場を意識したらどうかな?」
アイラの方から、血管が切れる音が聞こえた。
ちなみに、マルクは頬杖をついて、あくびをしている。
アイラは反論しようとして、大きく息を吸って、口を開く。
だが、その瞬間、訓練場全体に魔力で拡大させた、エリーナの声が響いた。
『全部隊に告ぐ。北の森にて、スタンピードの予兆が確認された。全員直ちに出立の準備をしろ!』
その声がなくなったと同時に、全員が素早く動き出した。
剣を取り、荷物を取り、部隊ごとに並び始める。
言い合いをしていた、アイラたちも素早く用意を始める。
ジュリアンも不服そうな表情をしているが、小走りで荷物を取りに行く。
スタンピードとは何らかの原因で、魔物が大量に押し寄せてくることを言う。
原因は、魔物たちの縄張り争いや、上位の魔物の発生による避難、新しい住処を探したりなどと様々だ。
今回は何も言われていないので、原因は判明していないのだろう。
だが、原因を絶たなければ一度スタンピードを抑え込んでも、再び起こる可能性が高い。
これから、マルクたちは戦いに行くのだ。




