第三話 レヴェリアの日常
夜の帳が下りる頃、レヴェリアは部屋でルクを撫でながら静かに読書をしていた。
アルセーヌは紅茶を用意し、ルーカスは寝台の布団を整えている。
だが、そんな平和な時間は長くは続かなかった。
ルクの耳がピクッ、と動く。
ルーカスとアルセーヌも作業をしていた手を止める。
「嫌な気配がしますね。さて、今回の侵入者は何名でしょうか。ルク、分かりますか?」
アルセーヌが窓のほうに目を向けながら、ルクに尋ねる。
「まあ大体八人くらいだな。魔法が使える奴も混ざっているが、大したことはないだろ」
ルクが欠伸をしながら答える。
この屋敷では、侵入者はさほど珍しくない。
目的は大精霊の器であるレヴェリアを攫って売ったり、クロノスのように実験をしたりするといったところか。
「では、ルクはそのままお嬢様に撫でられててください。私とルーカスで行ってきます」
アルセーヌが瞬時に采配を振るう。
ルクは気配を察知するのが得意で奇襲に対応するのが一番得意だ。そのため、レヴェリアのそばにいることが多い。
「アルセーヌ一人でも大丈夫でしょう。私はお嬢様のそばにいたいです」
ルーカスがアルセーヌの采配に不満を言う。
ルーカスは悪魔なので十分強いのだが、あまり戦闘は得意としていない。
だが、戦闘をしたくないという気持ちより、レヴェリアから離れたくないという気持ちが勝っていた。
「仕方ありませんね。なら、ルク。代わりに来なさい」
無駄を嫌うアルセーヌはルーカスに譲歩して、言い合いの未来を避けた。
「あいよ。レヴェリア、すぐ戻ってくるからな」
「うん。……アルセーヌもルクも気をつけてね」
ずっと読書をしていたレヴェリアが一瞬だけ顔をあげて、小さな声で言う。
「おう」
「すぐに戻ります」
アルセーヌとルクが扉から出ていき、ルーカスはレヴェリアのそばに移動する。
「お嬢様、大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫よ」
ルーカスはアルセーヌが用意した紅茶をカップに注ぎ入れ、レヴェリアに差し出す。
レヴェリアは読んでいた本を閉じ、それを受け取った。
そして、静かに口を開く。
「不思議よね」
レヴェリアは一口だけ紅茶を飲む。
「今、この屋敷は襲撃されているというのに、とても静かで実感がわかないわ。恐怖も感じない」
ルーカスは、いつも感じている。自分はレヴェリアを見てきたのに、レヴェリアの事を何も知らない。
今、目の前にいる少女が何を考えているのか、全く想像もつかない。
ルーカスは少し考えてから、レヴェリアの頭に手を置き、優しく撫でる。
「お嬢様に平和に過ごしていただけるようにするのが我々の役目ですから。お嬢様は紅茶を飲んでゆっくりしているだけで良いのです」
「とりあえず、撫でるのやめてちょうだい」
「もちろん、嫌です」
ルーカスはレヴェリアのことがわからなくても、少しだけ寄り添った気がした。
そんなとき、敵を倒し終えたアルセーヌとルクが戻ってきた。
ルーカスはレヴェリアからそっと手を離す。
敵と戦ったにも関わらず二人はほこり一つ付いていない。息も上がっていない。
ルクは部屋の真ん中に寝転がり毛づくろいをし始めた。
アルセーヌはレヴェリアに近づき、そっと跪く。
「報告します。今回の敵は八人。そのうち三人は魔法使いでした。小規模の組織の戦闘部隊だったようですがあの程度の組織なら壊滅は必要ないかと思います」
「全く手応えがなくつまらなかったぞ」
ルクが口を挟む。
レヴェリアは飲んでいた紅茶を机に置きながら口を開く。
「被害は?」
アルセーヌの顔が暗くなる。
「庭園の一部のスズランに血が飛んでしまいました。申し訳ありません」
「……そう」
「植え替えましょうか?」
「いいえ、そのままにしておいて」
「承知いたしました」
レヴェリアはしばらく何かを考えるかのように、視線を下に向けた。
「もう寝るわ」
レヴェリアは吐き捨てるように言い、寝台に寝転がった。
毛づくろいを終えたルクが、軽々と寝台に飛び乗る。
「しばらくは周囲に警戒したほうが良いだろう。一緒に寝る」
果たしてそれは本心なのか。レヴェリアは一瞬考えたが、諦めてルクを抱きしめる。
レヴェリアはあまり他人に接触することを好まないが、ルクだけは安心するのだ。
「ルクだけずるいです。私も添い寝したいのに」
そう言いながら、ルーカスはレヴェリアに布団をかける。
「そんな日は、一生来ないでしょうね」
レヴェリアは顔をしかめながら、ルーカスの冗談か本気か絶妙に分からない言葉に乗る。
「残念ですね。では、お嬢様、おやすみなさいませ」
「……うん、おやすみ」
ルーカスが部屋から出ていく。
アルセーヌはしばらくお嬢様を見つめて、いつもより少し重い口調で喋りだす。
「お嬢様、辛くはありませんか」
レヴェリアがルクの毛に埋めていた顔を少しだけ上げる。
「重い過去を抱えて、大精霊の魔力に耐えて、疎遠になっている家族から冷遇されて、悪魔に囲まれて。辛くはないですか」
アルセーヌはあまり本気で問うたわけではない。
だが、レヴェリアは強い意志を持って、答える。
「辛くなんてないわ。私は大精霊の器よ。確かに散々酷い目には遭ってきたけれど、それが私の運命よ。運命に負ける気はないわ」
アルセーヌは運命というものを理解していない。
だが、レヴェリアの覚悟が誰にも動かすことができないほど重いものだと言うことだけは分かった。
「お強いですね。お嬢様は」
「そんなことないわ。あなたたちがいるから強がることができるだけよ」
ルクを抱きしめている腕に少しだけ力が入る。
「長話をさせてしまって申し訳ありません、お嬢様」
「いいの、別に。おやすみ」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
アルセーヌは一礼して部屋から出ていく。
アルセーヌはふと、外を眺める。
(……運命、ですか。お嬢様は誰に殺されても運命と言うのでしょうか。解りませんね。人間のことなんて)
アルセーヌの微笑が窓に反射した。
「運命が変わる気配がする」
レヴェリアに抱かれていたルクは、レヴェリアを起こさないよう小さな声で呟いた。




