第十一話 夜の帳に縫いつけられて
しばらくの間、部屋に沈黙が漂っていた。
その沈黙を破ったのは、アウレリアンだ。
「お前には殺し屋になってもらう」
「まあ、そういう流れになるよな。孤児を攫う理由ランキング上位だもんな」
「攫ってはないだろ」
レオンは孤児だが、多少は世の情報も知っている。
この世界では孤児は決して少なくはない。そして、目的は違えど、孤児を利用しようという人間も多い。
レオンは一応賢い子なので、自分が何かに利用されるかもしれないことは、ある程度予測していた。売られる可能性や、いじめられて捨てられる可能性などたくさんの可能性を考えていた。
だが、考えていた可能性のなかでは、殺し屋になるというのは、レオンにとってはマシな方だ。
それはそうと、レオンが一番気になっているのは、それではない。
「はやく大精霊とやらについて教えろ」
「そうだったな。一から詳しく説明してやろう」
アウレリアンはレオンに、大精霊の役割、大精霊の器についてを詳細に説明した。
「なるほどな」
レオンは思っていたよりも、あっさり納得した。驚いたり、怒ったりすることはない。
「そして、大精霊の器には代償があることが多い。それはお前にもある」
「例えばついこの間、消滅が確認された水の大精霊ネレイスが、器にした人間はとっても病弱で体力がなかったそうよ」
サイラスがお茶を用意しながら、補足の説明を挟んでくれる。
「消滅ってどういうことだ?」
「悪魔に大精霊の魔力を奪われたらしいわよ。大精霊の器が持っている魔力は、大精霊の魔力そのものだから、器が大精霊の魔力を奪われると芋づる式に大精霊も消滅しちゃうのよ。奪われずにただ死んだだけなら、大精霊に戻るだけだけど」
サイラスが言っていることは、恐らくとても大事だ。だが、大精霊消滅なんて話をレオンは知らない。そんな事態なら、孤児でも知っていておかしくはないだろう。ということは、大精霊というものはあまり知られていないのだろうか。それとも、国が隠しているのだろうか。レオンはどんどん予想を広げていく。
「とりあえず代償のことだ」
気づいたら逸れてしまっていた話を、アウレリアンが強引に戻す。
「お前にも代償はある」
「はぁ?俺は元気だぞ」
「代償は何も身体に表れるわけではない。お前、路地裏で仲間が死んでいたな。そいつらのこと、どう思う?」
「そんなこと言われても」
「悲しみも怒りも憎しみも湧いていないだろ。レオン」
レオンは驚愕に襲われた。
たしかに
「たしかにそうだな」
「お前の代償は感情だ」
「そういえばなんで知ってるんだ」
「裏社会の情報力を舐めるな」
「うっす」
アウレリアンが一拍空けてから、重い口を開いた。
「大精霊の魔力は役に立つ。もう一度言うが、お前には殺し屋になってもらう」
レオンは悩まなかった。
どうせレオンには、やりたいこともやることも、ない。
レオンは賢いし、強い子だ。
生きる場所を作ることもできるだろう。
だが、不思議とレオンにその考えはなかった。
それからは早かった。
教育係のサイラスにしごかれ、アウレリアンに大量の仕事を渡され、新しく入ってきたクロウやヌルに仕事を教えたり、時にはエレボスと言い合いをしたりもした。
それが、レオンを形作った。
◇◆◇
レオンは目の前にいる、アーノルド伯爵令息を見下ろした。
ーーやはり、殺せない。
ずっと忘れ去ったと思っていた。
殺すことに抵抗なんてないと思っていた。
でも、子供は殺せない。知らなかった。
その時、扉からアウレリアンを中心として、エレボスとサイラスとクロウとヌルが入ってきた。
「レオン、そいつを殺せ」
レオンの気持ちは許されない。
レオンは歯を食いしばる。
「……できない」
アウレリアンは短いため息を吐いて、レオンに冷たい目を向けた。
「なら、用済みだ。お前はもう、必要ない」
全員の殺気が、静かに部屋を満たした。
それは怒りでも憎しみでもない。
ただ、仕事を終わらせるための、冷たい判断だった。




