第十話 人生の始まり
アウレリアンはレオンをとある森の奥深くにある、古びれた建物の地下に連れてきた。
数時間、休憩もなしに歩いてきたので、レオンはかなり疲れているが、アウレリアンは平然としている。
「あらあら、思ってたよりずっと小さいわね。私はサイラスよ」
最初に口を開いたのは、サイラスと名乗った女だ。
「あなたのお名前は?」
「レオンだ」
レオンはサイラスを観察するように見つめながら、答えた。
「よろしくね、レオン。話をする前に、アウレリアンと一緒に体を拭いてらっしゃい。ずぶ濡れじゃないの」
アウレリアンとレオンは大雨の中、傘もささずに歩いてきたので、全身ずぶ濡れだ。運が悪ければ、風邪を引いてしまうだろう。
アウレリアンとレオンは、サイラスが用意してくれたタオルを受け取り、近くの部屋に入る。
二人とも黙々と、体を拭いて、部屋に置いてあった服を着る。
ただ、レオンには一つだけ気になることがあった。
「おい、おっさん」
「おっさん呼びをやめろ」
「おい、アウレリアン」
「なんだ」
「お前が言ってた大精霊って何なんだ?」
レオンはアウレリアンが言っていた、大精霊の器という言葉が、どうしても気になっていた。
この世界では、精霊と魔法は強く結びついている。
魔法とは、空中に漂う精霊の力を借り、己の魔力で世界に干渉する行為だ。
普通、精霊は人の目では見ることができない。
極稀に、精霊眼という特別な目を持った者が現れる。精霊眼の人間は精霊を見ることができる。
だが、レオンは精霊眼ではないし、魔法というものも詳しく知らないので、そもそも大精霊以前に精霊というものをよく知らない。
レオンの問いに対して、アウレリアンは答えなかった。
「あとで全部まとめて話す。それより、まずは何か食べよう。腹減ってるだろ?」
レオンはアウレリアンが何も教えてくれないことに納得いかなかったが、たしかにお腹は空いているので、諦めてアウレリアンに促されて、部屋を出る。
そこにはシチューを用意してくれているサイラスと、レオンより背の高い男がいる。
レオンは警戒する。
その男は、レオンが警戒していることに気づいたのか、笑いながら両手を上げる。
「そんなに警戒するなって。俺はエレボス。よろしくな!まあとりあえず、ここ座れ」
いけ好かない奴だ、レオンはそう思いながら、エレボスの隣に座る。
「はーい、召し上がれ」
サイラスがレオンとエレボスの前に、取り分けたシチューを置く。
「いっただっきまーす」
エレボスはすぐさま、スプーンを手に取り、シチューを食べ始めた。
だが、レオンは戸惑っているだけだ。
レオンはこんなに温かい料理を見るのは、はじめてだ。
普通の人間はこのような料理を食べることは知っていたが、レオンは普段何かをまともに食べることはなかった。
上手く言葉にはできないが、レオンの中には自分にもよくわからない感情が、胸の奥で渦を巻いている。
そんな時、アウレリアンが一向にスプーンを持たないレオンに声をかけた。
「どうした」
「……いや……なんか、よくわかんねぇ……」
レオンは何をどう伝えるか迷ったので、言葉が絶え絶えになる。
「いいから食え」
冷めたら美味しさが半減する、そう思ったレオンは、恐る恐るスプーンを手に取り、シチューを口に運んだ。
「うめぇな」
「よかったわぁ〜」
それからはレオンは、シチューをがっついて食べた。
エレボスと共におかわりもした。
今は、サイラスがお皿を片付けてくれている。
「んで、なんで俺を連れてきたんだ」
レオンはアウレリアンに今一度問いかけた。
「それは、お前が大精霊の器だからだ」
「だから、それは何だって聞いてるんだろ」
アウレリアンは食ってかかってくるレオンの言葉を無視し、峻烈な態度で言い放つ。
「お前には殺し屋になってもらう」
「あぁん?」
「「「ようこそ、ノクターンへ」」」
アウレリアンとサイラスとエレボスの声が揃う。
殺し屋になれ、と言われても、何の感情も湧かなかった自分が恐ろしい、レオンは心のなかで、そう思った。




