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大精霊の器が辿った道  作者: 安達りあ
水の令嬢編
11/21

最終話 想い

 アルセーヌは、最後の一滴まで吸い尽くし、満足げに息を吐き、レヴェリアの身体をぞんざいに床へと下ろした。

「魔力がない貴女に興味はありません」

 その声には情緒が一切なく、ただ乾いた響きだけがあった。

 アルセーヌは自分の手を見つめ、掌の中で生まれる新たな魔力の奔流に酔いしれるように、口角を上げた。

「この手に入れた力……試してみたいですね」

 ルーカスとルクの足を貫いていた、杭が音もなく霧散した。

「さあ、かかってきなさい。どちらからでも構いませんよ」

 杭から解放されたと同時に、ルーカスとルクはほとんど反射のように動いた。

 しかし、向かう先は分かれた。

 ルーカスは傷を庇う素振りすら見せず、レヴェリアへ一直線。

 ルクは片目から血を流しながら、アルセーヌへ飛びかかった。

「お嬢様!」

 ルーカスが抱き寄せた、レヴェリアの身体は冷たかった。

 呼吸も、鼓動も消えている。

 力が抜けていて、胸と肩の貫通痕からは血の気がほとんどない。

「……そんな…嘘だろ…っ!」

 声が震え、喉の奥で押しつぶされる。

 生きていると信じていた、小さな希望が粉々に砕かれる。

「ルーカス!!下がるな、集中しろ!」

 ルクが叫んでる間にも、アルセーヌは平然と攻撃を受け止めていた。

 大精霊の魔力を取り込んだアルセーヌから放たれる力は、もはや別もの。

 ルクの魔法は影に触れる前に弾かれ、その衝撃が返ってきて、自分にダメージが入る。

 その一撃一撃の隙を突くように、アルセーヌの反撃が無慈悲に襲いかかる。

「遅い」

 視界が歪むほどの速度で影が伸び、ルクの身体を薙く。

「ッぐ……!」

 壁に叩きつけられ、息が漏れた。

 ルーカスもレヴェリアを抱いたまま、決意を滲ませて立ち上がる。

 だが身体は限界を超えている。

 それでも、光で作った剣を握りしめ、ルクの隣に並んだ。

 二人は全力を振り絞り、同時に飛びかかる。

 しかし、その攻撃はどちらもアルセーヌには届かない。

 まるで大人が子どもの攻撃をいなしながら遊ぶかのように、容易く、片手で。

「力というものは、こうやって使うのですよ」

 アルセーヌがそう言った瞬間、影の奔流が一気に炸裂した。

 ルーカスもルクも、押し返されるどころか、空中へ吹き飛ばされ、床に転がる。

 立ち上がろうとしても、身体が動かない。

 腕も脚も、震えるだけ。

 アルセーヌはそんな二人を悠然と見下ろして、微笑んだ。

「もう終わりですか?大精霊の魔力、実に素晴らしい。あなた達では手も足も出ませんね」

 その言葉は真実だった。

 二人はアルセーヌに触れることすらできていない。

 アルセーヌは心底つまらなそうに息を吐いた。

「そろそろ飽きてきました。では終わらせましょう」

 言い終わるより早く、影が二筋、獣の牙のように。

 ルーカスとルクは反応する暇すらなく、影の攻撃をまともに受け、床に叩きつけられた。

 骨が軋む鈍い音が響き、呼吸が乱れ、視界が白く弾ける。

 だがルーカスはレヴェリアを、決して離さない。

 アルセーヌは虫を払ったかのように平然としていた。

「そのままその人間のように、死んでください」

 冷たい声だけを残し、アルセーヌは闇のほうへ歩み去る。

 振り返りもしない。

―――――――――――――――――――――――――――

 ルーカスは、腕に抱いたレヴェリアの亡骸を見つめたまま、かすれる声で呟いた。

「……レヴェリア……もう…痛くないですか……」

 返事はない。

 それでも、ルーカスは優しく微笑もうとした。

 感情が乏しいレヴェリアを少しでも楽しませようと思って、ずっとレヴェリアのために捧げてきた、ただの微笑みを。

 胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。

 魔力の循環が止まり、血の流れも薄れ、身体が冷えていくのが自分でもはっきりと分かる。

「…守れなくて……ごめんなさい…」

 レヴェリアを抱きしめている腕の力が、ゆっくりと抜けていく。

 その顔には涙が乾いた跡が残り、穏やかで、悲しくて、それでもどこか安堵したような表情が張り付いている。

 ルーカスの心臓が静かに止まる。

 

 ルクはその隣で横たわり、濁った視界でレヴェリアとルーカスの姿を見つめていた。

 もう片目は見えず、身体は動かない。

「……レヴェリア…ルーカス……」

 掠れた声で呟く。

 だが、誰も応えない。

「俺、ほんと弱ぇな…」

 大きな狼の身体が、震えながら血の中に沈む。

「…けど、最後にそばにいられて…よかった……」

 その呟きを最後に、ルクの瞳から光が消えた。


 レヴェリアは今まで見せたことのないほど、穏やかな笑みを浮かべている。

 まるで、悲しいことなど何もないかのように。

 この運命を受け入れているかのように。

 

 主と、主を愛した二体の悪魔は、同じ場所で、静かに息絶えた。


ーーその頃、悪魔界

 黒い霧の中、アルセーヌは笑っていた。

「良いですね、さすが大精霊の魔力……」

 指先から流れる純粋な魔力の奔流が、辺りの悪魔たちを塵と化す。

 悲鳴も許されない。

 揺らめく黒煙のように、強大な悪魔たちが次々と消えていく。

「もっと私を楽しませてください」

 アルセーヌの足元に、倒れ伏した悪魔の山。

 その中心で、アルセーヌは美しい魔力の余韻を味わうように、目を閉じた。

 水の大精霊ネレイスの魔力を持つ器の少女を殺し、奪ったその力は悪魔にとって、これ以上ない悦楽だった。

 そして、彼は歩き出す。

 闇の奥へ、ゆっくりと。

大精霊の器が辿った道『水の令嬢編』をお読みいただき本当にありがとうございます!ひとまず一区切りとなりますが、これから新しい章が始まるので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。次章は、執筆準備のため、1月12日月曜日から始めさせていただきます。今しばらくお待ちください。もしよろしければ感想等を書いていただけると、とても励みになります。次の章も、どうぞお楽しみに!

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