第十話 奪われるもの
血にまみれて倒れているレヴェリアを見て、ルクは血を流しながらも手を伸ばそうとした。
だが、鋭い爪が空を掻くだけだ。
それに気づいたアルセーヌが一瞬だけ、ふわりと振り返り、ルーカスとルクを一瞥する。
「動けませんよ。無理をしないで」
その声音は、深い愉悦に濡れていた。
アルセーヌはゆっくりと、レヴェリアが横たわる方へ歩いていく。
眠っているような、穏やかな顔。
だが、ルーカスとルクは気づいてしまう。
その胸がもう、上下していないことに。
「待て!アルセーヌッ!」
ルーカスの声は掠れているが、必死に叫ぶ。
アルセーヌは軽く振り返り、にっこりと微笑んだ。
「ご安心を。ほとんど息はしていませんが、力はちゃんと残っていますよ。最高の状態で」
そう言って、アルセーヌはレヴェリアを抱き上げる。
アルセーヌの表情には、レヴェリアに対する慈しみが滲み出ている。
その表情が、余計に狂気を際立たせた。
ルーカスもルクも、それを見上げるしかなかった。
戦いの余熱で揺れる空気の中、絶望だけが重く沈む。
アルセーヌが満足げに笑う。
「さて、始めましょうか」
アルセーヌはレヴェリアをしっかりと抱き直して、その細い首筋へと視線を落とした。
その目は、獲物を前にした捕食者そのもの。
「いただきます」
低く囁いた瞬間、アルセーヌの牙が、レヴェリアの白い肌へ沈む。
肉を裂く音はほとんどなく、ただ血が吸い上げられる濁った気配だけが、空気を満たした。
レヴェリアの身体がかすかに震える。
まだ、ほんの僅かに残っていた生命反応が薄れていく。
アルセーヌは恍惚とした表情で、喉を鳴らし続けた。
「ふふっ、素晴らしい。脆い人間のくせに、魔力が途方もなく多い!」
アルセーヌは何度も、レヴェリアの白い首筋に、歯を突き立てる。
血が吸われるたび、レヴェリアの肌がさらに冷たく色を失っていく。
「やめろッ!アルセーヌッ!!」
ルーカスは足を貫かれたまま、地面を這うように動こうとした。
だが、影の杭が肉のなかで軋み、激痛が脳を突き抜ける。
「くっ……動け、動けよ!」
ルクも同じように大きな体を引きずり、レヴェリアへ手を伸ばそうとする。
だが、杭はびくともしない。
「レヴェリアを返せッ!!」
彼らの叫びが届こうと届くまいと、アルセーヌは止まらない。
むしろ、その叫びが彼をより愉しませている。
「そんなに焦らないでください。まだまだ全部は吸いきれていませんから」
その時、レヴェリアの腕が、ほんの僅かに動いた。
レヴェリアはその腕を、アルセーヌの頭に触れようと必死に上げようとしたが、力が尽きて、垂れ下がってしまった。
レヴェリアは穏やかな笑顔で、微かで今にも消えてしまいそうな声で、呼んだ。
「……ア…ルセ…ーヌ……」
ルーカスとルクの手がその声に反応して、床を削る勢いで伸びていく。
アルセーヌの肩が震えた。
笑いを堪えきれない、そんな震えだった。
「さあ、もうすぐ完全に私のものになりますよ」




