ちいさな秘密 大きなひみつ
(この人、こんなかっこ良くて弁護士なんだ)
琴葉はテレビ画面を見つめる。
ワイドショーでは、芸能人の不倫について放送していた。
フリップボードには、不倫の経緯を時系列にまとめたものや、LINEのやり取りが貼り出されている。
そして最初の弁護士は険しい顔で、これが慰謝料にどう影響してくるのかを重々しく解説していた。
「うん、やっぱり整ってるわ」
そう言うとリモコンを手に取り、テレビの電源を切った。時計に目をやると、もう昼時だ。
琴葉は接客業だ。そのため平日の今日は、会社が休みだった。
「何しよっかなぁ……」
せっかくの休みだと言うのに、遅めに起きて、無駄にテレビに時間を使ってしまった。
家事はほとんど終わっている。共働きの颯太が、出勤前に片付けてくれた。
颯太と琴葉は学生時代からの付き合いで、お互いのことは大体知っている。
取り立てて目立つ男性では無いが、真面目な人柄で、結婚向きだと思う。
銀行員だと友達に言うと
「わー、それっぽいね!」とか「すごーい」と反応されることが多い。
「それっぽい」はともかく、銀行員と言うだけで「すごい」と言ってもらえるのは、高給取りというイメージがあるせいだろうか。
酒タバコ女ギャンブル。
これをやる男には注意しなさい――そう言っていた父。
「全部やらない人なんていないよ」なんて反論していた頃が懐かしい。
颯太は父の言う理想の男だった。
正確には酒は飲むが、缶酎ハイ一本で酔いつぶれるので、さして問題にはならない。
両親とも颯太をよく思ってくれている。
母なぞは「颯太くんだけでもいいから帰ってきてほしいくらい」とおべんちゃらを言うくらいには、関係は良好だった。
そんな真面目な彼の"ちいさな秘密"を、琴葉は先週知ってしまった。
別に颯太に怪しいところがあったわけではない。なのにあの日に"あれ"を知ったのは偶然だったのだろうか。
◇ ◇
一週間前のその日、琴葉は珍しく夜中に目が覚めた。
リビングに起きてくると、充電中の颯太のスマホが目に入る。
琴葉は何の気なしにそれを手に取ると、迷いなくパスワードを入力した。
「見られて困ることはない」その信頼の証に、パスワードは互いの誕生日になっていた。
もちろん今までスマホを盗み見たことは一度もない。見たって何も出てこないことは分かっていたからだ。
それなのにその日に限って"見てみたい"と思ってしまったのは、何かのお告げか、ただの興味本位か。
何も無いとわかってはいても、人のスマホを盗み見ると言うのは、なかなかスリルがある行為だった。
LINEを見るが何も無い。
インターネットの検索履歴も何も無い。
メールを開いた時、ふと手が止まった。
『ご購入ありがとうございます』の文字が目に飛び込んでくる。
「なに?これ……」
『あくまで予測であって、順位を保証するものではありません』
とあり、その下には
132
145
などの数字が並んでいた。
「江戸川?浜名湖?」
流し読みしているので、余計になんの事だかわからない。
琴葉は怖くなりスマホを置く。
いつ颯太が起きるとも限らない。
(もう止めよう。)
しかし"颯太の秘密が知れるかも"――その誘惑に勝てずに、震える手でもう一度メールを開く。
(競艇……って船のレースだよね?)
どうやら競艇のレース予想のようだ。
メールの文面で、颯太はこの送り主から、競艇のレース予想を購入したことが分かる。
最近増えてる詐欺メールかと思ったが、送信メール欄には、颯太から送ったメッセージも残っていた。
動悸が止まらない。額には汗が滲んでいた。
ギャンブルの話なんて、颯太の口から一度も聞いたことがなかった。その彼が、わざわざお金を払ってまでレース予想を購入している。
その日から、琴葉は注意深く颯太を観察するようになった。だが、競艇に興味のある素振なんて一つも見つけられなかった。
◇ ◇
「夜ご飯どうしようかな」
琴葉は伸びをすると、颯太にLINEを送る。すぐに「早く帰れるから駅前で一緒に食べよう」と返信があった。
メッセージの外にある"夜ご飯を作りたくない"という琴葉の気持ち。それを読み取ってくれる颯太は、やっぱり"できた旦那さん"だ。
久しぶりの外食を楽しんだ帰り道。風はすっかり冷たくなり、冬の訪れを感じさせる。
他愛もない話をしながらマンションに着くと、エントランスの掲示板に、クルーズディナーのポスターが貼ってあった。
(クルーズ……船。競艇……)
あの日から、船やギャンブルに関係のあるものを見ると、全て競艇に繋がってしまう。
琴葉は思い切って聞いてみることにした。
「ねぇ、颯太はさ……船とか興味ある?」
「船?あぁ、クルーズディナー?もうクリスマスだもんな。」
颯太もポスターに目を向ける。
「うん、去年はレストランだったけど、今年はクルーズもいいね。
……ねぇ、船といえば、職場の人がね、趣味で小型船の免許取ったんだって」
「へぇ」
「すごいよね、結構スピード出るみたいよ」
ちらりと颯太の表情を窺うが、反応はない。琴葉は慎重に言葉を続ける。
「そう言えば、競艇って相当スピード出るんでしょ?」
"そう言えば"が唐突すぎやしなかったかとドキドキする。だが、颯太の返事はあっけないものだった。
「どうなんだろうな。競艇、興味ないからなぁ」
◇ ◇
帰宅後、見たいドラマがあるからと、颯太には先に寝てもらった。
デカフェの珈琲を入れながら、琴葉は先ほどの颯太を思い出す。
――競艇って相当スピード出るんでしょ?
琴葉はこの質問をする前に、颯太からどんな答えが返って来るかを予想していた。
「競艇?実はやってるんだよね」
「え?なんでそんな事聞くの?」
そう、そんな風に告白されるか、動揺されるかを想像していたのだ。
予想はどちらも外れた。
「颯太ってあんなに普通に嘘つけるんだ……」
珈琲から立ち上る湯気をぼんやり見つめる。
琴葉が知っている颯太も、湯気のように揺らいで行く。
どれくらいそうしていただろうか。珈琲の湯気は消えていた。
琴葉は、これ以上詮索するのはやめようと決めた。目の前にいる颯太だけを信じることにした。
「知られたくないことって誰にでもあるもんね」
――そう、私にも
琴葉は自分のスマホを手に取ると、ためらいなくパスワードを変更する。
「これで、颯太には見られないね」
そう呟くとマグカップに口をつける。
珈琲はすっかり冷たくなっていた。
お時間いただきましてありがとうございました。
ちいさな秘密と大きなひみつは、それぞれなんだったのか。
なぜ琴葉は自分のスマホのパスワードを変更したのか。
解釈は色々あるかと思いますので、推察して楽しんでいただけましたら幸いです。




