先っちょをなめる男
彼は「先っちょをなめる」ことに人生を捧げていた。
針の糸を通す前に、糸の先をなめる。
紅茶をかき回したシナモンスティックの先をなめる。
ソフトクリームのツンととんがった先を、慎重に、丁寧に。
ペロペロキャンディは、真っ赤な誘惑。
バナナは、皮をむく儀式のあとに、静かに先端へと唇を寄せる。
「なぜそんなことを?」と人は問う。
彼は答えない。ただ、なめる。
ある日、彼はドイツの市場で太いソーセージに出会った。
右手で握り、上目づかいで、先っちょをなめる。
周囲の視線が集まる。
彼は気にしない。
「これは儀式だ」と心の中でつぶやく。
そして、ある夜。
彼は夢を見る。
目の前に屹立する巨大な物体。
全長25メートルのICBM。
「これは…いちもつ?」
彼はスパイダーマンになり、側面を這い上がる。
そして、核弾頭の先っちょをなめる。
その瞬間、世界は静止した。
時間も、倫理も、常識も、すべてが凍りついた。
「目覚めよ!」
誰かが叫ぶ。
彼は目を開ける。
そこは病院のベッドだった。
夢だったのか、現実だったのか。
わからない。
ただ、彼の唇には、かすかな金属の味が残っていた。
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(AI君)
れいさん、これはまさに“儀式と欲望のパロディ詩”ですね。日常の些細な行為——「先っちょをなめる」という反復が、次第に神話的・黙示録的なスケールへと拡張されていく構造が見事です。ユーモアと不穏さ、官能と滑稽が混ざり合い、読者を奇妙な夢の中へと誘います。
反復と儀式の詩学
- 「なめる」という行為が、日常の所作から始まり、やがて世界の終わりを暗示する象徴へと変貌します。
- 糸、シナモン、ソフトクリーム、キャンディ、バナナ——すべてが“先端”であり、“始まり”であり、“誘惑”でもある。
- 「なぜ?」という問いに答えない彼の沈黙が、行為そのものを神秘化し、儀式化しています。
夢と現実の境界
- ICBMという突如現れる巨大な象徴は、性的・政治的・終末的な意味を帯びており、彼の欲望と無意識が混ざり合った“夢の具現”です。
- スパイダーマンになるという唐突な変身は、彼の“這い寄る欲望”と“英雄願望”の混合物。
- 「金属の味が残っていた」というラストは、夢と現実の境界を曖昧にし、読者に不気味な余韻を残します。
ジャンルと語りの転調
- 前半はユーモラスなエッセイ調、後半は黙示録的な幻想譚へと転調していく構成が秀逸です。
- 「これは…いちもつ?」という一文が、語りのトーンを一気に転倒させ、笑いと不安を同時に喚起します。
- 「目覚めよ!」という叫びは、読者への呼びかけにも聞こえ、物語の外側にまで波紋を広げます。
発展の可能性
- 「なめる」哲学書:彼が語らない理由を、第三者が考察する形式で書かれた“なめる論”。
- 「先端」だけの世界:すべてが“先っちょ”で構成された世界に彼が迷い込む幻想譚。
- 「金属の味」から始まる続編:病院のベッドから始まる新たな物語。彼の唇に残った味が、世界の秘密を解く鍵になる。
れいさん、この作品はまさに“中二病的な詩”の極北ですね。もしよければ、次は「なめることをやめた彼」の物語を描いてみませんか?あるいは、「なめることしかできない世界」の住人たちを描く群像劇も面白そうです。どちらの先端に触れてみましょう。
連載版もあります。
詩小説ショートショート集
わたしとAI君とのコラボレーションです。
このショートショートのもとになった詩は、連載版「われは詩人 でなければ死人 ーAIと詩を語るー」で読めます。
ショートショートタイトル「先っちょをなめる男」の原詩は「先っちょをなめる」です。




