7話 プロジェクト“かぐや姫”
プロジェクト“かぐや姫”。
別に男に無理難題を押し付けてあざ笑った挙句、
『あー、面白かった。結婚? するわけないじゃん。んじゃ、あたし帰るから。ばららーい』
って感じで海外逃亡よろしく全部をほっぽり出して帰っていくわけじゃない。
…………。
いえ、ちょっと修正。
そんな感じはちょっとあるかもだし。
今、自分の家が置かれている状況。それは四面楚歌。大ピンチ。
唯一国王が今パパを認めているから大規模な反乱とかクーデターにはならないわけだけど、それももう時間の問題。
こういう時、唯一の武器である国王を使うことは絶対NG。
今もきっと反対派は国王を動かそうと必死になっているだろうし、国王をこっちが使った時こそすべてが終わる。
つまり反対派の粛清。
圧倒的な力を背景に独裁者よろしく強権を発動したとしても、それは逆に相手を追い詰めることになる。
前パパも言ってた。
『独裁をするなとは言わないよ。けど独裁者ってのは傍から見るより実はかなり用心深く思慮深い。己の地盤を固めて周囲にも力ある者を配置し、溢れある実力で相手を黙らせる。そう、独裁者ってのは弱者に対してしか効果がないんだ。強敵相手に独裁権を発揮したところで、よってたかって袋叩きに遭うのが当然だからね。だから独裁者になりたいんだったら、全力で自分の足元、そして周囲を固めてからにしなさい。ま、琴音ならその美貌で周囲を従えちゃうだろうけどね』
うん、我が親ながらバカ親だ。親バカじゃなく。
今のこの状況。
周囲に味方はほぼいなく、あるのは国王という象徴だけ。その状況で強権を発動すれば、味方のいないこちらは寄ってたかってボコられるってこと。しかも相手には『独裁者を倒す』という大義名分を与えるのだから、貴族を嫌っているはずの民衆も抱き込む可能性だってある。
そうなったら勝ち目はない。
だから強行に出る前にすること。
それは味方を増やす。
地盤固めは今パパの方に任せるとして、私ができることと言えばそこだ。
そう。クソみたいな貴族の馬鹿息子を悩殺する。そして味方につける。
それがプロジェクト“かぐや姫”。
……うわ、言ってて自分で恥ずかしくなった。
やっぱ私、前パパの子供だわ。思考回路が同じ。
けど、やるからには徹底してやらないとね。
というわけで1人目、行ってみよー。
「いや、エリちゃんも大変だったよね。ああ、大丈夫だよ。私は君の味方だ。さぁ、私の胸に飛びこんでおいで。そのキュートなお顔をうずめて泣くがいいさ。乙女の涙こそ、私を奮い立たせる大いなる力なのだから」
はい次ー。
「ふっ、この俺にその話を持ってくるということはアレか? カシュトルゼ家はこの俺に服従するということでいいんだな? いいだろう。貴様を俺の妻とすることを認めようではないか、ふははは」
よくないです次ー。
「ぼ、ぼ、ぼぼぼ、ボク、は……そ、そそそそそ、その、エリ、ちゃん、う、うふふふふ、お、女の、子と、しゃべ、しゃべっちゃった……でへへ」
問・題・外!!
なんなの!?
貴族の息子って馬鹿なの? 馬鹿しかいないの!?
つか3番目の酷かったけど、あれと同レベルが10人近くいてドン引きだわ。
うわぁ……こんなのと結婚するの? あ、いや、私はしないよ? ただお見合いするだけ。けどいつかはこの馬鹿たちもどっかの令嬢と結婚するんだろうけど……。その女子に同情するわ。
唯一の吉報と言えば、意外と私、もといカシュトルゼ家に対し反感を持つ貴族は多くないのでは、ということだ。
まず、今回のプロジェクト“かぐや姫”の名を借りたお見合いをすると公表した直後から、100人近い応募が来たということ。
その中から厳選した(あれで?)20人くらいと話したけど、うちを攻めるような発言や思想が出てこなかったことだ。まぁ人数が人数過ぎて、1人1人に時間をかけられずに、こうやって面接みたいな感じになってしまったわけだけど。
まぁつまりは、「お宅も大変だねぇ」レベルの出来事らしい。
たぶん、そういった人たちは保守派の人たちで、ガーヒルら率いる革新派と若さに押される形で劣勢になっているということなんだろう。
うん。それは分かっていいこと。完全孤立していないというだけで、十分打つ手が見えてくる。
ま、今回はそんなところが収穫でよかったかなぁ。
もちろん結婚なんて今は本気じゃないから、とりあえず全員にはそれっぽい対応はしておいた。
1人目のキザ男には、
「ああ、そんなことができたらどれだけ楽になるでしょう。しかし私もまだ家のために戦わなければならない身。そのようなことは許されないのです。けどもし……私のこの苦境を打破してくれる殿方がいらっしゃったら……どれだけ心強いことでしょう」
2人目の俺様系には、
「ええ、もしそうなれば私も穏やかで幸福な生活を送れるでしょう。やはりこういった時は“強い”殿方こそ頼れるのですから。何かあったら、守ってくださいましね?」
3人目には…………
「な、仲良く、し、しましょうね?」
うん、なんて名演技。アカデミー賞ものだわ。
これで全員メロメロ。少なくとも私の家を敵視するようなことは決してないと、ええ、決して、一体全体、ありえないと断言できましょう。だってこんな可愛い女の子からアプローチされたのに、それを無碍にする野郎はいないと断言できますもの。ええ。
ま、初めてにしてはよくやったんじゃないかしら?
よし、今日は自分を誉める意味で、はちみつチキンを解禁しちゃいましょう。油と甘さの凶暴なハーモニーを心行くまで堪能しましょう! ……太る? 鳥はロカボだからいいのよ! はちみつだからノーカロリー!! すなわち正義!!
なんて思っていた時だ。
「失礼します。エリーゼ様」
あ、最後の1人か。もう色々疲れたからどうでもいいわ。
これまでも20人近く面談、いえ、お見合いしてきたから、そしてそれらを全て魅了してきたんだからもういいんだけど……。
部屋に入って来た男性を見る。
無造作ヘアーというか天然パーマというか、どこかゆるふわな感じの白い髪。20代中盤の男。まぁ見た目はイケメン。
他にない特徴とすれば、鋭く尖ったフレームのある眼鏡で、どこか冷酷さと同時に知的さを醸し出すことに成功している。ただその奥に覗く瞳は、どこか優しさをはらんだようなおっとりとしたもので、そのアンバランスさが絶妙にかみ合って凄みを引き出しているように思えた。
「えっと、あなたは……確かクロイツェル様?」
「ああ、お名前を憶えていただいて光栄ですエリーゼ様。ええ、クロイツェル・アン・カトルーゼでございます。ところでエリーゼ様」
そこで言葉を切るこの男。クロイツェル。
見た目以上の知恵者らしかった。
いや、それ以上の危険人物だった。
「あなたの謀ごとに、私も混ぜていただけないでしょうか?」