63話 最後の勝負
敵が逃げるように去っていって3日後。
私は王都に凱旋した。
戦後処理とかは全部クロイツェルにぶん投げた。だって私、何やればいいか知らないもの。
だからダウンゼンらの部下の100人くらいと共に王都へ戻ると、それはもう大歓迎だったわ。
すでに馬を飛ばして報告は入っていたから、上町も下町も関係なく、皆が笑顔で迎えてくれた。徹夜で作ったのか、幟がそこかしこにはためき、紙吹雪が舞って楽隊がパレードのように演奏をかき鳴らす。
まるでお祭りだったけど、その当事者である私を一目見ようと人々が駆け寄ってくるのにはさすがに閉口したわ。
オーバーツーリズムの京都でもこんなに混んでないわってくらい人がいっぱいいて、こちらに押し寄せようとしてくるんだからもう。
選挙事務所の近所の街の人たちにも挨拶を受けたけど、とてもじゃないけどゆっくり話している暇もないから手を振るだけで終わったのがちょっと心残り。彼らも色々と役に――いえ、とてもよくしてくれましたから。少しは労って――ご挨拶してあげたかったけど残念。
というわけで上を下への大騒ぎの王都入口周辺のことはもう割愛して本題よ。
さすがに貴族様が暮らす中央区では大丈夫だろうと思ったけど、そこも恥も外聞も投げ捨てての大騒ぎ。よっぽど怖かったのね。ほんと、役立たずは役立たずなりに密やかに生きててほしいのに。
というわけでさっさと中央区を通り、王宮へと向かう。
そこで国王へと戦勝報告をするわけだけど。
さてさて、これが最後と思うと少し胸が高鳴るわね。
何がって?
この物語――じゃなく、もちろんあいつ。ガーヒルとの決着をつける時ってこと。
「おお! 戻ったか、エリーゼ・カシュトルゼ!」
国王の歓待を受けながらも、私は周囲に気を配る。
さすがにここに詰めている上級の貴族様たちは、外のやんちゃな連中とは一線を画している。
誰も陽気にはしゃいだりはせず、静かに見守っている。
そう。私とガーヒルの最終決戦を。
「さすがカシュトルゼの娘よ。まさか圧倒的不利な状況をひっくり返すとは!」
「いえいえ。わたくしなど。ただお飾りのようにいただけです。何もしておりませんわ」
返しは謙虚に。
うん。だって本当に何もしてないからね。表だっては。
「いや、お主の檄が皆を震わせたというぞ! この功は比類なきものぞ。ふむ、これは褒美を考えなければな。エリーゼよ。何を望むか?」
「お待ちを、陛下。敵が退いたというのは本当でしょうか。何もせず、被害もなく退いたというのはどうも……」
「ガーヒル。嫉妬とはみっともないぞ」
「いえ決してそのようなことは……」
慌てるように首を振るガーヒルを見てため息が出る。
「安心ください。ガーヒル様。私は選挙で負けた身。それなのに筆頭大臣の椅子を望めば、それこそこの選挙を認めた陛下の顔に泥を塗ることになる。そのようなことのために私は前線に立ったのではありません。私はただ、この国を守りたいがために立ったのですわ」
「う、うむ。そうか」
困惑しながらも少し胸をなでおろした様子のガーヒル。
器の小さい男。
はぁ。やっぱりいくら知能が回るようになったとて、元からの器の小ささは変わらないってことね。
じゃあとどめを刺してくれましょう。
「陛下。では望むものが1つあります」
「うむ。申せ」
「上奏をさせていただきたく」
「なに? それだけでいいのか?」
「ええ。陛下にお伝えしたいことがあり。ただ、なにぶん難しいことゆえはっきりとしたことがつかめるまで黙っておりましたが、このような事態となってはお告げしなければならないと思い、この機会に上奏させていただきたいと考えたのです」
「う、うむ。そうか。別にお主ならばこのような褒美ということはなく、いつでも朝議での発言を許すのだが」
「いえ、今、この時、この場所でさせていただくことが私への褒美となりますので」
「うむ。では申すがよい」
許しを得た私は、パンパンと手を打つ。
それを合図に、広間の扉が開く。そこから入って来たのはダウンゼン。
いつものやつれた上着姿ではなく、ちょっとやんちゃの過ぎた貴族と言われても怪しまれない程度の身なりをしている。ワルドゥ執事長のお古を借りて髪を整えて薄く化粧をした彼は、その野性的な雰囲気と相まって女性がいれば思わず胸を突かれるほどの美男子となっていた。
その彼が運んできたのは1つのケース。
それを私の横に持ってくると、床に置いて鍵を開く。
そこから吐き出されたのは、ぎっしりと詰まった紙の束。
「エリーゼよ、それはなんだ?」
「お答えしましょう。これは我が国を売った造反者の証拠となります」
「なに? 造反者?」
「ええ。この国を敵に売った最悪の売国奴ですわ」
「エリーゼ!!」
と、私と陛下の会話に入り込み、議場に響く声を出した者がいる。
私はこみ上げる笑みを抑えながら、その人物に振り向き言った。
「どうしました、ガーヒル様? なにかこれに用でもあります?」
「い、いや。その手紙はなんだと思ってな」
「おや、手紙? 私はこれを手紙と言った覚えは一言もありませんが? ただの売国奴の証拠と言っただけなのですが? どうしてこの紙の束が手紙だと分かったのでしょう?」
「っ!!」
あらあら。そんな露骨な引っかけにかからないでくださる?
本当に、殿方は単純なんだから。
「お父様、こちらの書類を読んでいただけますか?」
「う、うむ……」
一応、まだ新筆頭大臣は決まっていないので、国王の次に偉いお父様に書類を渡す。
その様子をガーヒルが殺意をみなぎらせた視線を送ってくるが無視。
その中を朗々とお父様が文章を読み上げる。
内容はイチノ国のザーラド将軍との内通を示唆するようなもの。
「以上、貴軍の健闘を祈る。ガーヒル・バイスランウェイより」
それを読み終えた時。
終わった。
その言葉が確かに胸の中に響いた。




