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56話 出発は人力車で

 一通りの仕事を終え、王都の外には初めて出た。

 ダウンゼンと出会ったのは下町(しもまち)だから厳密には王都内。


 だからどんなものかと思ったけど、


「……うわ、なんもない」


 想像以上になにもなかった。

 東京ドーム何個分っていう感じの、見渡す限り広がる平原。草木が風になびき、さわさわと心地よい音を運んでくる。

 昔、夏に行った北海道の雄大な草原を思い出す。


 けどそれだけ。

 別に私に自然愛護の精神はないから、こういうのを見るとなんとももどかしい気がする。


 もっとこうバリバリ開発しちゃいましょうよ。

 ここに超巨大なショッピングモールをドーンと作って、その横には大テーマパークにちょっとお洒落なホテル街。

 ああ。あの山とか冬はスキー場とかにできるんじゃないですか? ゴルフ場? はぁ? あんな一部の人間にしか利益がいかなくて、森を破壊するだけのどうでもいい施設を作る人の神経が理解できないですわ。

 私、自然愛護とかいう偽善の心はないですけど、自然を愛でる風雅な心は失っていませんもの。

 ええ、そうね。あそこらへんの森は開発するんじゃなく、自然公園として管理できるようにしましょうか。あとは温泉が発掘できれば文句なし。


 温泉旅館からショッピングモール、そして王都へとつながる一大観光地プロジェクト!


 ふふふ、これは完璧な町おこしになるわね。


「おいおい、何もないったぁいただけねぇなぁ」


 と、私の野望をぶち壊す粗野な声。


「はぁ……なんでいますの?」


 深くため息をついて後ろを見る。

 そこにはダウンゼンが悠然と寝転がっていた。


「なんでって、これは俺の馬車だからだよ」


「馬車、ねぇ」


 野暮用でクロイツェルにめんど――大切な仕事を任せた私は少し途方に暮れた。

 行動の自由を得たものの、結構見切りで出たしまったので、どこにどうやって行けばいいのか分からない。

 これでもやっぱり少し動揺していたのかもしれませんわね。いえ、その責任に押しつぶされそうになっていたか。


 という感じで困っているところに現れたダウンゼンが、足を用意してくれるというからそれに乗った。

 けどそれにはもうすでに後悔し始めている。


「馬車というか人力車じゃない」


 というかリアカーよね。これ。幌もないし、荷台の横に車輪を2つつけだけのもの。


「ジンリキシャ? なんだそれ?」


「知らないならいいわよ」


「まぁまぁ、姐御(あねご)。ちょっち我慢してくれよー。俺っちの走りはちょっぱやだからよ!」


 と、私とダウンゼンの会話に入って来たのはリアカーのハンドルを握る男。なんでもダウンゼンの舎弟とのことで、かなりマッチョ。

 この人が引いてくらしいけど、本気?


 てか誰が姐御よ。

 姉御ならまだしも、姐御じゃ完全に関係者じゃない。


「ふっふっふ。クロイツェルの野郎め。いつも威張り散らしやがって。ま、こういう気遣いができる男ってのが最終的には勝つんだよな。ここから前線まで2日。というわけで、エリよぉ」


「それ以上近づいたら蹴落とすから」


「まだ何もしてないじゃんかー」


「目が犯罪的だった。だからこれは正当防衛。誰がどうみても有罪はあんたよ」


「ひでぇ! 貴族特権を振りかざすわけでもなく、普通に酷い!」


「あら酷くなんかありませんわ。本来なら私にいやらしい視線を送った時点で島流し、触ったらその時点で打首のうえ市中引き回しよ」


「どんだけ罪深いんだ!?」


「市中引き回しの上、打首獄門だってツッコミなさいよ。ま、いいわ。乙女の柔肌にはそれくらいの価値があるの」


「乙女ねぇ……ぐぇ!」


 蹴りを入れた。


 荷台からひっくり返ったダウンゼンの巨大な体が落下する。ちっ。走ってたらもっとダメージを与えられたのに。


「なにすんだ!」


「別に。(よこしま)な視線を感じたから叩き潰さなきゃと思っただけ」


(よこしま)って、ただ乙女っていうからちょっと……」


「ちょっと?」


「いや、だってそれじゃあ――」


 ちらっとダウンゼンの視線が再び私の胸元に集まる。


「もっと蹴りを入れられたい?」


「すみませんでした!!」


 まったく。これから大事だっていうのに、本当に緊張感がないんだから。


「よし、アニキに姐御! じゃあそろそろ行きますぜ! しっかり掴まっててくれよー!」


 と、リアカーのハンドルをぎゅっと握りしめたマッチョが、勢いよく足で地面を蹴った。

 突然の急発進に、何の準備をしていなかった私は荷台の中を転げまわる羽目に。


「ぎゃわわわわー!!」


「ちょ、おい! 俺を置いていくなー!」


 私より哀れなダウンゼンの声が次第に小さくなり、見上げる空。襲うような圧力を持った風に包まれ――私は気を失った。

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