54話 高貴な者の義務
私の声を呼び水にして、周囲にざわめきが起こる。
誰もがガーヒルと、国王を交互に見やる。
きっとこの人たちはガーヒルが出れば自分は出なくてよいと考えているのだろう。
それに筆頭大臣となれば、国王の次に偉い立場だ。高貴な者の義務を行うことに、異論が出るはずもない。
その貴族たちの保身の視線を受けたガーヒル。
さて、これから見ものですわね。何を言って断るか。仮に失敗すれば、大変なことになるのは彼自身も理解していましょう。
沈黙は数秒。
それで彼が何を判断したか。いえ、考えるまでもないわ。
ここまで彼が上り詰めてきた方法。それを考えれば、何を言うかは見当がついた。
そしてそれはおおよそにして当たっているのよね。
「いや、私が出るわけにはいかない! まだこの国は政治が不安定だ。今ここで私が国の中枢から離れれば、すなわち国をさらに乱すことになる。断腸の思いだが、私はここにいて内をしっかり固めることにしよう。よし、ではウェンズとハリス。君たちに行ってもらおうじゃないか」
「わ、我々が!?」
「ああ。君らには是非国防大臣についてほしいと考える。だから君たちに出陣を命じる」
「…………」
指名された2人は絶句している。
国としての重役のポストは欲しいが、そのために命を賭けて戦うのはお断りと思っているのだろう。
「どうした、早くいかないか」
「き、貴殿はまだ選挙に勝ったわけではないだろう。なのに筆頭大臣の如く我らに命令するか」
「なにぃ」
「いい加減にしろ! 昔から付き合いがあった我々に、そんな捨て駒のような扱い! もはや許せん!」
「そうだ! お前だけ甘い汁を吸おうったってそうはいかないぞ!」
騒ぎは広がり、もはや収集つかないほどにまで発展する、その一歩手前まで来ていた。
それを私はただ眺めるだけ、とはいかないのよね。
けど、まぁ。なんというかもう、ね。
こういうのを見ると改めて思うの。
――本当に。殿方って馬鹿ばっかり。
パンっ
破裂音がした。
といっても誰かが狙撃されたわけでも、爆弾で吹き飛ばされたわけでもない。
軽い、乾いた音。
手を打つ音。
それは私の手から発せられたもので、不思議と議場に波紋して人々の注意を引いた。
これまで顔を真っ赤にして口論していた連中がぽかんとした表情でこちらを見て来る。
「皆さまの主張は分かりました。とても愉快で、とても滑稽で、とても醜悪」
何を言い出すのか。
何を考えてるのか。
まったく理解できないという風にこちらを見る貴族様たち。クロイツェルさえも、何をする気だと気が気でない様子でこちらを見てくる。
そんなクロイツェルに、ふっと唇だけの笑みを見せて私は国王に向き直る。
「陛下。ここは私が前線に出向くといたします」
「エリ!?」
今度は今パパが困惑の声をあげた。
それも当然ね。実の娘が、行けば死ぬ最前線に向かうというのだから。
「お、おおお。そうだ。お前が行け! 私に負けたのだからそうするのが一番だ!」
あぁ、最悪。ここまでガーヒルが醜悪な態度を出すとは。
あるいは権力というのが彼を狂わせたのか。
ちらとソフィーを見る。
彼女もあからさまなガーヒルの悪意に気づいているはず。ただ、それでも信じたい思いと、私への心配が相反し合って今にも泣きだしそうな顔をしている。
その彼女に向けて、小さく微笑んだ。
大丈夫。そう言い聞かせるように。
「エ、エリーゼよ。しょ、勝算はあるのか?」
「さぁ。どうでしょうか」
「そ、そうだぞエリ。パパはお前が行くなどというのは認められん!」
「しかしお父様。ここは誰かが行かなければならない場所。そして私は前筆頭大臣の娘。ならば私は行かなければならないのですわ。高貴な者の義務を果たす者として」
「い、いや! ならば私が出る!」
「お父様。お父様がここにいてこそ、陛下は心安らぐことができるのです。そしてこの場も。そうやすやすと動いては鼎の軽重を問われますわ」
「しかし親より先に子が死ぬなど間違っておる」
「ふふ。その通りですが、それがまかり通らないからこその世界なのでしょう。それに、問題ありませんわ。私は、死ぬつもりはありませんから」
何より、敗けるつもりもないけど。
そうつぶやいた瞬間。フッと風が走ったのを感じた。
窓は全部閉まっている。入口の扉は開いているが、廊下も窓が開いているわけではない。
なのに風が吹いた。それも突風のようなものではなく、柔らかい春の頬を撫でるような柔風。
その風を受けたのはガーヒルを除く貴族たち。そしてソフィー。
きっと彼らの中にある何かに。その風は当たって。意識の変化が起こる。そう思うから。
「さて、行きましょうかグルートル隊長」
「っ! はっ!」
グルートル隊長は胸に手を当てて敬礼をする。
何の身分もない私に。
それでもいい。
私はこれから彼らを指揮して戦いにでるんだから。
かつてジャンヌ・ダルクという少女がいた。
かつてラクシュミー・バーイーという女性がいた。
彼女たちは戦いの最前線に立って、兵を鼓舞し戦い、戦い、そして戦った。
それゆえに彼女たちの名前は後世に語り継がれて、今なお光り輝いている。
けどそれは本当に彼女たちが戦ったからだろうか?
女性だから。
男性じゃなかったから。
特別な存在として後世に語り継がれた。
その要素がないとは思えない。
ふざけんじゃないですわ。
もし彼女たちが男だったら。
ここまで歴史に燦燦とした名を残すこともなかったでしょう。
「舐めるんじゃ、ありませんわよ!」
男だったから。
女だったから。
そんなものは関係ない。
私は私。
パパの娘であり、学び、鍛え、考えてきたからここにいる。
それを性別のせいにして、上げたり落としたりするなんて反吐がでる。
だから私は行く。




