53話 危急存亡の駆け引き
「な――なんだとぉ!?」
一瞬の静寂。
その隙間を縫って叫んだのはまぁいつも通りのガーヒルだった。
彼は頬をわなわなと引きつらせてると、ぶつぶつと呟きだした。
「馬鹿な。せっかく私が頂点に立ったというのに……なんでこのタイミングなんだ」
ああ、これはご愁傷様。
せっかく筆頭大臣になれたと思いきや、そこに他国のちょっかいが入ったわけですから。これは対応を間違えると彼の責任問題にもなりかねませんからね。
そしてそれは彼を縛る鎖でもある。
「ガーヒル様。ここは一時、選挙を中断すべきかと」
私は努めて平静に、そしてややもすれば挑発にもとれる微笑みを浮かべてガーヒルに向かう。
「エリーゼ……」
「今や国の有事。ここは一致団結して事に当たらなければなりませんわ。そのためには、未だ決着を得ていない次期筆頭大臣ではなく、諸事に精通した前筆頭大臣に指揮を執っていただくことが国のためと思いますがいかがでしょうか。どうですか陛下、皆さん」
はじめはガーヒルに、ただ次第にここにいる全員に語り掛けるように説く。
反論は上がらない。声を出して責任が集中すると思って腰が引けているのでしょう。
まったくもってお話にならない連中。
だからそのまま私は“前筆頭大臣”に視線を向けて口を開く。
「お父様、これは我が国の有事です。今、政治を取り仕切る者が不在ですと対応に遅延が生じます。その遅延は郊外の国民に被害を生み出し、国の崩壊に直結しますわ」
「う、うむ。そうだな。陛下、ここは投票は後日に回し、今はイチノ国に当たろうと思います」
「わ、分かった。では、皆――」
国王の決断に誰もがホッとした空気が流れた一瞬。
「お待ちください陛下! ここは私にお任せください!」
火をくべる愚か者がいた。
当然、ガーヒルね。
「む、バイスランウェイ侯爵。しかしだな」
「今や私は筆頭大臣に最も近い地位にいるのです。かようなロートルに任せず、私に指揮を執らせていただければ、イチノ国の軍など鎧袖一触、果てにはイチノ国の国都まで攻め込んでみせましょう!」
「むぅ……」
お父様が唸る。
あの男にロートル呼ばわりされたのが腹立たしいのでしょう。それでも怒鳴りつけることをしないのはさすがと言うべきでしょうか。
そう、ガーヒルは今、自滅の道を突き進んでいる。
先人を追い落とし、自ら権力をむさぼろうという我欲がありありと見えている。それほどに焦りを見せれば、彼がこの事態を治めることができるとは到底思えなくなるわけで。
けど、まぁそれも仕方ないことですけど。
もしここで今パパが結果を出してしまえば、国王からの信任はさらに厚くなり、彼を見限っていた貴族たちも再び勢力を盛り返しかねない。
そうなれば今、ガーヒルがいる立場も怪しくなる。
せっかく極上のステーキを食べられると思った瞬間に「待て」が入ったんだから、賢い飼い犬でも不満を見せるのは当然。少し賢くなって見通しが良すぎるのもいけませんね。
え? 私が何か企んだ?
いえいえ。私はなにも。
ただ現筆頭大臣がいない以上、その次席かあるいは前筆頭大臣がまとめるべきなのは明らか。そして前筆頭大臣である今パパは、汚職をしたものの長年この国をまとめてきた経歴としては立派の一言。
その今パパが立ち上がるなら、この危急存亡の瞬間にも安心だと思う貴族様たちも多いんじゃないかしら。
そう思っただけで、まさかガーヒルを陥れる策略なんて。怖くてそんなことできませんわ。
「陛下、すぐにご決断を。今、この瞬間にも無辜の民がイチノ国の連中に蹂躙されるなど、身が裂けるほどの悲痛が私を苛む! もはやこの身を盾に、この国を守る決意であります!」
大仰に身振り手振りを使って国王に訴えるガーヒル。
「おお、さすがガーヒル殿……!」
そのパフォーマンスに、ガーヒル派の貴族たちが高揚した様子で声をあげる。
その中でちょっと気になるのが、グルートル隊長の影に隠れるようにしているソフィーも、熱を帯びた視線をガーヒルに送っていること。
あんなことされたのに、はぁ……。これがダメ男との共依存ってやつか。
やれやれ、仕方ない。
さすがにこの流れは不確定要素が多すぎる。熱に浮かされたお馬鹿ちゃんたちは、何をしだすかわかりませんから。
熱くなった鉄は冷ます。それで良い鉄になるんですわ。
「さすがガーヒル様ですわ。このエリ。ガーヒル様の覚悟に感服いたしました!」
こちらもガーヒルに劣らないほど身振り手振りを使ってガーヒルを褒めたたえる。
反吐が出そうなのをなんとか我慢して、さらに続ける。
「イチノ国は強国。そのような軍勢に自ら立ち向かうとは、これぞまさに高貴な者の義務と後世まで褒めたたえられるでしょう!」
「ふんっ」
ガーヒルが鼻で笑う。
今更そんなことに気づいたのか、と言わんばかりの嘲笑。
あー、蹴飛ばしてやりたいですわ。
けどそれはグッと我慢。
だから代わりに言葉のキックをお見舞いする。
「ああ、本当にガーヒル様は勇敢でいらっしゃる。自ら最前線で指揮を執り、万が一の時は自ら剣を取って討ち死にすらも辞さない覚悟とは!」
「ん?」
「他国の侵攻という未曽有の危機に! 筆頭大臣候補が! 自ら剣を取って戦う! その雄姿に国民は深く胸を打たれ、このお方なら一生を賭けられるとついてくることでしょう!」
「ま、ま、ま、待て」
「ああ、先ほども申しました通り、イチノ国は強国。5年前に隣国を破ったテヘスの戦い。将の首を10、兵の首を3万もとったというイチノ国の英雄ハーガード・ザーラドが出て来ることは必至! その英雄に自らの命をもって挑む! これだけでもはやこの国に永劫に語り継がれるべき――」
「待てと言っている、エリーゼ!」
怒鳴るようにして言葉を遮って来たガーヒル。
その顔は赤かったり青かったりして情緒がない。
「……はて、いかがいたしましたでしょうか、ガーヒル様?」
「あ、いや。その、あれは、なんだ。……ザーラド将軍が出るとは本気で言ってるのか?」
「まさか。私はイチノ国の人間ではありませんわ」
「であろうな」
「ですが、相手も馬鹿でなければ間違いなく出て来るでしょう。こちらも陛下によって列国に叙せられるほどの大国。最強の将を惜しんで負けたとなれば、イチノ国も立ち行かなくなりましょう?」
「む、むむむ!」
むむむではありませんわ! と言いたいけど自重。
「ですから、その最強の敵に自ら名乗りをあげるガーヒル様は、まさに国の英雄でございます。まさに高貴な者の義務の体現者であると」
先ほどもあったように、中世と似た世界観であるこの国も、高貴な者の義務は存在する。
というか高貴な者の義務があるからこそ、貴族でいられるの。
貴族という高い社会的地位を持つ者は、それ相応の社会的義務が発生するというもの。
その義務は、たとえば慈善活動だったり、ボランティアだったり、教育だったり。
そして国防だったり。
貴族が守るからこそ、民衆は安心して暮らし、その対価として税を納める。
それが貴族社会というもの。
だから普段は貴族は各地の領地にいて、領民を守り、運営していくことが求められているわけですけど。
長く続いた制度は堕落するもの。いつかその制度は、ただ民衆から搾取するためのシステムに成り下がり、半世紀の平穏が貴族から守るべき力すらも失わさせたみたい。
政治の中心であるここに貴族がいるのがその証明ね。
「さぁ、いかがでしょうかガーヒル様。あるいはここにいる皆さまでもよろしいのですよ?」




