52話 一次決着、そして…
「ふ、ふふふふふ」
低く、くぐもった声が室内に響く。
その出所は探るまでもない。
私の反対側に居座るあの男だ。
「あーはっはっははは!!」
高らかに哄笑を放つのは、まぁ当然というかガーヒルその人。
右手を額に当て、見下すような目つきをこちらに向けながら口を大きく開きながら笑声をあげる。相変わらずムカつく顔ね。その汚い歯でもへし折ってやりましょうか。いえ、やりませんけど。
「53票もよく集めたと言わせてもらおう。だが、結果はこれだ。もはや再投票の必要はないのではないか!」
「あら、どうしてかしらガーヒル様」
私は理解していないふりをして聞く。
「ふん。基本的な算数もできないのか。20票以上の差だ。もしここに国王陛下の15票が満票、君に入ったとしても逆転は不可能。いや、むしろこの結果を見て私に投票する人間も増えるんじゃないか? そうしたら過半数だ。ああ、私は今、エリーゼに入れた人間でも許そう。今の敵はただ1人なのだからな。おっと、これでまた票の差ができてしまったかな?」
「まったく、どいつもこいつも過半数を知らないのね」
「なんだと?」
「いえ、なんでもありませんわ。それは確かにそうなる可能性もありますわね」
「可能性? これは確約された未来だよ。予言といってもいい。君は圧倒的差で大敗する! この予言は絶対だ」
「これはこれは。予言者に転職なさるとは、思いもしませんでした」
「いちいちうるさい女だ。だからこそ破談になったのだと知るがいい」
やれやれ。それはこっちもいいたいわ。
こんな男。こっちから願い下げだもの。まったく、エリも男を見る目がないわね。
「それで、議長。このまますぐに投票をするのかい? いや、これはもう結果は火を見るよりも明らかなのだから、もうやらなくてもいいのではないか?」
「そうはいかないのだバイスランウェイ侯爵。過半数を超えていないのだから再投票を行う。それがルールだ」
「ふっ。一度決めたしきたりに固執するのはよくないですね。現状を打破してこその変革。いつまでも頭の固いままではこの国の発展は望めないでしょう。まぁ仕方ありませんね。面倒だがそうすることにしよう」
その態度に議長、そして国王が不快の念を示した。
この男は再投票の意味を分かっているのだろうか。本当に頭良くなってる? 浮かれすぎてIQが100くらい下がっているようにしか見えないわ。
そう。本来、こういう大差がついた以上、再投票をやる意味はない。
ガーヒルが言ったことは間違いないし、勝ち確の状況でわざわざ敗者に入れる必要はまったくないのだから、より投票数は差が開く。
だがそれでもやる必要がある。
それはなぜか。
そこにあるのは当然、この国のためにそうした方がいいから。
つまり結果はどうなってもいい。そこに至る過程が大事ということ。
その過程に影響のある事象。
そう、国王陛下の投票だ。
本来ならもっと接戦になって、そこで大量の票を持つ国王による投票ですべてが決まる状況が望ましかっただろう。
そうなれば誰もが国王の関心を引こうと必死になり、国王の一票の重みが増すことになる。そうなればたとえ筆頭大臣が横暴な態度を取ったとしても、彼が勝てたのは国王の力添えがあってこそ。
そうなれば筆頭大臣は国王に逆らえない。
完全な支配体系が確立する。
ただ、現状で私の大敗は目に見えている。
とはいえこのまま決まってしまっては、せっかくの権力の強化ができなくなってしまう。
だからきっと国王は、再投票でガーヒルにほぼ満票、私に一部の票を入れることで、「ガーヒルを応援していたこと」と「私に対しお情けする度量の広さ」を示そうとするだろう。
だからこそ、たとえ大差で勝敗が決しても再投票は行う必要があるわけで。
それをあの愚か者は分かっていないようで。本当にお幸せな人。
「うむ。では再投票に移りますが、よろしいでしょうか陛下」
「うむ。よきにはからえ」
「では続いて再投票を行います。皆さまは先ほどと同じように用紙に候補者の名前を書き――」
と、再び説明を始めた議長の声を遮るように、どでかい音を立てて、観音開きの扉が開いた。
「失礼いたします!」
あら、グルートル隊長。この中央区の警備隊長の人だ。
その横には、あらあら。ソフィーがちょこんと収まっている。結果が気になってきたのだろうかしら。
「なんだ! 今は大事な選挙の最中だぞ!」
議長が怒鳴り声をあげる。
それに恐縮しつつも、グルートル隊長は報告を始める。
「はっ、しかし……その、中央区の検問に民衆が大挙しておりまして。選挙の経過を知らせろ、エリーゼ様を是非次の大臣に、と騒いでおります」
「はっ、ははははは! 民衆だと? それがどうした。追い払えばいい。彼らに選挙権はない。大人しく結果を待てばいい」
ガーヒルがここぞとばかりに笑声をあげる。
ほんと鼻につく男ね。
「しかし、四方の門に詰めかけておりまして……その数、1万を超えています」
「だからどうしたというのだ! 民衆など制圧してしまえば終わりだろう!」
「バイスランウェイ侯爵、相手は民衆だ。お手柔らかに頼むぞ」
玉座から国王がやんわりと制する。
「陛下。これは反逆です。ここで放置してはきゃつらをつけあがらせるだけ。きゃつらには自分の立場というものをしっかり教え込まなければなりません。筆頭大臣としてこれは許されないことです」
「あら、ガーヒル様。もう次の筆頭大臣であらせられる?」
「ふん。もはや決まったようなものだろう。お前は口をつぐんでいろ。俺が正式にその座に座るまでの命、大切にするんだな」
ふぅ。ちんけな脅しだこと。
こんな輩でしかない低能な言い分。なのにきっと皆さんは従うのでしょう。権力というのはそれほどに人を惑わせる。たかが何もできない口先人間でも、誰もが恐れる圧政者になりうるのだ。
ま、だからどうするってわけじゃないんだけど。
ふむ。それにしてもそっちが先に来ましたか。
いえ、ダウンゼンのこの対応はいつかは来ると思ってましたが、こうも早く対応されるとは。この状況が終わったら、少しご褒美をあげたほうがいいでしょうね。いい子いい子でもしてあげましょう。
それにしても遅いですわね。日時は間違いないと思うんですが……。もうちょっと引き伸ばした方がいいかしら。
なんて思っていたその時。
「た、大変です!」
再び議場に駆け込んできたのは衛兵の1人。
「今度はなんだ!!」
議長が怒鳴る。その対象になった衛兵は完全に怯えと言えるまでに恐縮しきってしまい、口がうまく動かないらしい。
「そ、その……」
「早く言え!」
急かされてようやく意を決したのか、衛兵は怒鳴るようにこう言った。
「し、侵攻です!」
「あ?」
「イチノ王国が我が国の領土を侵してきました! 我が国は侵略を受けています!」




