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4話 宣戦布告

 私は着飾った赤色の派手なドレス姿のまま袖から姿を現す。


 ホールは一瞬、言葉にならない声で埋め尽くされたが、すぐにシーンとなる。

 誰もが信じられないような、夢でも見ているような、幻術にでもかかったような、そんな呆けた表情を浮かべていた。


 ふふ、良いわね。さっきまで今パパをさんざん馬鹿にしていた奴らが馬鹿みたいな顔で並んでいるなんて。


「皆さま、お久しぶりでございます。わたくし、えっと、エリーゼ・バン・カシュトルゼでございます」


 そう告げてドレスの裾をあげて優雅に一礼。


 だが何も反応はない。

 それは白けてたというより、唖然としていたといった方がいい様子。


 ふふ、いい反応。


「さて皆さん」


 名探偵、皆を集めてさてと言い。

 誰の格言だったかしら。意外とミステリーは好きなんですよ? 今この場ではどうでもいいけど。


「どうやらわたくしを幽霊か何かのように見ていらっしゃいますが、おかしいですわね。この通り、わたくしに素敵で可愛らしい足はついていますわよ? 見えませんか? ほら、ほら」


 ドレスの裾を再びたくしあげ、自慢のあんよを一番前にいる老夫妻にみせびらかしてやる。夫の方が引きつった笑いの中に、どこか照れと下心をのぞかせたので蹴ってやりたくなった。あー、恥ずかしい。


「ええ、というわけでエリーゼはしっかり生きています。それなのに皆さんの反応はおかしいですわね。先ほどの今パパ――お父様のご挨拶にもどこか気が虚ろ、といいますか、正直馬鹿にしてらっしゃいましたよね? まるでわたくしが死んでいるのが当然というように」


 ざわっと、今度こそ反応が来た。

 誰もがばつが悪そうに視線を逸らしたり、咳払いしたり。本当に醜悪。


 その中でも1人。

 唖然でもばつが悪くもなく咳払いもしない。


 ただただ歪んだ顔でこちらを見てくる男性一名。


 そう、ガーヒルとかいう、私の元婚約者で今は可愛らしいお嬢さんと一緒にいる男。

 呆気に取られているかと思いきや、予想に反して意外としっかり……あ、してないわ。めっちゃ視線をきょろきょろして、私を見て隣の彼女を見て、何かをぶつぶつと言ったかと思いきや慌てたように首を振る。明らかに動揺してた。


 ああ、やっぱり。

 そう思ったのは、この男がすべての黒幕だったと思っていたから。

 今パパを貶めたのも、私もといエリを殺したのも何もかも。


 だってあまりに都合が良すぎない?

 たまたま今パパの悪事が暴かれて、たまたまそれを理由に婚約破棄して、たまたま私が殺されて、たまたまたちょうど好き合っていたお嬢さんと婚約発表した。


 それほどたまたまが続くことを偶然とか幸運不運で済ませるほど楽観的でもご都合主義じゃない。

 前パパも言っていた。


『物事には原因と結果がある。因果という奴だね。それがあまりに一方的になることはそうそうないんだよ。だから一方的な流れを感じた時には気を付けた方がいいよ。つまり、誰かがその因果の流れをいじくった、人為的なものだろうから。見分け方? ああ、それによって一番得をする人、その人がすべての元凶だよ』


 つまりこの因果の流れ。それを読み解けば、というかあまりに分かりやすすぎて名探偵も要らない、ただの素人判断でも十分に理解できる問題。

 つまりこのガーヒルこそ、全ての元凶にして黒幕に違いない。そう結論付けた。


「ガーヒル様」


「な……な、なんだろうか!?」


 なにをそんな驚くの? ってくらいうろたえた様子のガーヒル。

 もう言っちゃう? ううん、まずは別の方向から攻めましょうか。


「ご結婚されたようですわね。おめでとうございます」


「ん、あ、ああ。そう、だな。君には、その……」


「いえ、気になさらないで。あれはお互いの合意でのこと。わたくしの家がちょっと慌ただしくなる前に、2人でお話して決めたことですから。ゴタゴタがあって、すぐに公表はできませんでしたが」


「ん……あ、ああ。そうだな。あれはお互いの合意があったことだな。うん、分かってもらえて嬉しい」


 あーあ。しらじらしい。

 どうして男ってこうもみえみえな嘘をつくのかしら。


「素敵なお人を見つけられたようで何よりです」


 そう言いながらガーヒルの隣にいる少女に微笑みかける。

 友好度100%のナイススマイルのはずだったけど、なぜか少女はビクッと体を震わせて隣にいるガーヒルに身を寄せてしまった。別に取って食いやしないのに。


「と、ところで、事故にあったようだが、大丈夫だったのか?」


 ガーヒルが少女を隠すようにして一歩前に出て話を変える。

 あーあ。男前ですねぇ。姫を守る騎士気取りってことかしら。


 別にいいですけどー。

 悔しくなんかないですけどー。


 本当だよ?

 …………本当、だよ?


 ま、いいでしょう。


「ええ、ちょっとした事件に巻き込まれましてね。それが恐ろしい事件で、少しの間屋敷から出れなかったのですわ」


「それは大変だったね。なんでも浮浪者に襲われたとか。まったく、この都市の治安はどうなっているんだ。もしエリが死んでしまったら、いかに別れた相手とはいえ、私の心ははちきれんばかりに悲しみに満たされてしまうことだろう!」


 そのまま爆散してしまえ。


「私はここに誓うよ。この街からそういった不逞の輩を徹底的に追い出す! 君のような犠牲者を出さないような安全な世界、クリーン化された素晴らしい都市を作り上げる、クリーンアップキャンペーンを推進しようじゃないか!」


「やることはそうじゃねぇだろ」


「え、なにか?」


「いえ、なんでもありませんわ。とても素敵なことだと思います」


 私の言葉に、参加者の人たちも我先にガーヒルを褒める。


 まったく、能天気というか頭がお花畑すぎて思わず本音が出てしまいました。そんなことをしても反感を買うだけだというのに。ま、いいわ。そちらがそうしてくれれば、こちらは色々やりやすいから。


 それにこの能天気ぶりなら、きっとこちらの罠には気づかないだろう。


「ただ、聞いた話によると、その浮浪者の方、亡くなられたとか」


「ああ、まったくだ。カワラン川に身を投げるとは。貧民なら貧民らしく、もう少し役に立ってから死んでほしいものだ」


 はい、ビンゴ。

 いや、今の発言も結構ヤバい系だけど、それ以上に頂いちゃいました。


「はて、何がでしょう?」


「ん?」


「私は亡くなられたと言っただけなのですが、なぜそれがカワラン川で亡くなられた方になるのでしょうか?


「え、い、いや……その、違う。カワラン川で殺された浮浪者とは関係ない!」


「それはおかしいですね」


「え?」


「わたくしは、何もその川で死んだ浮浪者が襲撃者ということなど一言も言っておりませんが?」


 川の名前なんて、今初めて知ったし。


 失言だとようやく気付いたのか、ガーヒルが青ざめた様子で口を震わせる。


 もうこれで決まりみたいなものだけど、今はまだ追い詰めすぎる場所じゃない。


「まぁ、きっと何かと勘違いしたのでしょうね」


「あ、ああ。そ、そうだな。そのようだ。失礼した。感情が高ぶって、勘違いをしてしまったようだ。うん」


 そう自分を落ち着かせるように何度も頷くガーヒル。

 上着のポケットからハンカチを取り出して、その優男らしい顔を丁寧に拭くけど、不審極まりない。


 その安心しきったガーヒルにもう一発。


「ああ、そうそう最後にもう1つだけ」


「な、なにか」


 ガーヒルがびくりと体を震わせて答える。


 驚いてる驚いてる。

 これぞ刑事ドラマで編み出した「ああ、そうそう」で犯人ドッキリ戦法よ。その効果は抜群だったみたい。台本書いて練習した甲斐があったわ。


「先ほど、“殺された”とおっしゃいましたが。浮浪者が」


「あ、ああ?」


「何故知っているのですか?」


「ん?」


「何故その浮浪者が“殺された”と知っているのですか? わたくしが聞いた話によると、事故で足を滑らせてお亡くなりになったという噂を聞きましたが」


「……っ!!」


 しまった、という反応をするガーヒル。

 もうこれで有罪でいいんじゃない?

 けどまぁ今日はこの辺にしましょうか。


 前パパも言っていた。


『権力をもった人間と敵対した時は、次のことを必ず守りなさい。1つは、同レベルか小さくても多くの後ろ盾を得ること。相手がただの一般人だと知ると圧倒的物量と発言力で攻めて来るからね。こちらもそれに対抗できる力を持つんだ。それと2つ目。これが一番大事なこと。もし対抗できる力を手に入れたなら……相手を徹底的に潰しなさい。劣勢になって和を求めてきたり、滅亡寸前まで追い詰めておきながら逃がすなんてことは愚の骨頂。復活した奴らはそれまで以上の圧倒的な暴力でこちらを潰しにかかってくるからね。だから一度始めたら相手を潰すまで決して手は緩めないこと。ま、琴音ならパパが守ってくれるから安心するといいよ!』


 うん、我が父ながら過激と思ったけど、今のを見て確信した。

 あの男は破滅させなければ、私に安全はない。すでに一線は超えているんだから、もし手加減すれば何をしてくるか分からない。


 というわけで宣戦布告はここまで。


 ここで無理に追及しても、万が一逃げられた場合は取り返しがつかなくなる。

 今のカシュトルゼ家には味方がいない。それなのにここで無理してガーヒルを追い詰めようとしても、苦し紛れの責任転嫁と思われる可能性が高い。

 この男を倒すには確実に。しっかりと味方を増やして足場を固めて言い逃れのできない徹底的な証拠をつきつけて破滅させないと。


「うふふ、冗談ですわ。わたくし、そういった噂集めが大好きなので、ちょっといじわるしてしまいました。だって、本当は夫婦になるはずのお方ですから」


 そうガーヒルに皮肉を言うと、それを真に受けたのかガーヒルはため息をつき、


「ああ。君は相変わらずジョークが好きなんだな。まったく、面白いジョークだったよ」


 そう言って笑うガーヒルだが、こっちから見れば明らかに顔が引きつっていた。

 そんなガーヒルはもう見るに堪えなくて、ちらり、とその横の少女を見る。

 その視線に気づいたのか、彼女が見せた反応は怯え。


 だから別に取って食いやしないのに! その反応はちょっとショックだわ。小動物みたいで可愛い子なのに。


 ただ彼女にも気を付けるべき。だって私を殺したのは、あるいはこの子なのかもしれないんだから。ガーヒルと結婚するために、私の家の悪事を暴いて私を殺させた。

 そんな台本があっても、私はちっとも驚きませんから。


 とにかく宣戦布告はした。

 これからどう動くか。楽しみになってきましたね。

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